ジョブ型人事の導入で始まる「キャリア自律」への大転換【2024年 育成・研修計画】

日本人材ニュース

OFF-JTによる人材育成が、従来の勤続年数や職位に基づく一律の階層別研修から、社員の主体的な参加による個別化・多様化の流れに大きくシフトしつつある。人材不足が慢性化する中、事業成長に必要な人材の確保を急ぐ企業の取り組みを取材した。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

人材育成方針に「キャリア自律」を掲げる企業が増加

IT化やデジタル化の進展に伴う事業を取り巻く環境が加速度的に変化し、ビジネスモデルの転換などに迫られるケースが目立つようになっている。

事業の方向性や戦略に合わせて組織を変え、必要な人材を調達するという事業ポートフォリオと人材ポートフォリオをスピーディに一致させていくことが求められている中、そのための仕組みとして個々の社員の経験やスキル等を網羅した人材データベースの構築に始まり、仕事に必要な職務・役割を明確にした、いわゆるジョブ型人事制度の導入や、必要なビジネススキルを持つ外部人材の採用も視野に入れる必要がある。

こうしたハードの仕組みの一方で、ソフト面で求められるのが、社員が自らキャリアを能動的に獲得する「キャリア自律」の醸成だ。企業に貢献するプロフェッショナル人材を養成するには、自分の経験やスキルを棚卸しし、不足するスキルを補う学習が不可欠となる。

人材育成方針に「キャリア自律」を掲げ、社員自ら経験・スキルを振り返り、キャリアビジョンを描き、目指すべきスキルを習得する主体的なキャリア形成を支援する企業が増えている。

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自分が目指すキャリアを軸に研修を選択

例えばソフトバンクグループの人材育成はソフトバンクユニバーシティ(SBU)が担う。階層別研修と呼べるものは新入社員研修、入社3年目のフォローアップ研修、新任課長研修ぐらいで、残りのほとんどは受講したい人が応募する手挙げ式の研修だ。

講座は全部で75コースあり、回数制限は設けているが基本的には先着順で決まる。講座の内容は大きくビジネススキルとテック系の2つに分かれるが、近年はAIやネットワーク、セキュリティ研修などハイテクスキルに注力している。

またAIについてはエンジニア向けの研修だったが、一部を切り出し「AIキャンパス」という名で全社員向けの「AI基礎eラーニング」を2020年に開講。数カ月で3000人が受講した。さらに2022年度からはエンジニアに限らず、AIリテラシーを駆使し、実際に業務で活用する研修も実施している。

受講者は1回100人程度であるが、報酬やポストに関係なく、自分が目指すキャリアを軸に本人が選択する研修となっている。2022年度の受講者は延べ約2万3000人。同社の社員は約1万9000人だが、複数講座の受講者がいるとしても高い受講率といえるだろう。

必要なスキルの多様化や変化への対応に迫られる

●「人材育成・能力開発」について制度を変えたり、従来のやり方を見直す必要性を感じているか(左)
●「人材育成・能力開発」に関する人事制度を改定したり、やり方を見直すことができているか※(右)
2024年 育成・研修計画 ジョブ型人事の導入で始まる「キャリア自律」への大転換

●人材育成・能力開発のやり方の見直しが必要と感じている理由※
2024年 育成・研修計画 ジョブ型人事の導入で始まる「キャリア自律」への大転換
※「人材育成・能力開発」について、制度を変えたり、従来のやり方を見直す必要性を感じているかという設問に「強く感じている」「やや感じている」と回答した企業を対象とした
(出所)リクルート「企業の人材マネジメントに関する調査2023」

ジョブ型人事導入でキャリアアップにはスキルの獲得が必須に

ジョブ型人事制度を導入している企業では、ジョブディスクリプション(職務記述書)によって求められるスキルや果たすべき職責が明確になる。

職務等級と報酬が連動し、年功的賃金制度の職能等級制度と違い、職責が変わらなければ職務等級も変わらず、原則として賃金も上がることはない。職位・職種ごとの職務記述書を公開している企業が多く、本人が報酬アップやキャリアアップを目指したいのであれば、上位の職務等級にふさわしいスキルの獲得が必須となる。

大手ITメーカーはジョブ型人事制度導入後、従来の年功的昇給・昇進を廃止し、ポスティング(社内公募)による異動を大幅に拡充した。

ただし目指すポジションに応募しても職責にふさわしいスキルを身につけていなければ異動できないし、応募する社員が複数いればハードルも高くなる。また同社では各事業部に必要な人材を外部から採用する権限を与えているため、社外の人材もライバルとなる。

選択型研修を増やし、教育投資の効果を高める

同社では社員が目指すポジションに求められるスキルを学習するための教育メニューを拡充している。具体的には無料の学習ポータルサイトを通じて自ら学びたい講座を選択する。学習コンテンツはセミナー形式や動画の視聴によるスキル習得など多岐にわたる。

同社の人事担当者は「ポータルサイトにはレコメンド機能があり、例えば営業職の場合、一つ上の職務等級を目指したいと入力すると、必要な教育内容をアドバイスしてくれる。あくまできっかけづくりではあるが、自分に何が足りないかに気づく効果もある。また、まったく別の職種へのポスティングを考えている人は必要なスキルと学習メニューを提示してくれる。これを利用することによってキャリアを自律的に考えることを期待している」と語る。

選択型研修以外に会社が強化したいビジネス領域の能力向上を図るための部門ごとに全社員の研修も実施しているが、いずれにしても目指すキャリアが個々で異なることを前提とすると、学ぶべきOFF-JTの内容も個々に異なる。従来型の一律の階層別研修よりも主体的に選択した研修を増やした方が教育投資の効果が高いとの考えがある。

同じようにジョブ型人事に移行し、階層別研修を廃止した大手食品メーカーの人事担当役員は「以前は入社年次別や課長研修を定期的に実施していたが、研修中に寝ている社員もあれば、終了後の飲み会だけを楽しみに参加している社員もいる。これでは研修効果は何も見出せず無駄ということで、本当に学びたい人間だけ受講する選択型研修を増やした」と語る。

人事制度や研修内容を見直す動きが出てきている

● 各社の最近の取り組み
2024年 育成・研修計画 ジョブ型人事の導入で始まる「キャリア自律」への大転換

職種・職務に求められるスキルを一人一人に示す

会社が目指すビジネス戦略によって人材ポートフォリオと人材育成方針や育成メニューが決まるという流れの中で今、最も求められているのが専門職人材だ。

大手事務メーカーはジョブ型人事制度導入と同時にマネジメント職群と専門職のエキスパート職群を創設。それぞれの職務等級が同じであれば報酬も同一とした。

同社の人事担当者は「特定のコンテンツに強い人が圧倒的に不足しているという事情があり、専門知識を持つプロを育成したいという思いがある。ビジネスで今後デジタルサービスが主流になっていくと、おそらく階層というものが段々なくなり、プロジェクトベースの仕事が増え、組織もフラットになっていくのではないか。マネジャーがなくなるわけではないが、今よりも極力減らし、プロジェクトやコンテンツのリーダーからマネジャーになってもよいという流れをつくっていきたい」と語る。

同社はプロ人材育成の仕組みとして、タレントマネジメントシステムと連動した学習支援ツールを導入している。

「これまでの自分のキャリアを棚卸しし、保有する資格など自分の強みや弱みをポータルサイトに入力する。そして今の仕事の幅を広げ、職務等級を上げたい、あるいは別の部署の専門外の仕事をしたいと思えば、ジョブディスクリプションが出てくる。職種・職務に求められるスキルが一人一人に示されるので、どんな学習をすればよいかもわかる」(人事担当者)

それを参考に自分で学習計画をつくり、会社が提供する講座に応募して勉強することになる。最近の学習支援ツールにはAIを活用し、目指すキャリアに必要な学習メニューを提供するものもあるが、学習計画は自ら立てるという「キャリア自律」の観点から同社ではあえて導入していない。

キャリア自律に向けた上司の役割とは

会社主導のOFF-JTから個人主体の自律型研修に移行しても、本人の動機付けは必要になる。そのために各社が重視しているのが上司との1on1だ。

例えばソフトバンクグループでは日々の1on1以外にプロセス評価の中に能力開発目標を設定し、上司のレビューやフィードバックを通じて支援していく仕組みがある。

また大手ITメーカーでも上司が1on1を通じてキャリアの相談や学習計画の支援を行っている。前出の大手食品メーカーでも目指すキャリアの目標を上司と相談の上で設定し支援する。異動希望先を申告でき、例えばマーケティング部門に異動し、こういう仕事がやりたいと希望すると、同社の人材育成を担当するHRビジネスパートナー(HRBP)が本人と会い、どうしてそう思ったのかという理由や、仕事で実現したい本人の目標を聞き、そのためのアドバイスを行うことにしている。

大手事務機メーカーの人事担当者は「キャリアを自ら描くという方向にマインドを変えていくのが上司の役割だ」と指摘する。しかし「上司は支援はするが、コントロールはしない。あくまで会社のリソースを使ってやるかやらないかは個人の自由。学び続ける人は積極的に学んでキャリアを実現する一方、逆にやらない人は落ちこぼれていくのはしょうがない」と言い切る。

従来の会社主導の人材育成から能動的な自律型の育成への転換は、言うまでもなくその方が労働生産性や高い貢献に結びつくとの考えが背景にある。一方でそれに伴う能力格差などのリスクは個人が引き受けることになる。日本企業の人材育成は大きな転換点にある。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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