人材採用

超円高で加速するグローバル採用 中堅・中小企業も海外へ、人材不足による採用競争

長引くデフレ、震災によるサプライチェーンの見直し、円高、少子高齢化等によって、企業の海外進出が加速している。すでに海外展開している大手企業だけではなく、中堅企業や中小企業までも海外進出を検討して動き始めた。そうした中、グローバル人材の採用がこれでまでになく活発になり、人材不足による採用競争が起き始めている。

リーマン・ショック以降、英語力を必要とする求人が急増

グローバル求人が急増している。インテリジェンスが、同社の人材サービスに寄せられた求人案件約20万件を分析したところ、2005~2012年の間に英語力を必要とする求人は、「簡単な読み書きや会話ができる(TOEICテスト500点程度)」初級レベルで05年4.2%、08年38.1%、12年61.0%と、リーマン・ショックがあった08年以降急増している。

また、「相手の意見を理解し、自分の意思を伝えられる( 同500~800点)」中級レベル、「ビジネスにおける商談・交渉ができる英語力(同800点以上)」上級レベルを求める求人割合も08~09年に急増し、12年にはそれぞれ約30%を占めるようになっている。

業種別では、特に海外との取り引きが増加している商社・流通、海外での事業展開に積極的なメーカー、そして世界的な再編が進むメディカルで、求人数の約90%が初級レベル以上の英語力を求めていることが判明した。

英語によるコミュニケーション能力を測るTOEICテストの11年度の総受験者数も227万人と過去最高を記録。前年比で49万人(28%)の大幅な増加だ。

TOEICテストの実施機関である国際ビジネスコミュニケーション協会では、「これまで国内マーケットでビジネスを展開してきた企業においてもグローバル人材を育成する動きが活発になった。英語力の必要性がさらに高まり、TOEICテストの活用が一層広まった」と推測する。

日本の産業全体が急速にグローバル化

日本の製造業を代表するトヨタ自動車の2011年3月期(連結ベース)における海外展開比率は、販売台数74%、生産比率48%、従業員比率62%となっており、26カ国51生産拠点、170以上の販売拠点を持つに至っている。

経営戦略に「グローバル展開においては、事業活動の現地化を積極的に推進することで、多様な地域ニーズにマッチしたクルマの開発提供」を掲げ、ボードメンバーのダイバーシティや各国のローカル人材の育成を急ぐ。同時に、トヨタ本社のバイリンガル化を目指し、社員の英語力の強化を図る。

人材調達は、欧米でも現地採用を行い、日本で働きたい欧米人と欧米に留学した日本人を採用。キャリア採用では各地域事業体で現地人材を採用し、必要に応じて日本に異動させるなどグローバル採用を本格化させている。

豊田章男同社社長は、6月4日の日本自動車工業会の記者会見で国内生産を維持していると強調したものの、「超円高の下では理屈で言えば日本でものづくりを続けることはあり得ない」と危機感をあらわにした。

このような大手メーカーの海外事業の拡大は、下請けとなる中堅・中小の関連会社にも大きな影響を及ぼす。1980年代から海外進出企業の現地採用を支援してきたパソナキャリアの渡辺尚カンパニープレジデントは、次のように指摘する。

「当社に寄せられる求人内容を見ると中小企業でも約30%強が初級レベル以上の英語力を求めるようになってきています。また、再就職支援の現場でも、地方の再就職先から英語力を持つ人材を求められる傾向が強まっています。応募者との面接で『海外勤務は可能か』、『日常会話程度の英語力はあるか』などと聞かれることが多く、グローバル人材を求める傾向は、特に東日本大震災以降の円高で急速に強まりました」

中国、インド、インドネシアなどの新興国へ、新たなマーケットを求めて日本企業は進出を加速させている。国内の中小メーカーでは、納品先の会社が海外へ出て行くため、国内拠点を縮小し生き残りをかけて海外へ進出する準備を始めた。

IT・インターネット企業やサービス業も現地でビジネスを拡大し始めている。例えば、サイバーエージェントやグリーなどは日本で展開しているビジネスモデルを、新たに海外で展開するために活発な人材採用を行っている。また、ユニクロを運営するファーストリテイリングは、中国・アジアの店舗数拡大で現地人採用に積極的だ。

パソナの木村叡代グローバル事業部リクルーティングチームマネージャーは、「IT・インターネット企業では、現地で展開するサービスの拡大・強化と開発の一部を海外で行うという二つの動きがあります。日本で人材が不足していることもありますが、開発の国際分業が一層進み、日本よりも人件費が安く、人材の確保が容易な中国・アジアでシステムエンジニアなどを採用して、現地で開発するというようなことが今後さらに出てくると思われます」と予測する。

同社では、日本企業の海外進出にあわせ、日本人の人材コンサルタントを現地に送り込むほか、現地語、日本語、英語を話すトリリンガルのコンサルタントを採用し日本企業の採用支援を強化する。

外国人・日本人留学生の採用も拡大

日本に留学している外国人留学生と米国に留学している日本人の採用支援を行っているベイングローバルでは、日本企業のグローバル採用を支援するため、毎年12月に実施している留学生のための合同会社説明会の日程を今年初めて延長し、2日間連続で開催する計画だ。外国人留学生の採用ニーズを大澤藍同社社長は次のように話す。

「企業によって人材ニーズは様々ですが、一つは現地法人の幹部候補生として採用し、日本での教育期間を経て現地法人に転籍させるケースです。現地拠点が多いメーカーや現地での売り上げを伸ばしていこうとするサービス業に多くみられます。もう一つは、国籍を問わず優秀な人材を採用したいというニーズで、海外に赴任する可能性もありますが、基本的には本社組織の中で働きます。総合商社などにこうした傾向があります」

昨年、実際に外国人を採用した大手製造業の採用担当者は、「日本人の新卒は内向きで消極的だが、外国人留学生はやる気に満ちあふれ、バイタリティーがある。新卒の募集人員の5%を外国人にする計画で採用を進めている。社内では日本人社員の活性化につながった」と評価する。

また、米国の大学の日本人留学生に対する採用にも変化があった。 昨年から米国の学内セミナーで面接ができる採用支援サービスへの採用担当者の関心が高まっている。経団連の倫理憲章によって採用広報活動が10月から12月になり、倫理憲章が及ばない海外大生を9~10月に面接し、それから国内の採用活動に取り組む企業が増加したことがその理由だ。

ビジネスルールの世界標準化に対応できる人材に需要

グローバル採用が拡大している理由を、「企業がマーケットを海外に求めているだけではなく、企業を取り巻くルールが世界標準化しているため、英語力が必須になってきているのです」と指摘するのは、管理部門に特化した人材紹介会社MS-Japanの中園隼人ゼネラルマネージャーだ。

特にリーマン・ショック後、求人に大きな変化が見られたという。3年間で最も増加している同社の求人案件は経理・財務職だ。海外拠点や海外工場の経理を担当することができる人材ニーズが高まった。また、国際会計基準(IFRS)の上場企業への強制適用が迫り、その担当者として監査法人出身で英語が読める公認会計士の採用も多い。

次に増えているのが国際法務だ。日本企業のグローバル化による海外との取り引き拡大や海外企業の買収など、これまで外部の法律事務所に外注していた業務を国際法律事務所で働いていた弁護士を採用して社内で処理する傾向がでてきている。

グローバル人事にかかわる人事スタッフも需要が増加している。外国人の採用、国際化を意識した教育研修、労務管理などグローバル化によって業務内容が広がり、これまで海外との取り引きが少なかった新興企業や中堅企業でも本格的な海外進出や海外取引の増加によって必要性が増している。

グローバルなスキルを持った経営人材はいるのか?

経営幹部層では、海外市場を新たに開拓することができるグローバル人材が求められている。「これまで国内を中心にビジネスをしてきた企業が新しく海外に進出するために、現地で事業を構築できる人材のニーズが高まっています」とエグゼクティブ・サーチ会社イーストウエストコンサルティングの室松信子社長は説明する。

海外でのビジネス経験が少ない企業が初めて進出するには、現地法人の立ち上げ、幹部の採用、従業員の管理など、多様で高度なマネジメント能力が欠かせない。さらに、語学力以上に現地におけるビジネスの習慣や法律などにも精通している必要がある。

だが、そのような経験やスキルを持ったやる気にあふれる人材は日本にいるのだろうか。 「現在、40代後半から50代前半の人材の中には、大手企業が1990年前後に苦労して海外進出した際の経験者がいます。まだメイドインジャパンが有名でなかった頃に、苦労して新しい市場を開拓したノウハウとバイタリティーを十分に持ち、英語力もあります」と室松氏は話す。

日本の人材市場の今後と人材マネジメント

超円高や少子化による人口減少であらゆる分野で市場規模の縮小が見込まれる今後の日本の人材市場について、世界に拠点を持つ英国の人材会社ロバート・ウォルターズの創業者ロバート・ウォルターズCEOは次のように話す。

「日本の人口動態を考えると10~20年で、20~40歳の人口が大幅に減少することは明らかです。就業人口の減少によって、日本ではグローバル人材、バイリンガル人材がさらに不足することが予想されます」

また、世界的な人事の潮流について、「人事が戦略的かつ専門的になったことで、欧州でも業績が堅調なドイツ企業を始めとして人事分野でもアウトソーシングの活用が増えています。特に経営戦略の要となるスペシャリスト採用は、自社で行うには限界があります。人材マネジメントの専門性を持ったパートナーを上手く活用した人材戦略が必要です」と強調した。

企業のグローバル展開による経営戦略の高度化で人事部門の役割も増し、人材の採用、能力開発、メンタリング、労務管理など様々な分野でより高い専門性を求められるようになった。グローバル人材の獲得競争が始まり、これまで以上に人材戦略が重要になっている。

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