名古屋自動車学校事件(最一小判令5.7.20)は、同一労働同一賃金の基本給について、初の実質的判断を下したと評される事件です。ただし、これまでの同一労働同一賃金訴訟で、基本給が争点となった事案は他にもありますが、最高裁は上告棄却等の判断をするのみであったため、理由付け含めて自ら判断したのが初ということです。 今回は本件の最高裁判決の概要と判断について、KKM法律事務所の倉重公太朗弁護士に解説してもらいます。(文:倉重公太朗弁護士、編集:日本人材ニュース編集部)
同一労働同一賃金における「不合理」とは
本件は、名古屋自動車学校の教習指導員が定年後に再雇用された際に給料が大幅に減額されたのは同一労働同一賃金の観点から不合理だとして、学校側に定年前の賃金との差額の支払いなどを求めたという事案です。
原告らは、2013年から2014年に正社員を定年退職し(役職は主任であった)、定年前の基本給は月に約16万円と18万円程度であったものが、定年退職後の嘱託再雇用(役職はなし)の基本給は、約8万円となっていました(ただし、指導手当、精勤手当、敢闘賞、通勤手当、残業手当などを合計すれば月額20万円前後であった)。
同事件では、正社員時代と定年後再雇用時における賃金差が、同一労働同一賃金にいう「不合理」といえるかどうかが争われました。具体的には基本給及び賞与の減額、皆精勤手当、敢闘賞(精励手当)、家族手当の相違が不合理とされるかどうかが問題となりました。
そもそも、同一労働同一賃金(パート・有期法8条)は、正社員と非正規雇用の労働条件の相違について、以下の4つの要素を考慮して、「不合理」であってはならない(※1)としています。
同一労働同一賃金で考慮される4要素
①業務内容
②責任
③配置変更範囲
④その他の事情(その他の事情には、定年後再雇用であることや労働組合との交渉状況が含まれる)
(※1)「合理的でなければならない」とは意味が異なる。大学などの成績でいう「優・良・可・不可」に例えれば、「優」や「良」を取らなければいけないわけではなく、「不可」を取らないようにせよということである。
日本における同一労働同一賃金は非正規救済法理であるため、あくまで正社員と非正規雇用者(パート・有期雇用・派遣労働者)の間の待遇の相違が問題となるため、正社員同士などについては現時点では適用されません。(※2)なお、高年齢者雇用について、実務上は定年後再雇用であることが多く、法形式的には有期雇用の括りとなるため、同一労働同一賃金の適用があるとされています。
(※2)三位一体の労働市場改革の指針によれば、「現在のガイドラインでは、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の比較で、非正規雇用労働者の待遇改善を行うものとなっているが、職務限定社員、勤務地限定社員、時間限定社員にも考え方を広げていくことで再検討を行う」とされており、近い将来での改正が予定されている。
同一労働同一賃金のガイドラインで明示されていること
ここで、同一労働同一賃金ガイドライン(※3)についても触れておきます。同ガイドラインでは、基本給・賞与・手当・福利厚生など、処遇別に基本的な考え方が記されています。なお、ガイドラインには法的拘束力はなく、最終的な判断は裁判所によりますが、事実上参考にされているといえるでしょう。
(※3) 厚生労働省告示第430号「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」
同ガイドラインにて、基本給については以下の記載があります。
同一労働同一賃金ガイドラインにおける基本給の記載
①職業経験・能力に応じて支給される場合
→職業経験・能力に応じた部分につき、同一の支給をすべき。違いがあればそれに応じて支給すべき。
②業績・成果に応じて支給される場合
→業績・成果に違いがあればそれに応じて支給すべき。同じであれば同一の支給。
③勤続年数に応じて支給される場合
→同一の勤続年数であれば同一の支給。年数に違いがあればその相違に応じて支給すべき。
④昇給について
→勤続による職業能力の向上に応じて昇給が行われる場合、非正規勤続により職業能力向上をした場合、向上に応じた部分につき、同一の昇給をすべき。
これを見ると、「正社員と非正規雇用の基本給を同じにしなければならないのではないか」と思う方もいるのではないでしょうか。しかし、同ガイドラインの基本給部分の読み方には注意が必要です。そもそも日本の99.9%の会社では、正社員と非正規雇用の給与制度は異なります。
しかし、上記ガイドラインでは、「仮に正社員と非正規雇用で同じ賃金制度であった場合」における考え方を示しているのです。つまり、99.9%の会社にとっては関係ない話を記載しているということに注意を要します。
そして、名古屋自動車学校事件を含め、99.9%の会社に関係がある話、つまり正社員と非正規雇用者で賃金制度が異なる場合については、「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に賃金の決定基準・ルールの相違がある場合の取扱い」として以下のように注釈に記載があります(傍線部筆者)。
通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に基本給、賞与、各種手当等の賃金に相違がある場合において、その要因として通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の賃金の決定基準・ルールの相違があるときは、「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間で将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる」等の主観的又は抽象的な説明では足りず、賃金の決定基準・ルールの相違は、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものの客観的及び具体的な実態に照らして、不合理と認められるものであってはならない。
つまり、賃金制度が異なる場合の不合理性判断については、正社員と非正規雇用者が「将来の役割期待が異なる」という主観的抽象的説明ではなく、「客観的及び具体的な実態に照らして」説明せよということになります。これが何を意味するのかが、本判決で明らかになることとなるのです。
争点は基本給や賞与の性質
さて、名古屋自動車学校事件において、一審(名古屋地判令2.10.28)は、同年代の賃金センサス(注:政府統計に基づき労働者の性別・年齢・学歴等により平均収入をまとめたもの)の平均賃金を下回る水準であることを重視し、原告が高年齢者であることや退職金を受給していたこと、高年齢雇用継続基本給付金や老齢厚生年金の受給を受けることができた事情を踏まえても生活保障の観点から看過しがたいとし、退職時の基本給及び賞与について、60%を下回る限度で不合理であるとしました。また、皆精勤手当及び敢闘賞(精励手当)の必要性についても相違はないため、相違は不合理であるとしています(家族手当の相違は不合理でないとした)。
また、二審(名古屋高判令4.3.25)も同様に、基本給と賞与の60%を下回る部分及び皆精勤手当及び敢闘賞(精励手当)の金額が異なることについては不合理とした一審の判断を維持しました。
一方で、最高裁は、二審判決を破棄して、基本給や賞与の性質を調べるように差し戻しました(手当部分の判断については高裁判断が確定しています)。
内容を見てみましょう。
まず、不合理性の判断基準については、メトロコマース事件(最三小判令和2年10月13日)を引用して、「他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべき」としました。
この点は従前の最高裁判決と変わりがありませんが、重要なのは、支給の趣旨目的を具体的に考慮するということです。
次に、会社の基本給制度について、具体的中身を検討し、勤続年数による差異が大きいとまではいえず、職務給(筆者注:仕事ごとに給与を決める考え方)としての性質もあるとしつつも、一方で、長期雇用を前提として、役職に就き、昇進することが想定されているなどから、職能給(筆者注:職務遂行能力をベースとして給与を決める考え方。年次で能力が向上するという前提が多く、年功序列的運用が多い)としての性質もあるとして、次のように述べています。
「前記事実関係からは、正職員に対して、上記のように様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的を確定することもできない」
要するに、基本給に関する性質は多種多様なものがあり、その趣旨目的がはっきりしないと指摘しています。これは多くの日本企業の基本給について言えることです。
そして、正職員の基本給と嘱託職員の基本給については「基本給が正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、被上告人(注:労働者)らの嘱託職員としての基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべき」として、基本給の性質が異なるとしています(前述「賃金の決定基準・ルールの相違がある場合の取扱い」のケース)。
そして、このように賃金制度が異なる場合であるにも関わらず、「原審は、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない」として、基本給の性質検討が不十分である旨を指摘しています。
また、賞与についても同様に「原審は、賞与及び嘱託職員一時金の性質及び支給の目的を何ら検討していない」として、性質検討が不十分と指摘しています。
なお、さらに労使交渉についても、「原審は、その結果に着目するにとどまり、その具体的な経緯を勘案していない」としている点は注目に値します。つまり、労使で合意に至ったか否かという結果だけを見るのではなく、その交渉過程においてどのような提案が双方からあったか、どちらが妥協や現実的な提案をしているか、一方で無茶な提案をしているのはどちらなのか、ということも考慮されるようになるでしょう。
基本給制度の成り立ち・歴史を調べる必要がある
以上から、基本給と賞与について、正職員と嘱託職員それぞれの性質を具体的に考慮した上で、団体交渉での交渉過程に注目しながら不合理性判断をやり直すべきという判断をしたことになります。
以前の最高裁判決という意味で、長澤運輸事件(最二小判平30.6.1)は、トラックドライバーについて定年前後の待遇差が問題となったという点では本件と共通ですが、最高裁で不合理とされたのは精勤手当(出社すべき日数・時間が同じなのに金額が異なるのは不合理)と超勤手当(精勤手当が不合理であることから時間外計算基礎単価が変わるため)という手当についてのみ不合理性判断がなされました。手当については支給の趣旨が明確であることが多く、趣旨が定まれば、後は定年後再雇用という事情を踏まえた上で「説明がつくか」という視点で判断をすることが可能です。
しかし、基本給については前述のとおり、多様な性質を持つものであり、規定を見ただけでは一義的にその趣旨目的を判断することも困難であって、賃金制度の成り立ちや歴史・修正される際の労使協議などを細かく検討する必要がある点が手当とは異なります。
今回の最高裁判断を踏まえて、改めて差し戻し控訴審となる名古屋高裁がどのような審理・判断をするかが要注目です。もっとも、現時点で企業人事や人事専門家ができることは、まず企業の基本給制度について、その成り立ち・歴史を調べ、どのような目的、狙い、趣旨があったのかを紐解くことです。
基本給の性質や趣旨目的について述べることができますか
ここで難しいのは、基本給の性質や趣旨目的について、はっきり明快に述べられる日本企業がどれほどあるのだろうかということです。また、基本給の性質について企業ごとに本当に多種多様な考え方、会社の歴史的経緯があり、一律に判断することは困難で、各企業の具体的事情が大きく不合理性判断に関わってくるでしょう。
さらにいえば、正社員の基本給制度を作ったときには非正規雇用の賃金制度はなかったという会社もあり、そのような場合にどのように相違を作っていくのか、後付けで理屈を考えざるを得ません。
これらの点は、人事の専門家である企業人事、社会保険労務士や人事コンサルの方でも難儀することが多く、今後、自社の基本給はいったい何が「支給の目的」なのか、改めて考えていく必要があるといえます。
その上で、非正規雇用の賃金制度についても、どうしてそのような設計にしたのか、改めて確認し、これを正社員の賃金制度との違いとして説明できるようにする必要があります。その際は、業務内容の相違、責任の相違、配置変更範囲の相違などを実態に基づき整理し、役割の相違を検討します。
重要なのは、実態に基づくということです。抽象的な机上の空論を並べたのではだめで、具体的に、採用・配置・異動・昇格・人事評価・管理職登用・出向など様々な人事措置の実態から相違を検討する必要があります。
ここで、参考になるのは、日本郵便事件の東京地裁判決(東京地判平29.9.14、その後最一小判令2.10.15)です。同事件では正社員と時給制契約社員の人事評価の相違について以下のように認定している箇所があります。
正社員の人事評価
・地域基幹職、新一般職は「業績評価」と「職務行動評価」から構成され、それぞれ具体的な評価項目がある。
・「業績評価」は、短期業績及び中長期業績を評価するものであり、営業・業務実績のほか、業務品質向上のための方法の開発、担当可能担務の拡大、部下育成指導状況が対象となり、組織貢献加点評価では、積極的な情報提携等による他局の業績への貢献や他の班や局、支社全体といった他組織の業績に対する貢献も含まれる。
・「職務行動評価」は、社員に求められる役割を発揮した行動としての事実を評価するものとして顧客志向、コンプライアンス、チームワーク、関係構築、自己研鑽、論理的思考、正確・迅速、責任感、業務品質向上、チャレンジ志向の10項目からなる。
時給制契約社員の人事評価
・「基礎評価」と「スキル評価」から構成されている。
・正社員のように幅広い業務への従事や他部所への貢献は求められていないので、組織貢献加点評価はない。
・「基礎評価」の内容としては、服装等のみだしなみ、時間の厳守、上司の指示や職場内のルール遵守等。
・「スキル評価」の内容としては、被評価者のランクに応じて担当する職務の広さとその習熟度に対する評価が行われる。
これら評価項目の相違は、正社員については幅広い役割が求められているほか、将来の役職者、管理者の候補者として、組織全体への貢献等も期待されている一方で、契約社員については、今の仕事を今後も続けることを前提に、その仕事の中で習熟度がどのように上がったかを評価する仕組みになっていると言えます。これが役割の相違を具体的に考えるということです。人事考課は会社が労働者に対して期待する役割を反映している制度ですから、この相違が重要になるという訳です。
また、労働組合があるところについては労使交渉過程も重要となります。なぜそのような相違が生じているのか、ロジックで説明できるようにしましょう。
基本給制度は複雑かつ多種多様であり、企業によって様々です。今後、我々弁護士や裁判官も、人事コンサルの方と議論できるくらい、人事制度に関する理解を深める必要がありますし、それは企業人事の方にとっても同じことです。
曖昧模糊とした基本給について、まずは自社の賃金制度の歴史から調べてみましょう。
倉重公太朗(弁護士)
KKM法律事務所 代表弁護士/KKM法律事務所 代表弁護士。経営者側労働法を多く取り扱い、労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、人事労務担当者・社会保険労務士向けセミナーを多数開催。著作は20冊を超え、近著は『HRテクノロジーで人事が変わる』(労務行政 編集代表)、『なぜ景気が回復しても給料が上がらないのか』(労働調査会 著者代表)等。
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