組織・人事

日本のパワハラ問題は法的に規制されるか

年々相談件数が増えているパワハラ問題。今、これまで放置されてきたパワハラにようやく法的規制のメスが入ろうとしている。(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

パワハラ問題は年々増加

パワーハラスメント(パワハラ)問題はスポーツ界に限らず、経済界でも話題になっている。スルガ銀行の第三者委員会の報告書では「数字ができないなら、ビルから飛び降りろ」といった驚くべき暴言が飛び交っていた実態を明らかにしている。

厚労省がまとめた「民事上の個別労働紛争の相談」の中でも「職場のいじめ・嫌がらせ」の相談件数は2017年度が7万2000件。前年度比1.6%増で6年連続トップとなっている。

パワハラに法的規制のメス

これまで放置されてきたパワハラにようやく法的規制のメスが入ろうとしている。

今年3月、厚生労働省の有識者や労使による「職場のパワーハラスメント防止策についての検討会」が報告書を出した。それを受けて8月末からパワハラの防止を含むハラスメントの法整備に向けた議論が厚生労働省の労働政策審議会で始まっている。

そもそもパワハラとは何か。

検討会の報告書ではパワハラについて「職場の優越的関係に基づいて、業務の適正な範囲を超えて身体的もしくは精神的苦痛を与えること、または就業環境を害する行為」と定義している。

たとえば上司が著しい暴言を吐いて人格を否定する、何度も大声で怒鳴り、相手に恐怖を感じさせる行為、あるいは長期にわたって無視したり、能力に見合わない仕事を与えて就業意欲を低下させる行為も入る。

日本はセクハラ規制を罰する規定がない

パワハラ規制はないが、セクシュアルハラスメント(セクハラ)やマタニティハラスメント(マタハラ)はすでに「男女雇用機会均等法」に事業主に雇用管理上必要な防止措置を義務づける規定がある。

しかし、このセクハラ規制には行為者を罰する規定がない。世界銀行の189ヵ国調査(2018年)によると、行為者の刑事責任を伴う刑法上の刑罰がある禁止規定を設けている国が79ヵ国。セクハラ行為に対して損害賠償を請求できる禁止規定を設けている国が89ヵ国もある。しかし日本の規制はこのどちらにも入らず、禁止規定のある国とは見なされていない。

また日本も加盟するILO(国際労働機関)が実施した80ヵ国調査では「職場の暴力やハラスメント」について規制を行っている国は60ヵ国ある。しかし、日本は規制がない国とされている。

セクハラ規制もパワハラ規制と併せて強化を検討

実は厚労省の審議会ではセクハラ規制も強化するかどうかが焦点となっている。財務省事務次官の女性記者に対するセクハラ問題などを受けて、政府の「すべての女性が輝く社会づくり本部」がセクシュアルハラスメント対策の実効性確保のための検討を行うことを決定している(6月15日閣議決定)。

厚労省の審議会の焦点はパワハラやセクハラ行為をどのような法令によって規制していくかが最大のポイントになる。前述の検討会の報告書によると、職場のパワハラ防止の対応策案として以下の5つが示されている。

 ①パワハラが違法であることを法律に明記。行為者の刑事罰による制裁、加害者への損害賠償請求ができる。
 ②事業主にパワハラ防止の配慮を法律に明記。不作為の場合、事業主に損害賠償を請求できることを明確化。
 ③事業主に雇用管理上の措置の義務づけ。違反すれば行政機関による指導を法律に明記する。
 ④事業主に雇用管理上の一定の対応を講じることをガイドラインにより働きかける。
 ⑤職場のパワハラ防止を事業主に呼びかけ、理解してもらうことで社会全体の気運の醸成を図る。

最も厳しいのが、①の刑法上の刑罰であり、次に②の損害賠償を請求できる規定だ。先に述べた世界銀行の調査で多くの国が採用しているセクハラ禁止規定と同じ内容である。そして③が現行のセクハラ規制と同じレベルであり、④は法的拘束力を持たないガイドライン、⑤は現状と変わらず、何もしないに等しい。

規制に関する議論は平行線

世界標準がハラスメントを禁止する①と②であるが、検討会の報告書によると「事業主に対する雇用管理上の措置義務を法制化する対応案を中心に検討を進めることが望ましいという意見が多く見られた。一方、同案の実現には懸念があり、まずは事業主による一定の対応措置をガイドラインで明示すべきという対応案も示された」と述べている。

つまり、焦点はセクハラと同じ「事業主に対する措置義務の法制化」、もしくは拘束力のない「ガイドラインの導入」ということになる。しかし措置義務といっても行政指導の範囲内にとどまる。また法的根拠のないガイドラインでは増え続ける職場のいじめや嫌がらせの増加を食い止めることができるのか疑問の声もある。

9月25日、この問題について厚労省の労働政策審議会で本格的な議論が展開された。パワハラ規制について労働者委員は「ハラスメント対策については、すべてのハラスメントを対象とする新法を制定すべきである」と主張。これに対して使用者委員は「ガイドラインを策定すればよい」との立場を主張している。厚労省の報告書の内容に近い議論が続いている。

また、セクハラ規制の強化については、労働者委員が現行の措置制度より一歩進んだセクハラの禁止規定の法定化を求めたのに対し、使用者委員は「現行の対策の周知が先決」と主張。議論は平行線をたどっている。

パワハラ規制について、厚労省サイドはセクハラと同じ事業主に雇用管理上の措置の義務づけを検討していると、一部のメディアが報道している。

顧客や取引先もハラスメントの対象になり得るか

そんな中、ILO(国際労働機関)は今年の総会で(5月28日~6月8日)「仕事の世界における暴力とハラスメント」を禁止する条約化に向けて動き出している。

総会で確認された条約案では「暴力とハラスメント」を身体的、精神的、性的または経済的危害を引き起こす許容しがたい行為などと定義している。つまり、セクハラ、パワハラ、マタハラ以外のあらゆる形態のハラスメントが入る。しかも「被害者および加害者」には、取引先や顧客などの第三者も入る。職場内の上司と部下や同僚だけではなく、顧客や取引先からのハラスメントも対象になる。

日本でも産業別労働組合のUAゼンセンが流通業を中心とする顧客のクレーマーによる従業員の悲惨な被害の実態を報告し、メデイアでも取り上げられた。

すでにILOの条約化に向けた概要は厚労省の労働政策審議会でも報告されている。25日の審議会でも労働者委員が「ILOの議論も受け止め、第三者に関するハラスメントも対象にすべき」と求めたが、使用者委員は「労働法の範囲で対応すべき」と反対している。

審議会の議論は12月まで続き、年末に厚労大臣に建議、早ければ来年の通常国会に関連法案が提出される予定だ。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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