組織・人事

解雇の金銭解決はいくらが妥当? 「労働契約解消金請求訴訟制度」は創設されるか

2022年から議論が続けられている解雇の金銭解決制度は果たして実現するのか。制度の概要や欧州での事例、現状議論されている内容について解説する。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

「解雇の金銭解決制度」は対価を支払い退職してもらうこと

岸田文雄政権が学び直しの予算として5年間に一兆円を投じ、「人材の円滑な労働移動」による賃金上昇策を掲げている。それと軌を一にして人材移動を目的とする「解雇の金銭解決制度」が厚生労働省の労働政策審議会で議論されている。

厚生労働省は2022年4月、有識者による「解雇無効時の金銭救済制度に関する検討会報告書」を公表した。新たな制度は、労働者側の申し立てに限定し、裁判所が「解雇は無効」と判断した後、職場復帰を望まない場合に、金銭解決によって労働契約を終了させる制度だ。具体的には裁判等で解雇が無効の判決が出ることを前提に労働者の選択によって権利行使が可能になる。

つまり労働者の請求によって使用者が「労働契約解消金」を支払い、その支払いによって労働契約が終了する。これを労働契約解消金請求訴訟制度と呼んでいる。労働契約解消金は「無効な解雇がなされた労働者の地位を解消する対価」などと定義している。

欧州では解雇の金銭解決は広く認められる

解雇に関しては労働契約法16条において「客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当と認めれられない」不当な解雇を禁止している。

アメリカは原則として解雇自由であるが、欧州では日本と同じように合理的理由や社会的正当性を欠く解雇を禁止している国が多い。ただし日本は「不当な解雇」だと裁判所に訴えても原職復帰を求める「地位確認訴訟」しかないのに対して、欧州では金銭で労働契約を解消する金銭解決制度が広く認められている。

仮にドイルのルールを日本に当てはめると、勤続20年・月収40万円・40代で約640万円

しかも金銭の解決金の水準には一定のルールが設けられており、例えばドイツでは日本の整理解雇など経営上の理由に基づく解雇に限定し、使用者が解雇するときは労働者が解雇訴訟を起こさない前提で補償金を支払うルールがある。

その場合の算定式は「勤続年数×月収×0.5」となっている(解雇制限法1a条)。0.5を上下させる重要な要素の1つが年齢だ。年齢が高いと0.7や0.8になるなど、ドイツの裁判での和解の解決金の一般的ルールになっている。

仮にドイツの算式を日本に当てはめると、20年勤務し、月収が40万円だった人は400万円になる。40代なので再就職は難しいだろうということで係数を0.8にした場合は640万円になる。

具体的な算定式や水準についてはまだこれから

厚労省で審議している「労働契約解消金」はどのくらいの金額が支払われるのか。

先の検討会の報告書では考慮されるものとして「給与額、勤続年数、年齢、合理的再就職期間、解雇に係る労働者側の事情など」を挙げているが、解消金の算定方法など、具体的な金額の水準には触れていない。「一定の算式を設けることを検討する必要がある」とし、「予見可能性を高める観点から、上下限を設けることが考えられる」と言っている。

具体的な算定式や水準については今後の議論を待つ必要があるが、実は現状の解雇紛争解決の手段である労働局のあっせん、労働審判、民事訴訟でも解決金による和解が多く、金銭が支払われている。解決金の算定にあたっては勤続年数が考慮され、月収の形で算定されるのが一般的だ。

現状、解決金額の分布は幅広い

厚労省は2022年10月26日、労働政策審議会に「解雇に関する紛争解決制度の現状と労働審判事件等における解決金額等に関する調査」を提出・公表した。

調査対象は、2020年から21までの2年間に調停又は労働審判で決着した事件のうち、「金銭を目的とするもの以外地位確認」に分類される事案で、労働審判で終局したものについては異議申立てがないもの785件。労働関係民事通常訴訟は、20年から21年までの2年間に和解で終局した事件のうち、労働者が雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求を含む事案の282件を集計している。

労働審判手続き(調停又は労働審判)、労働関係民事訴訟(和解)における解決金額の分布は以下の通りだ。

・労働審判手続の平均値は285万2637円
・労働関係民事通常訴訟(和解)の平均値は613万4219円。
・中央値は調停又は審判が150万円、和解が300万円

労働審判手続よりも労働関係民事通常訴訟(和解)の方が、より高額で解決する傾向があるが、いずれも解決金額の分布は幅広い。解決金額の分布を月収表示で見ると、調停又は審判の平均値は6.0月分、和解は11.3月分となっている。中央値は調停又は審判が4.7月分、和解が7.3月分となっている。

また、労働審判手続き及び労働関係民事通常訴訟における解決期間も調査しているが、労働審判手続の解決期間の平均値は8.1月、労働関係民事通常訴訟の平均値は21.0月となっている。労働審判手続は、3月以上9月未満の期間で終結する割合が約6割を占め、労働関係民事通常訴訟は、1年以上3年未満の期間で終結する割合が約7割を占めている。

「労働契約解消金」の水準が大きな争点に

厚労省で審議されている「労働契約解消金」制度がはたして創設されるのか、現時点では見通しが立っていない。労働側委員の反発が強いためだ。制度創設に反対する労働側の弁護士はその理由についてこう語る。

「仮に解決金の下限が月収の3カ月、上限を1年と決めたとする。労働者が不当解雇ではないかと使用者に言っても、使用者は『そうかもしれないが、裁判に訴えてもこの範囲内でしかもらえないし、弁護士費用もかかる、この金額で手を打ったら』と使用者が退職を迫るかもしれず、リストラに利用されやすくなるだろう」

確かに一定の解決金の水準を決めたらリストラに悪用されるかもしれない。

一方、解雇の金銭解決制度の導入を唱える使用者側も大企業と中小企業が一枚岩ではない。2022年4月27日に開催された厚労省の審議会で使用者側の中小企業団体の委員は解決金額について「どの程度の水準になるかということが中小企業にとっても非常に気になる点だ」と、発言している。

中小企業にとっては解決金の水準が高くなれば、経営に悪影響を与えることになり、水準しだいであることを匂わせている。おそらく政府が検討している解雇の金銭救済制度を法制化する場合は「労働契約解消金」の水準が大きな争点になるだろう。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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