企業に対し、法定雇用率達成など、障害者雇用への取り組み要請が高まっている。そんな中、「トライアル雇用」や「ジョブコーチ制度」、「特例子会社」といった各種障害者雇用支援制度を活用して単に障害者を雇用するだけでなく、事業特性にあわせた「活用」というポジティブな試みが広がり始めた。法定雇用率を超えて障害者を採用し、その障害者を戦力としている企業、そしてその採用・教育スキルを経営戦略上の強みとして活用する企業として、スターバックスコーヒージャパンの事例を紹介する。
障害者90人が働く 毎年20人を採用
スターバックスでは、2008年3月末現在、約90人の「チャレンジパートナー」が働く。
「チャレンジパートナー」とは、何らかの配慮が必要な障害を持つ社員のことだ(自社の事業を“ピープルビジネス”と捉えるスターバックスでは、スタッフは皆「パートナー」と呼ばれる)。
だがこのチャレンジパートナーの存在は、意外に知られていない。 ホームページでもアピールされておらず、店頭でもチャレンジパートナーとパートナーの区別はない。そのため、コミュニケーションの苦手なチャレンジパートナーに対し、事情を知らない顧客からクレームが上がる場合もあるという。
それでもあえてアピールしない理由を問うと、「国籍、障害の有無にかかわらず、パートナーの多様性を積極的に受け入れることは、特別なことではないからです。」と同社広報の山崎政彦氏は話す。
チャレンジパートナーの採用は、主にハローワークを始めとする地域の就職面接会や、養護学校教員からの紹介を通じて行われる。2002年から、毎年20人程度を関東近県を中心に採用し、今後は地方における採用も進める方針だ。
障害者を受け入れる現場店長を支える仕組みを整備
チャレンジパートナーの入社時の就労形態はアルバイト。
通常のアルバイトパートナーのステージまでに、5段階のチャレンジステージが設定されている。チャレンジ1から始まり、年3回の人事考課により、レベルアップを認められると次のステージに進む。
評価はそれぞれのステージで設定されたチェックリストにより測られる。
チャレンジパートナー採用のポイントについて、同社人事本部鈴木千春氏は、「実習の経験等よりむしろ、人とのコミュニケーション能力、そして仕事に対する意欲とスターバックスの理念を理解してもらえるかという点が重要」だという。
採用後の研修やマニュアルはなく、「歓迎する」「心を込めて」「思いやりを持つ」といったシンプルな言葉で表現されたスターバックスの重要な価値観“ホスピタリティ” が書かれている冊子が渡されるのみ。
その価値観をどう体現するかは、各々が毎日、現場で感じ、学んでいく。そのためには、「困ったときは助けを求める」「相手の話を真剣に聞き、理解する努力を怠らない」「自信を保ち、更に高める」という、全世界スターバックス共通の“スタースキル”が必要になる。
マニュアルも研修もない中、チャレンジパートナーを受け入れる場合、現場店長には多くの資質が要求されるであろう。
同社では、店長になるためのテストに合格した後、実務に就く前に、ベテラン店長の下で学ぶ期間が設けられている。これを通じて様々な経験談を聞き、業務スキルと人間性といった店長の資質を磨くとともに、店長間の縦横の人脈を広げる。
この人脈と、エリアを担当するディストリクトマネージャーの存在が、現場では孤独になりがちな店長を支える仕組みになっているのだ。
職場と家庭両方でのサポートが必要
次に、実際にチャレンジパートナーを受け入れている北浦和駅前店の様子を取材した。 スターバックスコーヒー北浦和駅前店で働いているチャレンジパートナー、福喜多聡子さん(21歳)の目標はBarista(バリスタ)認定を受けることだ。
バリスタとは、コーヒー専門家の称号で、コーヒーの抽出や接客、レジ業務、フロアー運営など業務は多岐にわたる。
私生活でもスターバックスファンであった聡子さんが北浦和駅前店で働くようになったのは、2年前。 最初の一年は業務日誌ノートを作成し、仕事内容や反省点、スタッフのコメントに対し、保護者がコメントを返す日々が続いたという。
チャレンジパートナーの場合、職場と家庭両方でのサポートが必要なため、保護者とパートナーのコミュニケーションがとても重要になるからだ。
当時から聡子さんの働きぶりを知る、シフトスーパーバイザーの中込さんは、「最初は人見知りが強く、自分の思いを伝えることも一苦労でしたが、今では馴染みのお客様には自分から話しかけたり、笑顔で働く姿にその成長ぶりを実感します」と目を細める。
業務精度が向上、コーチングスキルがアップ
こういった聡子さんの成長を見守る店舗パートナーにも様々な変化が生まれたと言う。店長の久保田裕美さんは、チャレンジパートナーの存在が生んだ変化について話してくれた。
「第一に、チャレンジパートナーと仕事をすることにより、業務の精度が上がりました。暗黙の中で共有していたルールも、明確な言葉にして伝えることが必要だからです。そして、第二にコーチングのスキルが上がったように思います。何か問題が生じたときも、相手の立場や目線を尊重してきちんと向き合うことが必要になるからです。
仕事する喜びに満ちている彼らの姿は、私たちに仕事の原点を思い出させてくれるのです」そういう気づきの中で、同社の「ピープルビジネス」という理念を本当に理解したという。
現場におけるこの気づきは、北浦和駅前店だけではなくチャレンジパートナーのいる様々な店舗から報告されているそうだ。スターバックスが追求する究極のホスピタリティ。
企業という組織体の命とも言える「理念の共有」を、チャレンジパートナーの存在がより強めていると言えるのではないだろうか。