組織・人事

ソニー、ダイキンに学ぶ中高年社員の活かし方【キャリア自律へリスキリング】

溝上憲文

溝上 憲文 人事ジャーナリスト
新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)など。

働く環境が大きく変化し、これまで培ったスキルや経験だけでは活躍することが難しくなっている。大量採用したバブル期入社世代が50代に入る企業も多いなか、中高年社員のキャリア支援やリスキリングに取り組む企業を取材した。(文・溝上憲文編集委員)

一人一人が自律的に活躍し続けられる環境を整備

近年、キャリア自律の支援に向けた取り組みが加速している。その背景には、リモートワークに象徴される自由度の高い働き方の浸透、職務を明確化したジョブ型人事制度の導入、さらに働く期間が70歳まで延長される、就業機会の確保を努力義務とする改正高年齢者雇用安定法(改正高齢法)の施行などがある。

自律した働き方や個人の職務能力の向上を促すには、あくまでも自主性や能動性を重視した育成が不可欠であり、一人一人が自律的に活躍し続けられる支援などの環境整備が必要になる。

リクルートマネジメントソリューションズの「個人選択型HRMに関する実態調査」(2022年3月31日)によると、ジョブ型人材マネジメント(職務記述書の整備・職務等級・職務給の導入など)導入企業は21.9%。導入検討中の企業は30.7%と、半数以上の企業がジョブ型にシフトしつつある。

ジョブ型人事制度を管理職に先行的に導入していた日立製作所は今年度から原則、すべての社員にジョブディスクリプション(職務記述書)を導入する。また同社は今春闘で大卒初任給を労働組合要求の2000円を上回る1万円増を回答し、注目を浴びた。

その理由として「エンゲージメントと生産性向上に向けて総合的な人財投資(トータルリワード)および会社の成長だけでなく、従業員一人一人の成長にもつながる『ジョブ型人材マネジメントへの転換』について、労使間で議論し、賃上げの満額回答と初任給の大幅引き上げを決断した」(報道発表資料)としている。

同社は採用でも各ジョブに適した優秀な人材を獲得するため、これまでの「マス採用」から「パーソナライズ採用」への転換を進めるという。

前出の実態調査ではジョブ型にかかわらずキャリア自律に向けた支援施策を打ち出す企業も多い。採用では「配属先の職種や事業などを特定した採用」を導入している企業は59.8%。導入検討中が14.2%もある。

また人事担当部署に直接、異動やキャリア形成への希望を伝える「自己申告制度」の導入企業は67.5%、導入検討中の企業が9.1%だ。またジョブ型雇用で注目を集めている「社内公募制度」を導入している企業は42.3%。導入検討中の企業は17.2%に上る。社内公募制度を導入した目的としては「若手や中堅社員のモチベーション向上」と「自律的・主体的なキャリア形成の支援」と回答した企業が多い。

人材の育成・研修体系においては主任、係長、課長などの階層別研修が従来の主流であるが、希望者を募って行う「手挙げ型研修」を実施している企業が60.1%、導入検討中が17.9%に上る。

また、提示されたメニューの中から受講者が選択して受講する「カフェテリア型研修」導入企業も42.3%、導入検討中が19.6%。会社が指名する集合型研修から個人の能動性・自律性を重視した研修にシフトしつつある傾向がうかがえる。

社員の主体性を重視した人事施策が広がる

●個人選択型施策の導入・活用状況(n=296/単一回答)

(出所)リクルートマネジメントソリューションズ「個人選択型HRMに関する実態調査」

バブル期入社世代をリスキリングで即戦力に

一方、若手や中堅社員のキャリア自律支援も重要であるが、それを指導・支援する立場にある40~50代社員のリスキリングなどのキャリア支援策も大きな課題となっている。若手社員は会社に依存することなく自分のキャリアを創造したいというキャリア志向は非常に強くなっているが、中高年社員はそうした意識が乏しく、目の前の仕事に追われる管理職世代も多い。

この世代は先輩世代と比べて期待するポジションや給与を得られず、もはやハッピーリタイアは幻想にすぎなくなっている。改正高齢法の施行も含めて70歳まで働かざるを得ない環境に置かれ、リスキリングやキャリア自律がより求められている。

長年、中高年人材の研修を手がけているFeelWorksの前川孝雄代表は「バブル期入社世代の50代前半層が大企業に多いが、出向先や受け入れてくれる取引先の中小企業もない。そうした中、学び直しやリスキリングによって即戦力として活躍してほしいという流れに変わりつつあるが、会社がこの世代に向けて積極的に支援していかないと追いつかない状況にある」と指摘する。

ソニー ワークショップ型研修とメンターの定期面談

そうした取り組みを早くから実施しているのがソニーだ。同社は50歳以降のキャリア形成をサポートする「Career Canvas Program」を2017年5月からスタート。プログラムは新たなスキル修得を含む経験や知見の広がりを支援する制度とそれらを下支えする研修などの意識改革の大きく2つで構成されている。下支えの部分が50歳以降のキャリアを自ら考えるワークショップ型研修とメンタリングだ。

キャリア研修は50~52歳と57歳時点の2回実施されるが、最大の特徴は研修後に一人一人にメンターを付けて定期的にキャリア面談を行っている点だ。50歳時点の研修受講者は約1000人。メンターは約30人。本業との兼任で一人一人に張り付くが、同じ部署の社員が付くことはなく、相談内容については人事部が一切関知することもない。

新たな経験・知見の獲得へ、兼務や自己投資を支援

その上で将来のキャリアを考え、新たな経験や知見を獲得する制度が兼務案件公募の「キャリアプラス」。もう一つが新たなスキル取得を金銭的に支援する「Re-Creationファンド」だ。ソニーは社内求人募集による「公募制度」を1966年から導入しているが、キャリアプラスは応募して採用されると、現部署の仕事を継続しつつ10~20%程度を他の部署のプロジェクトなどの業務に携わるものだ。

10~20%は目安として仕事の工数を想定しているが、現在の部署と兼務側の部署と調整し、1日の労働時間や週1~2回など一定の曜日など働き方を決める。

制度の目的は「1~2割を新しい仕事に割くのであればやってみようという人が増えるのではないかと考えた。同じ部署にずっといると自分にどの程度の能力があるのか見えにくいが、違う仕事を経験することで自分の市場価値に気づくこともできる。そこで頼りにされると、キャリアに対する意識も芽生え、本業にも活かそうとするかもしれないし、新しいチャレンジをしてみようという動機付けにもなる」(人事担当者)ことにある。

仕事の内容は大きく①仕事以外の趣味・特技を活かした業務、②新規ビジネスのサポート、③全社プロジェクト――の3つに分かれるという。

「Re-Creationファンド」は50歳以上に限定し、将来のキャリアを見据えて保有スキルの向上や新たなスキルの獲得のための学びに自己投資をした場合、1回10万円まで補助する制度だ。しかも今と同じ仕事に必要なスキルだけではなく、新しいスキルや今の仕事とまったく違う仕事のスキルも対象としている。

「将来の目指したいキャリアを広く捉え、ベテラン社員も今後の長い職業人生の活躍を自ら考え、過去の仕事や実績にとらわれることなく勉強してくださいというメッセージ」(人事担当者)だという。

例えば中国語会話を勉強し、自分が携わっているビジネスの範囲を国内から海外に拡大してきたいという社員もいれば、ワードやエクセルのさらに深いPCスキルを修得するための利用もある。「ベテラン社員の中には受講枠は若い人を優先させようとし、自分のためにお金を使ってくださいとは言いづらい雰囲気があるが、ファンドは50歳以上に限定しているので使いやすい」(人事担当者)という。

中高年社員のキャリア支援サービスが増えている

●主なサービスの内容

ダイキン工業 再雇用者全員を1年間研修、若手技術者との協業を促進

その一方、改正高齢法の施行によって60歳以降の社員の活性化も大きな課題だ。空調機器大手のダイキン工業は2021年4月から希望者全員の70歳までの再雇用制度を導入した。2021年度の同社の人員構成は56歳以上が全従業員の20%(1867人)を占めるが、2030年度は25%(2787人)を占めると予測。ベテラン層の活躍推進に向けた取り組みを行っている。

2021年4月以降、約500人の再雇用者全員を対象に1年間かけて研修を実施。スキルなどこれまで大事にしてきた自分の強みをもう1回振り返り、今後組織の中でどういう役割を果たしていきたいのかについて、グループ単位でディスカッションしながら考える1日研修を行った。現在は上司サイドにそれを伝え、現場で活躍できる舞台を工夫するフェーズに移っている。

同社はAI・IoT人材を2023年度末までに1500人育成する目的で社内ユニバーシティの「ダイキン情報技術大学」を設立したことで知られるが、若手のAI技術者とベテラン社員との協業も積極的に促進している。

例えばエアコンの故障予知に関して、これまで発生した特定の故障箇所は現場に出向かないとわからなかったが、蓄積されたデータを基にAIを駆使してベテランと若手がタッグを組んでそれぞれの強みを活かし、ピンポイントで故障箇所を特定する試みを行っている例もある。

従来の高齢社員の役割は培ったノウハウを後輩に教え、後輩は技術の進歩を取り入れながらも自分の経験値で次の世代に技能伝承していくというものだった。しかし今は開発プロセスの効率化や熟練技能の標準化などさらに進化しつつあると言う。

「例えば溶接の一種の「ろう付け」という作業では火で炙ったときの色、材料の溶ける時間など、勘と経験値で仕上げるベテランがいる。それを今では色やプロセスを機械に覚えさせることで、若手が同じことを再現できるようになることを目指している。しかし一方で原理原則を受け継ぐ人がいないと、機械に頼るだけではスキルが陳腐化していく。つまりベテランが自分の経験値から教える段階から、AIという新しいツールを活用することで、ベテランが教えるべき内容が何であるかが明らかになりつつある」(人事担当者)

すでにベテランと若手との協業によって驚くような製品やサービスができ上がるという事例も出てきているという。今後、あらゆる産業において人手不足が顕在化してくる。同時にデジタル化の推進やウィズコロナなどの環境変化によってビジネスモデルの変化のスピードもより速くなりつつある。若手・中堅社員にとどまらず、全世代を対象にしたキャリア自律の支援に向けた企業の取り組みが一層重要になることは間違いない。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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