ストレスチェックの本来の目的を見失っていませんか? 制度を職場改善に活かすヒントとは【人事担当が押さえたいメンタルヘルス推進のポイント】

ストレスチェックの本来の目的を見失っていませんか? 制度を職場改善に活かすヒントとは【人事担当が押さえたいメンタルヘルス推進のポイント】

企業のメンタルヘルス支援を専門とする公益財団法人日本生産性本部 根本忠一氏に、メンタルヘルスについての基本的な考え方からストレスチェック制度の活用ポイントまで、解説してもらいます。

ストレスチェック制度の本来の目的とは

2015年12月にストレスチェック制度が施行され7年が経過しました。そのストレスチェック制度が企業の抱える現実の問題意識に沿って機能しているのか、機能していないとすればその課題はどこにあるのか、このことについて考えてみたいと思います。

インターネットで「ストレスチェック」を検索してみると、プロバイダの広告ばかりが目につき、この制度の目的とされた「労働者の健康への気づきと職場の活性化」の実現に向けた具体性のある取り組みの記事になかなかたどり着けません。私自身ストレスチェックのプロバイダという位置づけにいますが、企業視点に立ち専門的・中立的立場で人事の皆様に説明を試みたいと思います。

ストレスチェックのマンネリ化、形骸化への危惧

「ストレスチェックはやってどうなるんだ?」「効果はあるのか?」という声をよく耳にします。産業精神衛生研究会(廣尚典「ストレスチェック制度の実施状況及び課題に関する調査報告」日本産業精神衛生学会2021)は2018年度から2021年度にかけストレスチェック制度の実施状況および課題を把握するための調査を行いました。その調査によるとストレスチェック制度のメンタルヘルスへの対策の影響は、「なし(変わらない)」が51.6%、「進展した」と評価したのは41.0%にとどまるという報告がなされています。

調査結果の要約には、冒頭に触れたインターネットの広告記事とはトーンの異なる厳しい指摘が並んでいます。

「回を重ねるたびに、マンネリ化が避けられない」
「ストレスチェックの質問票として『職業性ストレス簡易調査票』が最も優れているとは思えない」
「事業場の実情を十分理解し、職場での信頼も厚いスタッフの存在がないと効果が出にくい」

そして総括として次のようにまとめられています。

「制度の意義が多くの産業保健従事者間で実感されるまでには至っていないようである」
「集団分析も多くの職場で試みられてはいるが…結果をもとにした職場環境改善に関しては、実施率も低く、具体的な方法について今後議論が必要な状況である。…制度自体を、より現場の実態に合ったものに、あるいは中小規模事業所に向けた形に修正すべきだという声も根強い」

ストレスチェックの目的の91.4%が「義務だから」

多くの企業は、国が決めたストレスチェック制度のルールを順守し真摯に調査に取り組んでいます。「厚生労働省『ストレスチェック制度の実施状況』2021」によると、1000人以上の事業場における実施率は97.7%(事業場全体では38.5%)、集団分析の実施比率は95.0%(同76.4%)にのぼります。

数値上では集団分析の実施率は高いのですが、問題は中身です。実際に企業現場の管理監督者に聞いてみると、「人事からデータはもらったけれどどう扱っていいのかわからない。何もしていない」という返事が返ってきます。

「日本生産性本部 第10回『メンタルヘルスの取り組み』に関する企業アンケート2021」の一部上場企業の人事を対象にした調査において、ストレスチェック制度の目的を聞いたところ、「法制義務化対応」と答えた企業が91.4%(複数回答による)にのぼりました。法律だから、というのが一番の理由です。

企業の人事の多くは人手不足で、「最低限の法制義務化対応で済ませたい」という本音が見え隠れします。人事の台所事情を見事に突いて、お金をかけずに外部機関に委託するというストレスチェックマーケットが形成されているのは否めない現実です。

プロバイダの本音としては、“ここで何を好き好んで職場改善に手を出し管理監督者の非難を浴びる必要があるのか、とにかく契約が切れないように無難にストレスチェックを回していきたい”という考えがないとは言い切れません。もしそうであれば制度の目的のひとつとされた「職場の活性化」の実現は難しいと言わざるを得ません。

法定ストレスチェックはストレス低減に寄与しない?

国の指導を順守しストレスチェックを実施している企業は多いのですが、興味深い研究があります。

川上論文(川上憲人「法定ストレスチェック、およびストレスチェック後の職場環境改善の実施と労働者の仕事関連ストレスとの関連:平成28年度労働安全衛生に基づく横断研究」2017)によると、
「事業場における法定ストレスチェックの実施は、労働者の仕事関連ストレスの低さと関連しているとは言えなかった。… 一方、“法定に拠らない”ストレスチェック後の職場環境改善の実施は、労働者の仕事関連ストレスを低減できる可能性がある」と指摘しています。

川上教授らの調査は制度施行後間もない段階で行われており、それに関して、「一次予防に対する効果が未だ明確でないことを示唆している」とみずから説明しており、効果の評価には慎重さを要します。

ただひとつ言えることは、法律だからストレスチェックを実施して簡単に効果が出るほど甘くないということです。制度の主旨を十分現場に周知し、従業員、特に管理監督者がメンタルヘルスを良くしていくという意思を持ってサイクルをまわさない限り改善は困難に思えます。

「法定に拠らないストレスチェック後の職場改善の実施」は、国の定めではなく企業自みずからの意思で展開される以上、何より責任と主体性が明確になります。そのことが効果に影響を与えていると思われます。

従業員の「主体的な行動」が生産性に大きく関係

ストレスチェック制度を職場活性化に活かすための良きヒントがあります。

守島教授らの研究(守島、初見、山尾、木内「人材投資のジレンマ」日本経済新聞社 2023)によると、教育訓練の充実と生産性の向上は直接には結びつかず、従業員の「主体的な行動・思考」が生産性と強く関係していることを突き止めました。

スキル・能力の向上が“即”成果につながるのではなく、個人の認識や価値観、感情、心理状態などのマインド面の要因が「主体的な行動・思考」を促進し、それがスキル・能力の向上に寄与し生産性を高めることを解明したのです。

このことはメンタルヘルス向上にも応用できます。メンタルヘルスの低下した職場に改善の事例集・ヒント集を見せたり、やる気がなくなった管理監督者に知識やノウハウを教えたりするよりも、“なぜそういう状態になっているのか”、“そこをマネジメントしていて苦しくないのか”、“もしメンタルヘルスが良くなったらどんな職場になるのか”、そうしたことを寄り添って問いかけていくことに改善の可能性を見出すことが出来るということです。

なぜなら健康度の低下した職場の管理監督者の多くは悪意があるのではなく、やり方を知らないだけなのです。そこでその管理監督者を悪者にしたら本人はさらに委縮し改善のきっかけがつかめなくなります。

これにつながるエピソードがあります。

尾木ママで知られる教育評論家尾木直樹氏は、かつて中学校が荒れていた時に、夜の校舎のガラスを叩き割る生徒に近づき、「どうしたの?」と話を聞き、そのことがきっかけで彼らと話が出来るようになり、学校が良い方向に動き出したそうです。もっともそのあと尾木先生は講演で、万引きをする子に「どうしたの?」と尋ねた話をしたところ、「万引きする子に、どうしたの?じゃないだろう。だめなものはだめだろう」と非難を浴びブログが炎上したそうです。人それぞれの「正しさ」の受け止め方が違う、そのことに気づくのも大事なことです。

話を戻しますが、このときに大切なものは、改善に寄り添うべきプロバイダや産業保健スタッフの、経験に裏打ちされた指導の意思、粘り強さ、そして何より覚悟があるかどうかです。それを当事者である現場の人たちは見抜いているのではないでしょうか。

上司が部下を「思う」気持ちがメンタルヘルスを改善する

川上教授は先の論文において、
「組織横断的な共通要因を探ることだけではなくそれと合わせて、従業員個々がどんなストレスの因果関係を持っているのかをアセスメントすることが重要で、そのためには人の心理についての深い洞察なくしてはそこの解決には導けない」と述べています。

職場にも人にもそれぞれの「物語」があり、それを軽んじて言葉だけの「べき」論を押し通しても何も変わりません。何が正しいかを自分で見つけることで人はやる気を出しますが、正しさを他人から押しつけられるとやる気をなくすのも人です。

私自身も試行錯誤しながらですが、管理監督者の意識に焦点を当てて少しずつ手ごたえを感じ始めています。

集団分析の結果を伝え、その内容についての見解を求め、返されたシートにコメントをつけてフィードバックしています。制度がスタートした頃に提出されたシートには、ストレスをもたらす業務環境の分析や業務負荷の軽減の仕方、そして職場環境を阻害する“問題児対策”等が書かれていました。それが数年経ってやがて、管理者自身のより内省的な記述が目立つようになりました。 クライアント事業場の了解のもと代表的なものを抜粋します。

  • 「業務にかかる打ち合わせにおいては、出来るだけ複数の者を参加させ、情報の共有と相互支援の推進を図り、個人で課題を抱え込まないようにさせた」
  • 「人材育成という観点から、業務量・業務難易度を考慮した業務分担や助言、フォローの仕方を意識し、部下の育成に取り組みたい」
  • 「私自身も業務に追われ鷹揚さに欠けたことは明確であり、部下にストレスを与えた可能性があるため注意していきたい」
  • 「人それぞれ仕事の価値観に違いがあって温度差や方向性も違うが、組織人として仕事を進めるにあたり、「何のために」「誰のために」といった仕事の本質的価値観を伝えることが重要である」
  • 「部下を(一個の)人格として尊重することにより、部下どうしでも相手を人格として大事にするようになり、結果として部下どうしのコミュニケーションが円滑になり、職場環境が改善された」

ここでわかるように、管理監督者自身がストレスチェックから学びえた気づきによる部下指導を通して、自分の在り方を見つめるようになります。先に触れたマインドの教育とはこのことです。

こうなれば、管理監督者のあらゆる行動に「人を思う」気持ちがまとわり、そのことでマネジメント全体が変わり、部下との信頼関係が醸成し、部下は上司の言動をポジティブに受け止められるようになるでしょう。

そうなれば部下は自分がどうやってチームや組織に関わればいいか、貢献すればいいか、それをおのずと考えるようになります。このプロセスをまどろっこしいと思うかどうかが問われると思います。

会社が変革を求められるからこそ落伍者が出ないような現場の安定感が求められています。メンタルヘルスの取り組みの最大の目的は、<組織はその責任において人を大切にしなくてはならない>という啓発そのものであると私は思います。

目指す組織像を示し、組織体制を変えることが重要

今のストレスチェック制度は、安全衛生の考え方を基盤にした医療モデルで作られています。

そこでは「予防」が眼目になり、その数値目標は「ゼロ」に設定されます。しかし「ゼロ」を目標にするというのは現実の企業活動には馴染みません。

企業が求めているのはゼロではなく、ゼロを超えたところにあります。ゼロを超えたところでは、数値目標ではなく質の目標にターゲットを設定することのほうが意外でも現実的に思えます。

具体的な限界設定としての数値を掲げるのではなく、自分たちの目指す組織像を示し、限界のないプラスを生み出す組織体質に変えてゆくことが重要なのです。

お叱りを受けるかもしれませんが成果は時の運、成功は環境条件に左右されます。しかしいかなる状況でも最大限の努力が求められているのが企業の真実です。

人を思う経営思想が不調者の早期発見・早期治療につながる

企業は単なる人の集合ではありません。目的を持つ「組織」でありそれを統制する力学が働きます。その目標達成のために個人にストレスが及ぶことは避けられません。組織を「静」ではなく「動」で捉えるマネジメントモデルの視点がストレスチェックの運用にも必要となります。そこでは人間を、意思を持つ生き物として見ることが重要です。

一度決めたら動き出すという機械論的システム思考では、人間特有の内発的なモチベーションを発揮することも維持することもできません。時代の変化を読みながらも、人の香りのする労務管理を浸透させ、一人ひとりの持ち味を組織の力に組み込む総力戦を展開することが今、求められているのではないでしょうか。

もしそうした人を思う経営思想が組織に行き渡るならば、軽度の不調者は減り治療対象は絞り込まれ、より効率の良い早期発見・早期治療が可能になります。そのほうが医療モデルも本来の働きが出来るはずです。

メンタルヘルスへの取り組みを、健康管理部門のみの課題と矮小化してはなりません。医療モデルとマネジメントモデルを連動させ、不調者の未然防止とともに企業風土を改善し生産性を高める、その認識のプロセスを、できれば従業員の代表である労働組合を加え作っていってほしいと思います。

そのためには人事の人たちが、社内で自社の経営を語り、労務管理を語り、従業員を奮い立たせることによって現場の人たちともっとつながっていく必要があります。厳しい時代だからこそ、人事の皆さんの活躍を期待しております。

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根本忠一

公益財団法人 日本生産性本部 メンタル・ヘルス研究所 特別研究員、日本産業カウンセラー協会認定シニア産業カウンセラー、国家資格キャリアコンサルタント、平成26年度文部科学省うつ病研究会 委員、日本産業カウンセリング学会 元常任理事、日本家族カウンセリング協会 前理事、一般社団法人 産業保健法学研究会 前理事。1982年明治大学商学部卒業後、民間企業を経て、1988年に(財)日本生産性本部入職。ほぼ一貫してメンタル・ヘルス研究所で、企業調査を通し産業人のメンタルヘルス研究に従事。企業以外にも労働組合や自治体、生協等にも関わる。調査分析とともに講演や執筆活動も行う。

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