人的資本経営を推進するためには、自社の様々な取り組みについてどのくらい効果があるかを検証する必要があります。そのため、経験や勘ではなく、定量・定性データを使って具体的に計測・検証し、改善し続けるということが求められます。
本連載では人事データの中でも特に評価データに注目し、その分析方法を日本生産性本部の東狐貴一主任経営コンサルタントに解説してもらいます。(文:東狐貴一、編集:日本人材ニュース編集部)
第1回「人的資本の情報開示に人事データをどう使う? 企業価値を向上させるデータ分析とは」
第2回「実践!項目間の相関関係を検証し、正しく人事評価データを分析」
因子分析と主成分分析
前回は、1対1の評価項目間の関係における相関を見ました。
今回は、評価項目の因子分析を行い、よく似た動きをする項目を複数抽出することで、評価項目の背景にある共通因子を探っていく方法を紹介します。
ちなみに、因子分析とよく似た分析手法で、主成分因子があります。分析方法や分析データの持ち方は因子分析も主成分分析も同じですが、因子分析は因子を変数で説明する方法です。「すでに観測されているいくつかの相関の強いデータが”〇〇という共通の要素”によるものではないか?」と考えるのが因子分析です。
例えば、図表1のように、相互に相関の強いデータ(「やる気が出ない」、「よく休む」、「ミスが多い」)が抽出されたとします。そこから、類推できるのは何らかの「悩み」が共通の原因としてあるのではないかと分析するのが因子分析といいます。
図表1 因子分析例
一方、主成分分析は複数の量的変数(スケール尺度の数値変数)の相関を元に、要素を合成変数に集約する方法です。
例えば、マーケティング調査などで顧客満足度を高める要因を探る際、どの要素が顧客満足度に最も影響しているかを把握する分析手法です。
図表2のように、あらかじめ主成分となる要素(商品の質、価格、接客態度)を選び、合成変数への影響度を見ることで、どの要素が最も影響を与えているかを測定します(矢印の太さで区別)。
図表2 主成分分析例
評価項目の因子分析
以下では、前回までの評価項目データを観測変数として、因子抽出を行います。
因子分析ツールはいくつかあります。
主因子法(Principal Factor Method) とは、第1因子の因子寄与をもっとも大きくするように解を求める(第一因子最大化)方法です。
主成分法(Principal Component Method)は、各因子の因子寄与がなるべく均等になるように解を求める方法で、主成分法で回転をしない結果は、主成分分析の分析結果と同じとなります。
最尤法(さいゆうほう:Likelihood Method)は、確率密度により解を推定する方法で、共分散構造分析をする際によく使われる方法です。分布の歪んでいるデータでも正確な推定ができる方法ですが、データ数が十分に大きければ主因子法の結果と変わりません。
ここでは、主因子法を使って分析を行います。分析に当たってはバリマックス回転(※1)後の因子行列を分析対象とします。バリマックス回転による因子行列の結果は図表3のようになります。集まった観測変量から因子の特徴を掴み、因子を命名します。
※1バリマックス回転とはひとつの因子に強い負荷を持つ変数の数を最小限に抑えようとします。因子の解釈の単純化を試みる手法。他にも、エカマックス回転やプロマックス回転などがあります。
図表3 回転後の因子行列
第1因子は、親和力、チームワーク、交渉力、部下指導、統率、主体性といった観測変量が集まっています。比較的、人との関係性に関する項目が集まっているので、第1因子=“ヒューマンスキル”と解釈します。
次に、第2因子は、判断力、業務管理、リスク管理意識、責任性、業務知識といった、比較的仕事を遂行する際に必要とされる観測変量が集まっています。そこで、第2因子=マネジメントスキルと解釈します。
第3因子は、チャレンジ、企画立案力、自己啓発、実行力といった、新規性のあるものへの取り組みを見る観測変量が集まっています。そこで、第3因子=コンセプチュアルスキルと解釈します。
このように、因子を構成する要素を通して、共通の因子特性を解釈して因子を命名していきます。
因子分析をすることで、15個あった観測変量を3つのカテゴリーに集約化することができ、改めて評価項目の重複や見直しができます。例えば、親和力とチームワークは重複している可能性があります。業務管理と業務知識もどちらかだけでいいかもしれません。また、こうやって評価項目を集約化することで、評価者は評価する際に、ある程度評価項目の位置づけを整理して評価することが可能になります。
例えば、同じ第1因子(ヒューマンスキル)に入っている“親和力”と“チームワーク”は、そもそも相関係数が0.638と比較的高くなっています。着眼点を見るとどちらも、円滑な人間関係や周囲からの信頼関係の構築といった表現となっており、よく似ている項目に見えます。そのため、同じ因子にくくられた可能性があります。
もし仮に、同じような意味合いであるならば、どちらか一方のみ残してもよいかもしれません。あるいは、違う意味合いであるならば、違いをより明確にしないと、評価する際に区別がつかず、ハロー効果を起こす評価項目となります。
また、同じカテゴリーに入った項目間で相関が強い項目については、着眼点を見直すなどして、各項目の持つ意味がきちんと評価者に区別して認識されるように再設計することも必要となります。
ちなみに、先ほどの回転後の因子行列で、”統率“、”主体性“、”責任性“、”実行力“、”交渉力“は、2つの因子にまたがって負荷量が0.4以上となっていました。
そのため、これらを除いて再度因子分析をした結果は図表4のようになります。先ほどの因子分析結果より、因子間の違いが明確な結果となります。このように、いろいろと因子分析では設定を変えて繰り返し分析をしていきます。
図表4 ”統率“、”主体性“、”責任性“、”実行力“、”交渉力“を除いた因子分析
パス解析による高業績者の特性抽出
発揮している能力とその結果である業績をそれぞれ説明変数と目的変数とした場合、互いの関係性を、パス図という図表を用いてわかりやすく表現する手法がパス解析です。
パス解析は説明変数自体がお互いに相関していて、目的変数に及ぼす影響が複雑に絡み合っているような場合に有効な手法です。
例えば、図表5のようなパス図の場合、因子から各観測変数に一方向の矢印が出ています。つまり、因果関係があることを想定しています。
各矢印にある値はパス係数を示しています。パス係数は変数間の相関関係、因果関係を表す値です。パス係数には標準化解と非標準化解の2種類があります。一般的にはパス係数は、標準化推定値を用います。標準化推定値は-1.00から+1.00の間の値をとります。図表5では、観測変数1は因子から受ける影響が.39であることを示しています。また、観測変数1の右上にある数値.76は重決定係数R2乗を示しています。誤差e1から受ける影響は1.00-0.76=0.24となります。
図表5 共分散構造モデル例
先ほど評価項目を因子分析した結果(図表4)を用いて、パス解析を行ってみます。ここでは、抽出された因子それぞれが目的変数(業績評価)にどのように影響を及ぼしているか、抽出された因子間での相関関係はどのようになっているかを分析してみます。
因子分析で得られた因子を潜在変数として、そこから各観測変数(各因子からの影響が大きい評価項目)へ一方向の矢印を引きます(因果関係を想定)。因子の合成変数が業績評価になると想定して、各因子から業績評価に一方向の矢印を引きます(主成分分析)。また、因子間には相関関係があるとして、双方向の矢印をひきます。結果は以下のようになります(図表6)。
図表6 評価項目因子と業績評価のパス図
モデルの適合度を見ると有意確率 = .000となっており、モデルは適合しているといえます。次にパス係数を見ると、各因子からのパス係数はいずれも十分な値を示しています。人間関係力は親和力に与える影響が.930と最も高くなっています。また、変革推進力ではチャレンジに与える影響が.954と最も高いことが分かります。因子から業績評価への関係はいずれも+となっていますが、特に人間関係因子から業績評価への関係は.514と最も高くなっています。
ここから、業績評価の高い人物は人間関係因子が高い人物であり、その中でも特に親和力が高い人物であることが推測されます。因子間の相関係数は、いずれも.90以上と高くなっています。
評価データは、金融機関の支店長クラスを使用しています。この結果が正しければ、支店業績の高い支店長は、支店で働く職員との良好な人間関係構築に長けている人物といえるかもしれません。
これまで3回にわたり、人事評価データの分析から何が分かるかについて幾つかの手法を紹介してきました。
第1回でも述べましたように、これからの企業競争の源泉は無形資産にいかに投資し、付加価値を産み出すかにあります。無形資産の中でも、人的資産は最も重要な要素であり、モノやカネと違い評価や育成を通じていくらでも価値が向上していく資産です。
人的資産の時価を評価・査定(Due Diligence)できるのは、毎期毎期の評価です。その評価制度がうまく機能しているかどうかをモニターするには評価データの分析が欠かせません。
是非、今回紹介した手法なども参考に自社の評価制度の分析・検証に役立てていただければ幸いに存じます。