メンタルヘルス対策は、すでに多くの企業で経営戦略の一環となっている。ところが、比較的コミュニケーションが取れていると思われてきた職場でも深刻なメンタルヘルス問題が発生し、ときに特定の社員への対応に振り回され、苦労している人事担当者も多い。メンタルヘルス対策の課題と対策を取材した。
労災申請が急増、働き盛りの世代に高いストレス
「リーマン・ショック後、ビジネスパーソンから“仕事の質”に関する相談が増えました。リストラによる社員の減少で仕事量が増えて大変という方もいますが、第一線で活躍している人たちの『より高いレベルの業績を要求されてストレスが溜まっている』という悩みが大半です」と職場のメンタルヘルス対策の実情に詳しいピースマインド総合研究所の渋谷英雄所長は話す。
うつ病などの精神障害による労災請求件数は年々増加しており、2009年度の労災請求件数は1136件、前年度に比べ209件(22.5%)と急増した。年齢では30代、40代が多く、労災支給決定の理由は「仕事の量・質の変化」が突出しているのが特徴だ。
不況によるリストラで業務負荷の増えた働き盛りの世代が、「こころの病」を抱えている姿が浮き彫りになっている。
分かりやすいメンタル施策を求める企業
一方、人事担当者の意識変化について、企業向けメンタルヘルス支援アプリケーション「こころの健康診断」を提供するパイプドビッツ(東京都港区、佐谷宣昭代表取締役社長CEO)の廣澤孝之人事ソリューションユニットマネージャーはこう指摘する。
「『何か問題が起こってから相談します』という中堅・中小企業の人事担当者が、以前は多かったのですが、最近は労働安全衛生法の改正が見込まれていることもあって、『従業員がメンタルヘルス不調になる前に、把握できるツールを導入しないと、様々なリスクを回避することができない』という危機感が高まっています」
メンタルヘルス不調への対策を、危機管理や組織力強化の観点から見直す動きも進む。同社が提供する従業員のストレスチェックツール「こころの健康診断」を活用する小売業A社の人事担当者は「当社のような多店舗展開の業態では、店舗という限られた空間と人間関係の中で、ストレスが高まり易いという恒常的な課題があります。チェックツールの導入で本部の人事担当者が、それぞれの職場の状況をスピーディーに把握できる意義は大きい」と話す。
ピースマインド総合研究所の渋谷所長は「仕事の効率化が追求される中、従業員が相互にコミュニケーションをとる“すき間”を失っている職場が多く、従業員の細かな変化を把握しづらくなっています」と職場の現状を説明する。
「“職場のコミュニケーションを良くしましょう”というスローガンだけで、具体的なツールがないまま、人事部が旗を降っても何も変わらない。その点、従業員のストレスチェックは、企業のメンタルケアに対する配慮が具体的で分かりやすい上、大きなコストを掛けなくても適宜実施することができます」(パイプドビッツ廣澤孝之マネージャー)
事前予防の強化に動く人事担当者
職場でのメンタルヘルス問題は深刻さを増している。従業員400人の中堅IT会社の人事担当者は「休職と復職を繰り返す社員が増えているし、産業医の診断を拒否するような社員もいて、本当に手を焼いている。リハビリ出勤制度も機能しているとは言い難い。うつ病の発症を防ぐために、職場の小さな問題を未然に掘り起こして摘んでいくことが大事だ」と本音を明かす。
こうした事態が頻発するようになり、もぐら叩きのような個別の事後対応をできるだけ避けるために、メンタルヘルス不調者を出さないための事前予防強化を急ぐ企業が増えている。問題となっている事象が従業員個々の問題なのか、組織全体や仕組みの問題なのかを適切に把握した上で、施策を展開していくことが大切だ。
パイプドビッツが、7月に実施したメンタルヘルス対策セミナーに出席したメンタルヘルス・マネジメントに携わる担当者へのアンケート調査結果においても、今後導入を予定している施策では「ストレスチェック」(44.7%)、「従業員への教育・研修」(44.7%)といった事前予防に力を入れる傾向が明らかになっている。
それぞれの職場で何が起こっているのか、社員がどのような思いで働いているのかを把握できていないことが、従業員のメンタルヘルス不調、ひいては優秀な人材の喪失につながることを、これまでの経験から人事担当者は痛感している。労務リスクのマネジメントはもとより、企業のパフォーマンス低下を招くメンタルヘルス不調者を出さないために、事前予防の強化に向けて人事担当者は動き出している。