海外戦略を加速する企業がグローバル人材の確保を急いでいる。新卒採用では語学力以外にグローバル化に対応する能力が求められるなど、国籍を問わない採用が急速に広がっている。(文・溝上憲文編集委員)
世界に出なければ衰退 海外売上高の比率が上昇
成熟化する国内市場における国内外企業との競争激化に加え、中国などアジア・新興国市場の拡大に伴い、日本企業は海外市場に活路を求めて激しい競争を展開している。
2000年度の日本企業全体の海外売上高は129兆円だったが、07年度は約236兆円に拡大。その後、リーマン・ショックで減少したものの、再び拡大基調にある(経済産業省「海外事業活動基本調査」)。
グローバル展開は従来、国内市場を主なターゲットにしてきた業態も例外ではない。化粧品トップの資生堂の海外売上高比率は数年前までは20%程度に過ぎなかったが、すでに40%を超える。
ユニクロを展開するファーストリテイリングの売上高は8000億円超であるが、国内の売上高が9割を占める。これを海外事業の拡大により、2020年の連結売上高5兆円の達成を目指している。その背景には「国内市場の成長余地は限られており、世界に出ていかなければ衰退していくだけである」(同社人事部)という危機感がある。
楽天も09年の海外売上高比率は8%にすぎないが、将来的には海外を70%にまで高めるグローバル戦略を描いている。同様の危機感を抱いているのが小売業大手のイオンだ。人事担当者は「自動車やガソリンを除く日本の小売総額は100兆円弱だが、10年後は同じか少し減ると見ている。
それに対して中国を含むアジア市場は現在280兆円だが、10年後には500兆円になると予想されている。アジアで事業を展開しないと、企業として存続できないだろう」と指摘する。
同社は2011年度の中期3カ年計画でアジアに大きくシフトすることを宣言した。売上高は5兆1000億円(2011年2月期決算)だが、アジアの売上高比率はまだ5.4%。
今後、中国本社、アセアン本社を立ち上げ、日本を含む3極体制でアジアでの事業展開を加速させていく。2020年には売上高20兆円を超えるアジアの小売業ナンバーワンを目指すと同時に、現在3%程度の本社の外国人比率を2020年までに5割に引き上げる大胆な計画を掲げている。
日本人を上回る外国人を世界中から採用
グローバル戦略を成功に導くには組織と人材のグローバル化が不可欠である。しかし、日本企業の海外投資は旺盛だが、現地のマネジメントやオペレーションを担うグローバル人材が決定的に不足している。
海外売上高のウエイトが増すにつれ、海外に通用する人材の育成が急務であると同時に、採用においてもグローバル展開を意識した外国人の採用に注力する企業が増えている。
昨年の5月、イオンは東京都内で初の合同企業説明会を開催。岡田元也社長自ら「大きく変化するアジアのリーディング・リテイラーを目指し、10年後に会社を引っ張っていく人材を採用したい」と呼びかけた。同社の12年度の日本人を含めた世界の採用数は2000人。そのために日本を皮切りに、タイ、ベトナム、マレーシア、中国、米国、英国の7カ国、10会場で説明会を開催してきた。
「当初から国内で何人、海外で何人採用するとは決めていなかった。国籍、学歴、年齢、性別を問わず、グローバル志向を持ち、イオンで働きたいという人を求めて世界中で説明会を開催し、説明会終了後に面接を行い、採用を決定した」(人事担当者)
海外人材はロンドンでは金融に精通した人材、米国の西海岸ではITに長けた人材というように地域特性に焦点を当てた戦略的な採用活動を行ってきた。海外での採用を積極的に推進することで「2020年には社員の半分以上が外国籍になっているだろう」(人事担当者)と予測する。
ファーストリテイリングも「全世界採用」をポリシーに掲げ、2011年に1000人の新卒を採用した。そのうち出店数が多い中国が300人。国内の新卒採用は300人であり、うち50人は留学生を含む外国人だ。
採用数はすでに中国が上回っている。2012年は新卒の約8割に当たる1050人の外国人を採用する。2013年はさらに1100人の外国人の採用を予定している。同社は3~5年後には東京本部の社員の約半数を外国人にする予定だ。
専門能力の高さで採用 日本語力にはこだわらず
ソニーは世界の各拠点で採用を行う一方、日本でも国内に限らず2001年に中国、4年前からはインドでの採用を開始している。
11年度入社の外国籍の内訳は中国11人、インド11人、日本の大学の留学生10人の計32人。新卒採用全体の13%を占めた。12年度入社はベトナムなど説明会の開催地を増やし、新卒に占める外国籍の比率を20%に拡大した。一方、2013年度採用予定数は業績不振の影響で全体の採用数は減らすが、外国人採用比率は30%にしていく計画だ。
ソニーはシンガポールにも拠点を持つが、なぜ、日本のソニーでもアジアでの採用を強化しているのか。同社の人事担当者は「アジアの中でも日本の教育レベルは高いが、中国やインドの教育レベルも飛躍的に向上し、日本の学生と同等もしくはそれを超えるような学生が出始めてきた」と指摘する。
特に突出しているのが専門能力の高さだ。「面接してすごいと思うのはよく勉強していること。自分の専門を磨くために企業で実践的なインターンを経験するなど、即戦力的な能力も身につけている」(人事担当者)
語学力の要件として英語力は必須だが、日本語力にはこだわらない。入社前後に日本語教育のサポートも行っている。
外国人の採用と養成で経営の現地化を加速
小売業ではコンビニエンスストアのローソンも2008年から外国人の積極的採用を推進している。近年の外国人の採用比率は平均で3割に達している。
コンビニ各社は成長市場であるアジアでの出店を加速しているが、ローソンは1996年に業界として初めて中国・上海に進出し、現在、合弁企業を通じて300店舗以上を展開する。また、2010年4月には内陸部の重慶市に100%子会社を設立。同社の新浪剛史社長の陣頭指揮の下、2015年までに300店舗の出店を見込んでいる。
出店を成功させるには当然ながら海外で活躍する人材の養成が重要になる。同社は第1フェーズとして、日本で培ったローソンの商売のやり方を移植していくために現地法人に経営陣を派遣。第2フェーズとしてローソンの価値観や理念を現地の従業員たちが理解し、しっかりと執行できるようすることで経営の現地化を促す戦略を描く。
外国人の採用は戦略の一環だ。同社の人事担当者は外国人の採用拡大について、「柔軟で受容性の高い組織は、海外でも通用し、いつでも海外に赴任できる人たちの層を厚くするという意味でも重要な鍵を握っている」と指摘する。
語学力は必須、異文化で挑戦できる人材を求める
外国人に限らず新卒の選考指標も「グローバルな素養」の割合が高まっている。いうまでもなく、その一つは語学力だ。近年は新卒の選考基準に語学力を課す企業も増えている。例えば、武田薬品工業は13年4月の新卒採用からTOEIC730点以上の取得を義務づけている。
今年3月から社内の英語公用語化がスタートしたファーストリテイリングは、全社員にTOEIC700点以上の取得を義務づけている。当然、新卒採用の学生もクリアする必要がある。もちろん語学力だけではない。資生堂は選考の軸の一つにグローバル対応力を掲げる。
「TOEICなどの点数もさることながら、様々な国・人種の考え方を受け入れ、融合していけるセンスやスキルを持つ異文化受容力も重視している。対象も外国人に限らない。日本人で海外の大学に留学していた人、幼少時代から海外に住んでいた人、あるいは日本の大学で留学生の受入係をやっていたという経験などいろいろな異文化体験を聞いて見極めている」(同社人事部)
イオンは各国での事業を通じて顧客の生活を豊かにしたいという志を持つ人材を求める。人事担当者は「異なる文化や生活習慣を受け入れる多様性を持っている人。なおかつそれらを理解したうえで、事業を通じて海外で貢献したいという意欲を持っている人」と説明する。
ソニーは「英語を含めた語学力があり、相手ときちんと交渉でき、そこから何らかの付加価値を生み出せる人」(人事担当者)と話す。また、グローバルに活躍するにはチャレンジ精神とリベラルアーツの素養の重要性も指摘する。
「海外なら新興国でもどこでもいいから行かせてほしいという意欲を持ち、そこで自分を成長させたいと思っているチャレンジングな学生がほしい。加えて、外国人と真にコミュニケーションする場合は小手先の英語だけでは通用しない。自身の確固とした考えや日本についても語れるアイデンテティが問われる。そういう部分の厚みを身につけるにはリベラルアーツも重要だ」(人事担当者)
新卒採用ではグローバル化に対応する能力も求められるなど以前にも増してハードルが高くなっている。企業は外国人留学生に限らず海外拠点での採用も増やしており、日本の大学生は国外の学生との厳しい競争に巻き込まれているのが実態だ。