組織・人事

経営幹部の採用・選抜・育成の課題

伝統的な日本企業で、生え抜きではなく外部から企業トップを招くケースが出てきている。一方、社内で選抜した人材を次の経営幹部として育てるための取り組みを強化する企業も増えている。変革の時代にふさわしい経営幹部の採用・選抜・育成の課題は何か。企業の人材戦略を支援する専門家に聞いた。(文:日本人材ニュース編集部

経営幹部の採用・選抜・育成の課題

プロフェッショナルな外部経営者の登用が進む背景

欧米企業と同様に日本の大手企業においても、生え抜きではなく外部から企業トップを招へいする人事が増えてきた。

武田薬品工業がグラクソ・スミスクライン社のクリストフ・ウェバー氏を社長兼COOに、サントリーがローソン会長の新浪剛史氏を社長に、資生堂が日本コカ・コーラ社の魚谷雅彦氏を社長にそれぞれ迎えた。それに先立つ2011年には日本GE会長の藤森義明氏がLIXIL社長に、09年にはジョンソン&ジョンソン日本法人社長の松本晃氏がカルビー会長兼CEOに就任して、プロの経営者として新しいイノベーションを牽引している。

外国籍の社長を初めて迎え話題になった武田薬品工業の場合、03年には取締役9人のうち社外・外国籍取締役はゼロだったが、14年9月現在は取締役10人のうち社外取締役3人、外国籍2人、生え抜きは長谷川閑史代表取締役会長兼CEOを含め4人と急速に多様化が進んでいる。

この背景には、事業のグローバル化やM&Aの活発化がある。日本市場での売上はいまだに大きいが、12年度の医療用医薬品の売上収益のうち日本市場は5913億円、欧州・新興国・北米の売上収益は6823億円と海外売上が上回っている。さらに、13年度は日本の売上収益は5823億円で前年比マイナス1.5%だったのに対し、海外売上収益は7606億円で10.3%の増加となり、売上と成長率で海外事業が国内マーケットを上回る状況になっている。

日本市場の縮小と海外市場の拡大という経営環境にあって武田薬品工業は、14年6月に同業のグラクソ・スミスクライン社などで新興国を含む3大陸7カ国でのマネジメント経験を持つウェバー氏を経営者として迎え入れた。また、同社では外部のプロフェッショナルをアドバイザーにした「タケダ・グローバル・アドバイザリー・ボード」という仕組みも導入している。

ファイザー、イーライリリー、アストラゼネカ、ハーバード大学などで要職を歴任した4人を招へいして、激しい医薬品業界の競争を勝ち抜くための課題や革新的な医療技術の動向などについて経営幹部と意見交換し、その知見を経営戦略に反映させている。

事業のグローバル化によって必然的に多様化が進んできているのである。外部から経営幹部を求める動きは大手グローバル企業だけに限った話ではない。

人材紹介会社クライス&カンパニーの丸山貴宏社長は、「事業承継のための次世代経営者として、外部からグローバル人材を経営幹部として採用する企業が増えている。企業規模は大手企業からベンチャー企業、地方の中堅企業も含め多種多様だ」と話す。

そうした企業が採用したい経営幹部の条件について、人材紹介会社アンテロープキャリアコンサルティング小倉基弘代表は次のように説明する。

「戦略の立案だけではなく実行能力が伴っていること、人心掌握に優れていることが挙げられる。こうした人材に共通しているのは、若い時期から業績責任のあるマネジメントの機会を得て、事業の立て直しや雇用調整などの厳しい局面を経験していることだ」

日本企業の海外事業への投資が増加している

●現地法人売上高推移(地域別)

日本人材ニュース
(出所)経済産業省「海外事業活動基本調査」

●最近発表された日本企業の主な海外関連M&A

日本人材ニュース

経営幹部の育成には経営陣の関与と直接対話が必要

リーマン・ショック後、国内市場の縮小に直面した多くの企業がグローバル成長戦略に活路を求めるようになったことで、「グローバルな成長戦略を支える経営幹部がいない」「新しい事業を切り開ける経営幹部が見当たらない」という声が、経営者や人事担当者から聞こえるようになってきた。

経営幹部の採用と育成は喫緊の課題になっている。企業の経営幹部育成の実態に詳しいヘイ コンサルティング グループの高野研一社長は先進的に取り組む企業をこう評価する。

「経営幹部としてどのような人材を育てるかという問題意識はリーマン・ショック以降年々強まっており、経営者が十分にコミットして取り組んできた企業では幹部候補者の意欲も高く、能力を持つ人材が上がってくるようになっている」

外部からの経営幹部登用が多い企業は、同時に社内人材の経営幹部養成にも力を入れている。

LIXILでは、社内取締役6人中2人、執行役15人中10人が社外の様々な業種から登用されたプロフェショナルな経営幹部だ。それでも、人事総務担当役員の八木洋介取締役副社長は、「いまはグローバルに対応する組織作りが必要だが、いずれは生え抜きから経営者を生み出していく」として、経営幹部の養成に力を入れる。

同社にはエグゼクティブ、シニア、ジュニア、フレッシュリーダーと5歳刻みで行うトレーニングプログラムがあり、最後は年齢や性別に関係なく各世代のトップを選抜して徹底的にトレーニングを行う仕組みだ。また、各国からハイポテンシャル人材を集めたトレーニングも実施している。

計測器メーカーのオムロンもリーダー養成に熱心な企業の一つだ。チャレンジの見える化、相互サポート、賞賛により、理念の実践を強化するチャレンジ表彰制度を08年から実施。12年には、10カ月間かけてグローバルで取り組むイベント型表彰制度「TOGA(The OmronGlobal Award)」として内容を進化させ、自らチャレンジする内容を宣言し擬似的な修羅場をつくって人材を鍛える。

TOGAでは、生産・販売・開発、地域・国といった組織の枠組みを取り払ってチーム編成を行い、理念実践へのチャレンジ度合いで評価する。リーダー育成推進の原動力となっている山田義仁社長は、「企業理念を末端まで浸透させる求心力と現場で判断して意思決定を行う遠心力のバランスをとることが重要だ」と強調する。

山田社長自身もヘルスケア分野という同社の中では傍流のセクションを歩んだ。しかしグローバルな経験を積んだことや経営理念への深い理解が経営幹部養成プログラムの場で前経営陣の目に留まり、11年6月に49歳で社長に就任している。

企業の人材開発を支援するセルムの加島禎二社長は、「トップが社内のタレントの状況を認識し、全権を持って候補者を選抜して取り組まなければ経営幹部の養成は難しい。複数社の経営に携わった経験を持つ人材をメンターにつけて課題解決の能力を高めていくことも考えなくてはならない」と指摘する。

社内での経営幹部養成を成功させるには、社長を始めとする経営陣の積極的な関与と経営理念や戦略を社員に理解させるための直接対話が欠かせない。これは多くのプロ経営者が実践してきている共通項である。

プロ経営者の起用に賛成する社員が7割

●「社内から起用される社長」と「社外から起用されるプロ経営者」のどちらが望ましいか。

日本人材ニュース

●今、自分の勤務先がプロ経営者を起用する場合に賛成するか。

日本人材ニュース
(出所)セルム「“プロ経営者”に関する意識調査」(2014年9月)

採用基準と選抜基準の明確化は採用を失敗しないためには不可欠

人材採用・育成において常に人事の悩みとなるのが、採用基準であり選抜基準だ。勘に頼った採用で失敗しないためにもディスクリプションの明確化が求められる。

エグゼクティブ・サーチ会社の日本コーン・フェリー・インターナショナル妹尾輝男社長は、「日本の企業は外部から経営幹部や海外の経営人材を採用した経験が乏しいため、採用がうまくいかないことが多い。人材のアセスメントや要件定義がなされていないことが原因の一つだ」「経営幹部の責任感、スキルセット、リーダーシップ、パーソナリティなどの能力評価基準を確立することが重要だ」と指摘する。

職務内容や目的、目標、責任、権限などのジョブ・ディスクリプションをある程度明確にし、コンピテンシーなどを用いたアセスメントによって保有する能力の客観的評価ができる。これに成長ポテンシャルを加味することで若手人材の登用を議論することが可能になる。

早期選抜に取り組む企業の動向について、企業向け研修プログラムを提供するプレセナ・ストラテジック・パートナーズの岡安建司代表は次の通り説明する。

「経営幹部をどのような段階を踏んで育てていくのかを意識して人材戦略を考える企業が増えている。若手の時期から目的意識を持たせてベースとなる知識をしっかりとインプットさせ、意欲と能力が高い人材をより早く引き上げようとしている」と説明する。

また、経営幹部の養成プログラムを持っていても機能していないケースもある。

経営幹部育成の課題について、人事コンサルティング会社アクティブ アンド カンパニー大野順也社長は、「最大の課題は社員の中にトップマネジメントを目指そうという意識がほとんど醸成されていないことだ。元気のない企業ほど、社員に対してキャリアの可能性が示されておらず、チャレンジの機会も与えられていない傾向が見られる」と指摘する。

社内人材を統一的なアセスメントで保有する能力を可視化して適材適所の配置が実現しているか、育成すべき経営幹部候補は本当に社内にないのか、人材採用の前に検討しなければならないだろう。

世界目線で人材育成、評価・登用に取り組んでいる

●各社の取り組み状況

日本人材ニュース
(出所)経済同友会「企業のグローバル競争力強化のためのダイバーシティ&インクルージョン」から一部抜粋

海外事業の拡大とともに、現地経営陣の報酬が新たな課題に

海外事業の拡大とともに、新たな問題として海外拠点での経営幹部の「報酬」が持ち上がることが多くなっている。グローバル企業の報酬制度に詳しいマーサー ジャパンの白井正人プリンシパルは、次のように話す。

「全世界で次世代リーダーを探し出す取り組みが始まっている。内部昇進の場合は社内のコミュニティや序列が大事にされるため内部の公平性が優先されるが、経営幹部の人材市場が確立している海外で人材を確保しようとすると報酬は高くなり、対応できない日本企業の不人気につながっている」

社長よりも外国人役員の方が報酬が高いというケースが、リージョンの外国人採用でも一般的に起こりつつある。ここでもまた、日本企業は変革に迫られている。

エグゼクティブ・サーチ会社の島本パートナーズ安永雄彦社長は、「経営幹部に期待するアウトプットを明確にし、結果が出れば報い、結果が出なければ退出させるという人材マネジメントを徹底していかないと、グローバル企業との厳しい競争を勝ち抜くことが難しくなるだろう」との見方を示す。

人口減少による労働力不足は、近い将来必ず訪れる。そして、グローバル成長戦略によってダイバーシティは否応なく進む。

このような経営環境で業績を向上させていくためには、プロフェッショナルな経営幹部の登用で組織力を強化し、人材の能力を向上させて労働生産性を高めていかなくてはならない。そのためにも、これまであいまいだった人材の評価基準を捨て去るべき時が来ている。

世界中のCEOが、成長を目指して人材マネジメントを見直している

●CEO、人事部門、政府の優先課題(世界68カ国、1344人のCEOへの調査、インタビューを分析)

日本人材ニュース
(出所)プライスウォーターハウスクーパース「第17回世界CEO意識調査:人材をめぐる課題(2014年9月)

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