あらゆるビジネスシーンでデジタル化が進み、人材採用の領域でもデジタル技術を活用してデータ活用や業務効率化を支援するサービスが相次いで登場している。それらをいち早く導入し、自社が必要とする専門人材の採用力強化に取り組む企業が実績を上げている。
積極経営で人材需要拡大 デジタル人材の採用は過熱
事業成長に向けた企業の積極的な投資が加速する。上場企業と資本金1億円以上の有力企業876社を対象とした日本経済新聞社の集計によると、2022年度の設備投資計画額は前年度実績比25%増の28兆6602億円で、伸び率は1973年度(26.2%)に次ぐ高水準。投資額も過去最高の2007年度(28兆9779億円)に迫る。製造業、非製造業ともに20%を超える伸びで、業種を問わず積極的な経営姿勢がうかがえる。
これに伴って人材需要も拡大が見込まれる。リクルートの調査によると、22年度の中途採用計画を増やす企業は前年比25.1%。従業員数1000人~4999人企業は33.7%、同5000人以上は39.5%と特に大手企業の採用意欲が高い。業績好調な上場サービス業の経営者は「事業拡大のために営業、システム、事業企画などの幅広い部門で人材が不足している。採用計画を達成するために依頼する人材紹介会社を増やしたい」と話す。
特に需要が伸びているのがデジタルが分かる人材だ。デジタルマーケティング・DX人材専門の人材紹介会社ウィンスリーの黒瀬雄一郎代表は「当社への問い合わせ数は前年度比2.8倍となり、採用コストに大きな投資をかける企業が大手を中心に非常に増えています。求める人材に出会えるのであれば報酬も惜しまない傾向で、人材エージェントが設定する採用における成果報酬は特に需要の高いデジタル職種約200ポジションでは年収の50~100%を設定する企業も存在します」と採用の過熱ぶりを説明する。
DX(デジタルトランスフォーメーション)をはじめとする変革を実現していくためには社内の人材だけでは難しく、専門人材の獲得を目指す企業の増加で従来の採用手法では応募すら集まらない状況だ。複数の企業からオファーを受ける候補者も多く、内定辞退も続出している。
人材争奪戦が激しさを増す中、デジタル技術を活用してデータ活用や業務効率化を促進し、候補者に直接アプローチしたり、採用のミスマッチを防ぐ手法などを導入して採用力の強化を図る企業が実績を上げている。
候補者データベースを自社で構築してスカウト
求める人材に企業が直接アプローチする「ダイレクトリクルーティング」の関心が高まっている。転職希望者のデータベースを提供するサービスが広がっているが、特定の候補者には複数企業からオファーが集中し、競争は激しい。
こうした状況を打開したいと考える企業では「候補者のタレントプールを自社で構築する取り組みが進んでいます」と、800社以上のリファラル採用を支援するMyReferの鈴木貴史CEOは話す。リファラル採用とは社員が友人関係やビジネスの人脈を生かして自社への入社を勧める手法で、例えばトヨタ自動車は今年から専用プラットフォーム「MyRefer」を導入して本格的に取り組んでいる。
MyReferでは専門人材の採用競争が激しくなる中で転職潜在層へどうアプローチするかという相談がさらに増えてきたことから、過去の自社への応募者をデータベース化してスカウトできる新サービス「MyTalent」をリリースしたところ、想定以上の引き合いが寄せられているという。
これまでは採用担当者はデータベースから候補者を抽出したり、スカウトする手間がかかり運用が難しかったが、「MyTalent」では応募者の属性、辞退・不合格理由、メールへのリアクションや採用ページへの来訪などの行動履歴や興味などをデジタル技術で把握し、自動的にスコアリングして新たなポジションが生じた際に応募を打診できる。
過去の応募者と接点を持ち続ければ、事業フェーズに応じて新たに募集する際やグループ内の別会社の採用などでも有力な候補者になり得るため、効率的な採用につながる。実際に同社の調査によると、過去の応募者へ再スカウトしている企業のうち、10人以上採用できている企業が2割を超えている。
過去の応募者は将来の有力な候補者になり得る
●過去選考に進んだ応募者に再度スカウトを送ったことがあるか
●過去選考に進んだ応募者への再スカウトから採用に至ったことがあるか
専門分野の理系学生へ高い精度で自動オファー
新卒採用でも企業が学生を直接スカウトできるサービスが出てきている。そうしたサービスの中で、専門分野が明確な理系学生に特化しているのが「TECH OFFER」だ。全国4万件の大学研究室と100万件の技術キーワードをデータベース化することで、企業が設定した条件に合致する学生を自動的に抽出してオファーできる。
採用担当者が学生のプロフィルを見て個別にオファーすることもできるが、マッチング精度が評価されて利用企業の多くが自動オファーを選択している。
例えば化学メーカーでは化学専攻の学生には比較的応募してもらいやすいが生産技術分野の学生にはなかなか認知してもらえないなどの課題があるという。デジタル事業を強化する出版社の採用担当者は「既存事業のイメージで学生に見られているため、応募を待っていてはデジタル人材を採用できない」と危機感をあらわにする。
「TECH OFFER」を提供するテックオーシャンの東祐貴COOは「理系学生の採用は売り手市場が続き、エントリーを待っているだけでは応募を得ることが難しい状況です。当社サービスの利用企業はメーカー、IT、コンサルティング、建設などに加え、デジタル人材を求めるメガバンクや大手証券会社などにも広がっています」と話し、理系学生は奪い合いとなっている。
求職者が判断できる情報を届け、ミスマッチを防ぐ
採用チャネルを増やす企業が増えているが、採用対象外の応募者が集まると担当者は対応に追われてしまう。ミスマッチを防ぐためには、求職者が希望する働き方や保有するスキルに合うかを判断できる情報を的確に届ける必要がある。
社員や元社員によって投稿された社員クチコミ・評価スコアと求人情報が掲載される「OpenWork」の利用企業は前年同月比1.5倍以上に達しており、同サイトを運営するオープンワークの堀本修平氏は「多様なクチコミを読んだ上で求職者に応募してもらうと入社後のギャップが小さくなる上、自社の魅力や働きがいが求職者に漏れ伝わるため、企業の採用力が高まると考える企業が増えています」と説明する。
同社は評価スコアの公正さを保つために評価を上げるためのサポートは行っていないが、先進企業では「社員クチコミと評価スコアを人的資本データの一つとして捉え、向き合うことで継続的な組織改善に生かしている担当者もいます」(堀本氏)と話しており、採用と組織・人事戦略を連動させる重要性がうかがえる。
求める人材が検索しているキーワードを把握する
世界最大級の求人検索エンジン「Indeed」を運営するIndeed Japanは、求職者の検索キーワードの分析データを提供したり、分析専門の担当者がアドバイスするなど、企業が求める人材とのマッチング精度を向上させるためのサポートに力を入れている。
ジョブ型雇用へ移行する企業では自社に必要な仕事や人材を改めて考え直す契機となり、「Indeed」の有効活用について相談されることが増えているという。同社の営業を統括する岡安伸悟氏は「『Indeed』は求職者の検索キーワードに応じて最適なジョブディスクリプション(JD)を表示するため、当社の顧客企業は求職者の検索キーワードの分析データも活用してJDを作成しています」と話す。
同社は採用活動で企業が主体的に情報を発信する「オウンドメディアリクルーティング」の必要性2018年から提唱しており、そのノウハウをまとめた『オウンドメディアリクルーティングの教科書』を6月に発行し、ニトリホールディングスや日本マクドナルドなどの取り組み事例を紹介している。
データに基づいて採用業務の優先度を決める
Web面接をはじめ、採用活動のオンライン化が進み、これに伴って蓄積された採用関連データを活用する取り組みが加速している。
Web面接システム「インタビューメーカー」を提供するスタジアムは、選考プロセスで蓄積されるデータをAIが分析して採用活動の最適化を支援する「im Assistant」の提供を23年卒の採用活動から本格的に開始した。同社執行役員の熊本康孝氏は「応募者の見極めと動機付けが新卒採用の大きな課題で、Web面接システムに対しても、ただ面接ができるだけでなく、これらの課題解決に役立つ機能が求められています」と話す。
「im Assistant」は過去の選考データから「面接突破者・内定者」「特定のターゲット層」「活躍社員」などの特徴をAIが学習し、各社独自の合否判断のモデルを構築する。モデルを応募者の見極めに活用することによって、母集団の中からより自社に合った人材をすくい上げたり、合否判断のブレを防げる。
見極めの業務が効率化されることで採用担当者は学生とのコミュニケーションなどにより多くの時間が使えるようになる。選考プロセスのどの段階で離脱しやすいかといった詳細な分析なども可能なため、23年卒の採用で導入した大手サービス会社では、ターゲット学生の優先度を決めて手厚くフォローすることで動機付けに成功し、内定承諾率が高まったという効果が出ている。
合否判断モデルを応募者の見極めに役立てる
●スタジアム「im Assistant」の合否判断モデル構築・予測の流れ
候補者の仕事ぶりや人柄の評価を第三者から得る
採用合否の材料として、候補者の前職の上司や同僚、顧客などに働きぶりや人柄などを問い合わせるリファレンスチェックを行う企業も増えている。その背景について、リファレンスチェックサービス「ASHIATO」を提供するエン・ジャパンの小野山伸和氏は「入社後に活躍できる人材を数回・短時間の面接だけで見極めることは容易でなく、オンライン面接でさらに難しさが増しています」と説明する。
また「海外で普及しているリファレンスチェックは『履歴に偽りがないか』など、ネガティブチェックの一環として行われていますが、日本では応募者が「仕事を通じて信頼を得てきたか」について、第三者の評価を得たいという大きなニーズがあります」と話す。
実際に2020年10月から提供を開始した「ASHIATO」の導入企業は400社を超え、経営幹部対象だったリファレンスチェックをメンバー層まで実施する企業が多くなっている。入社後の活躍に導く「オンボーディング」の関心が高まる中、リファレンスチェックの内容も踏まえて、どのような仕事・職場であれば活躍できるのかを採用選考時にすり合わるという活用が効果を上げている。
早期離職の防止や入社後の活躍につなげている
●エン・ジャパン「リファレンスチェックサービス ASHIATO」導入企業の声
多様化する採用手法と連携できる管理システムを導入
応募者受付、選考、評価、合否、内定者フォローなどの一連の採用プロセスを管理するシステムを導入している企業は多いが、さらに新たな機能が追加されている。
1000社以上が導入する採用管理システム「sonar ATS」を提供するThinkingsの吉田崇社長は「一人一人に寄り添うマーケティングの考え方が採用領域に浸透し、多様な採用手法を活用する企業が増えたことで、人事担当者の負担はこれまで以上に大きくなっています。ルーティンワークを極力自動化し、見える化によって明らかになった本当に必要な個別対応に多くの時間を割いてもらうためには、採用活動全体を一元化できる機能が欠かせません」と強調する。
Web面接、動画選考、適性検査やテストなどの採用関連に加え、LMS(学習管理システム)やタレントマネジメントシステムまで連携させる企業もあり、強固なセキュリティーが求められる。
以前は採用管理システムのリプレイスには大きな投資や手間がかかり、良いシステムがあっても後回しにしてしまいがちだったが、近年はクラウドを活用したSaaS型でリーズナブルになり、必要な機能から導入できるようになるなど、使い勝手が向上している。
採用業務が高度化・複雑化する中、採用担当者が難しい課題に取り組んだり、より重要な業務に集中するためには生産性を一層高めなければならない。採用DXに積極的に取り組んでデータ活用と業務効率化を加速させる企業とそうではない企業の採用力の格差はますます広がっていきそうだ。
専門家に聞く「人材採用の成功に向けた企業の課題と取り組み」
ウィンスリー
黒瀬 雄一郎 代表取締役 ヘッドハンター
HRBPを導入して人事戦略を綿密に実行し、人材へ積極投資
デジタル人材の需要がかつてないほどに高まり、既に不足していた人材供給が社会的な課題とも言える事態となっています。デジタルマーケティング・DX人材専門エージェントの当社への問い合わせ数は前年度比2.8倍となり、採用コストに大きな投資をかける企業が大手を中心に非常に増えています。求める人材に出会えるのであれば報酬も惜しまない傾向で、人材エージェントが設定す る採用における成果報酬は特に需要の高いデ ジタル職種約200ポジションでは年収の50~100%を設定する企業も存在します。採用がうまくできている企業はHRBPを導入して組織構築、採用、育成、人事戦略を綿密に実行し、人材が競争優位の源泉と位置づけて積極投資に踏み切っています。
MyRefer(現TalentX)
鈴木 貴史 代表取締役CEO
過去の応募者を資産化し、転職潜在層へ効率的にスカウト
リファラル採用に取り組む企業の増加で、当社の支援サービス「MyRefer」の利用企業は800社を超えています。採用力の強化を目指す企業から「専門人材の採用競争が激しくなる中で転職潜在層へどうアプローチするか」という相談が増えてきたことから、過去の応募者データを資産化し、効率的なスカウトを実現する新サービス「MyTalent」をリリースしたところ、想定以上の引き合いが寄せられています。最初の応募時は採用に至らなかった人や辞退された人と接点を持ち続け、興味やWeb上の行動履歴を把握できるデジタル技術の活用によって、新たなポジションが生じた際に応募を打診できます。自社に必要な人材を確保するために、候補者のタレントプールを自社で構築する取り組みが進んでいます。
テックオーシャン
東 祐貴 取締役COO
研究テーマと技術キーワードに合致する理系学生へ自動オファー
理系学生の採用は売り手市場が続き、エントリーを待っているだけでは応募を得ることが難しい状況です。自社が採用したい専門分野の学生にオファーできる手法へのニーズが高まり、当社サービスの利用企業はメーカー、IT、コンサルティング、建設などに加え、デジタル人材を求めるメガバンクや大手証券会社などにも広がっています。学生のプロフィルを確認して個別にオファーする負担が採用担当者の課題になっていましたが、当社は4万件の大学研究室と100万件の技術キーワードをデータベース化することで、企業が設定した条件に合致する学生への自動オファーを実現しています。これによって、採用担当者はオファーを受諾した学生への対応などに注力できるようになっています。
オープンワーク
堀本 修平 執行役員 セールス・マーケティング部門責任者
多様なクチコミを読んでもらい、入社後のギャップを小さくする
積極経営に転じる企業の増加で採用競争は激しさを増していますが、早期離職や活躍できない社員の増加という課題も多くなっています。社員や元社員によって投稿された社員クチコミ・評価スコアと求人情報が掲載される当社サービス「OpenWork」の利用企業は前年同月比1.5倍以上に達しました。多様なクチコミを読んだ上で求職者に応募してもらうと入社後のギャップが小さくなる上、自社の魅力や働きがいが求職者に漏れ伝わるため、企業の採用力が高まると考える企業が増えています。先進企業では「人的資本経営」の観点から、情報開示の透明性への意識も高まりつつあります。社員クチコミと評価スコアを人的資本データの一つとして捉え、向き合うことで継続的な組織改善に生かしている担当者もいます。
Indeed Japan
岡安 伸悟 Head of Sales
求職者の検索キーワードを分析し、ジョブディスクリプションを作成
昨年秋以降は求人数がさらに伸び、特にIT関連職やドライバーは限られた求職者の争奪戦となっています。リモートワークの拡大や福利厚生の充実といった採用力を高めるための取り組みはさらに加速すると思われます。そしてジョブ型雇用へ移行する動きは、自社に必要な仕事や人材を改めて考え直す契機となっています。求人検索エンジン「Indeed」は求職者の検索キーワードに応じて最適なジョブディスクリプション(JD)を表示するため、当社の顧客企業は求職者の検索キーワードの分析データも活用してJDを作成しています。求職者目線かつデータドリブンで主体的に情報を発信する企業が成果を上げており、私たちは「オウンドメディアリクルーティング」の必要性を提唱しています。
スタジアム
熊本 康孝 執行役員
データを参考に合否判断のブレを防いだり、業務の優先度を決める
応募者の見極めと動機付けが新卒採用の大きな課題で、Web面接システムに対しても、ただ面接ができるだけでなく、これらの課題解決に役立つ機能が求められています。当社が提供する「インタビューメーカー」の利用企業に喜ばれているのが、選考プロセスで蓄積されるデータをAIで分析して採用活動を最適化するサービスです。採用活動のオンライン化でデータの蓄積が進んだことで、自社にフィットする人材モデルの作成や、選考プロセスのどの段階で離脱しやすいかといった詳細な分析が可能になっています。データを参考に合否判断のブレを防いだり、業務の優先度を決めたりすることで、少数の担当者でも学生を手厚くフォローできるようになり内定承諾率を高める企業が出てきています。
エン・ジャパン
小野山 伸和 リファレンスチェックサービス「ASHIATO」事業責任者
応募者が「仕事を通じて信頼を得てきたか」の第三者評価を得る
入社後に活躍できる人材を数回・短時間の面接だけで見極めることは容易でなく、オンライン面接でさらに難しさが増しています。海外で普及しているリファレンスチェックは「履歴に偽りがないか」などネガティブチェックの一環で行われますが、日本では応募者が「仕事を通じて信頼を得てきたか」について、第三者の評価を得たいというニーズがあります。当社サービス「ASHIATO」の導入は400社を超え、経営幹部対象だったリファレンスチェックをメンバー層まで実施する企業が多くなっています。入社後の活躍に導く「オンボーディング」の関心が高まる中、リファレンスチェックの内容も踏まえて、どのような仕事・職場であれば活躍できるのかを採用選考時にすり合わるという活用が効果を上げています。
Thinkings
吉田 崇 代表取締役社長
自動化・見える化を実現できる採用業務支援システムを導入
一人一人に寄り添うマーケティングの考え方が採用領域に浸透し、多様な採用手法を活用する企業が増えたことで、人事担当者の負担はこれまで以上に大きくなっています。当社が提供する「sonar ATS」は従来型の採用管理データベースではなく、採用業務を支援できるシステムとして評価されています。ルーティンワークを極力自動化し、見える化によって明らかになった本当に必要な個別対応に多くの時間を割いてもらうためには、採用活動全体を一元化できる機能が欠かせません。HRテックサービスとの連携もしやすく、強固なセキュリティーを求める企業にも多数導入されています。障がい者採用などから利用を始めて徐々に守備範囲を広げ、既存システムからのリプレイスに成功する企業も多いです。