人的資本が重要視される今、社員が退職してしまうことは企業にとって大きな痛手となるケースが多く、各社では退職率を改善するために様々な取り組みを行っています。本連載では、退職トラブルの原因・解決策について、退職トラブルに悩む企業へのコンサルティングを行う佐野創太氏にフェーズごとに数回にわたって解説してもらいます。(文:佐野創太、編集:日本人材ニュース編集部)
【退職のご挨拶】大変お世話になりました
月末になると流れる「退職のご挨拶メール」を開くと、何とも言えない気分になります。「またか」のため息と「どうして?」の疑問が混ざり合って、会社内の温度が少し冷たくなったかのようです。
退職に悩む企業の社員からはこんな嘆きが聞こえてきます。
若手からは「あの人が辞めるとは思わなかった。自分もこの会社に居続けたらダメな気がする」。管理職からは「“この若手もどうせ辞める”と思うと、育成する気がなくなる」。経営者からは「立てた経営計画が未達で終わることが増えてきた」。
最近は「静かな退職」や「騒がしい退職」、時代を反映して「大退職時代」なんて言葉も出てきています。経営における退職の問題は、時代を追うごとに複雑になっています。
ある人事役員が次のように述べました。「退職はシロアリのようなものだ。大群になってから対処しようとしても、すでに基盤は崩壊している。早いうちから対策を講じるべきだ」。 でも、そうはわかっていてもなかなか取り組めない企業がほとんどです。人事や経営者の方は本音をこう話してくださいます。
「退職問題はいずれ対処せざるを得ないと理解しています。しかし、在籍する社員のマネジメントや新たな採用活動を優先したくなってしまいます」
では、退職に向き合った企業はどう考え、どんな効果を感じているのでしょうか。 退職とマネジメント・採用をバケツに例えて考えてみましょう。「底の抜けたバケツに水をどれだけくみ続けても、溜まることはありません。これと同様、退職者が続出している企業でマネジメントや採用への投資を行っても、社員は徐々に疲弊していきます」
本連載「退職マネジメントのプロが語る退職トラブル解決法」の目的
本連載の目的は、「当社の退職は対処すべきものなのか」を判断する材料を得ていただくことです。そのために、実際に起きている退職トラブルの事例とその原因、解決策を交えてお伝えします。
私は従業員と会社の両方を支援しています。これまで「退職学®︎」の研究家として1200人以上のキャリア相談を実施し、「会社を辞めることにしました」の意思決定プロセスを間近で見てきました。
「そもそも採用したい人しか集めない」採用広報の支援から、「働く気が失せるコミュニケーション発生」の防止、退職者がファンになって応援してくれる退職広報を50社以上に導入しており、入口から出口までを支援しています。
これまでの経験から学んだことが一つあります。それは「退職者をゼロにすることはできないし、それが最善策ではない」ということです。しかしながら、「悪い退職」を減らし、「良い退職」を増やすことは可能です。この立場からお伝えします。本連載が長期的な成長を願う組織が、元気になる一助となれば幸いです。
【新人の退職】従業員500人の食品関連企業を例に
※本連載では実際にあった退職トラブルを扱います。個人や企業が特定されないよう、一部の情報を改変しています。
「また新人辞めちゃったの・・・?」
「一番残念な退職」と言えば、新入社員の退職です。以下に、従業員数約500人の食品関連企業(以下、A社とします)の具体的な例を挙げます。
入社式が無事終わり、数カ月の研修期間を経て配属された新人。先輩社員が業務について教えながら少しずつ営業として独り立ちを目指します。会社としても人を育てる社風があります。
そんな穏やかな会社の空気が、新人の一言で一瞬にして凍りつきました。
「あの、これ受け取ってもらっていいですか・・・」
伏し目がちにそう言った新人が手に持っていたのは、「退職届け」です。上司は「まだ配属されて1カ月なのに・・・?」と驚きながら封筒を開けると、「一身上の都合」とだけ書かれていました。
「申し訳ございません・・・」
その場で説得を試み、「週末落ち着いて考えてきてね」と伝えましたが、結果は変わらず。新人は入社して半年、配属されて1カ月で退職していきました。
これだけなら「最近の若者は弱いな」「一定数の退職者は仕方ない」という意見が説得力を持つかもしれません。しかし、この会社は5年連続で配属して数カ月の新人が退職していました。
社員も、内心ではこう思っています。
「またか」
5年連続の新人の早期退職で、社内は重い空気に包まれます。 しかし、5年も連続で早期退職が起きるので、策は打っていました。
新人の2人に1人は「この仕事はなんか違う」で辞めていく
入社後は新人研修があり、配属はほぼ希望通りである(退職した新人も希望通りだった)。配属後は年次の近い社員がサポートするなど、社内には「新人をしっかり育成することが、会社の成長につながる」という社風ができあがっています。
「新人は嫌がる」と言われる飲み会は3カ月に1回、ランチは任意で週に1回程度。土日に会社行事はありません。プライベートは守られています。
では採用の段階で問題があるかというと、早期退職していった5人の評価は上の方でした。採用でも現場社員と話す機会が多く、内定者の入社の決め手も「人で選びました」や「この会社が好きです」という社内調査が取れています。
だからこそ人事部も現場も困っていました。「早期退職しちゃうほど、悪い会社じゃないと思うんだけどなぁ」。
A社は昨今のパーパス経営に影響されて、ミッションやビジョンを刷新したこともあり、会社で働く意義や社風の話はしていました。説明会も工夫がされていて、社員にはプライベートのことも聞けるように設計されています。内定者からは「ホワイト企業だと感じたし、実際にそう」という声もあります。
私も聞いていて「居心地の良さそうな会社だな」と感じました。「説明会から面接まで同席させていただいてOKですか」とお願いし、わかったことがあります。
「ある話」だけ、ほぼなされていなかったのです。
それは「詳しい業務の話」です。
説明では、ざっくりと「こんな仕事です」程度しか語られていませんでした。 「どうして詳しい業務の話はしないんですか」と聞いてみると、確かによく聞く回答です。「うちの仕事は学生にはイメージしにくいから、入社後に体験してもらった方がよくわかる」。「学生から質問もないし、説明会も仕事の部分はあまり盛り上がらないから注力していなかった」そうです。確かに私も「わかりにくい仕事だな」と思いました。
初めてついた仕事を退職した理由、第1位は「仕事が自分に合わなかったため」
ここで大事なことをお伝えします。
新人の退職の最大の原因を一つに絞るとしたら、「思っていたことと違う」です。つまり「イメージと現実のずれ」です。
その中でも新人が最も大きく感じるずれは、仕事のイメージです。新人は、ついこの前まで学生です。仕事の経験はありません。ずれの中でも仕事のイメージのずれが、最も大きくなります。
内閣府の「平成30年版 子供・若者白書」の結果とも一致しています。 初めて就いた仕事を退職した理由の中で、最も高い割合を占めていたものは「仕事が自分に合わなかったため」です。43.4%の人が離職理由に挙げています。半数近くは「この仕事、合わない」と思って離職しています。
初職の離職理由
仕事のイメージのずれが大きすぎると「私には向いていない」「ずっと続けたいとは思わない」と感じ、早期退職につながります。A社はここにメスを入れることにしました。
「仕事の伝え方」を変えるだけで、早期退職は減らせる
でも、最初からスムーズには進みませんでした。「仕事の話を詳しくしよう」としたら、専門用語が増えてしまったり、説明会で仕事の話をしたら時間を取りすぎて学生が飽きてしまったり。
そこでA社はチームを結成しました。早期退職者の中で1人出戻りがいたのでその1人と、第二新卒の社員3人、つまり「早期退職を経験したことのある社員」です。
その中の一人がこう話してくれました。
「やっぱり、『思っていた仕事と違う』が一番きついんですよね」
学生に限らず、人は「自分が知っていることの延長線上に、知らないものを想像する」性格があります。例えば営業の仕事を「コンビニの接客アルバイトの延長」で捉えたり、企画の仕事を「サークルのイベント運営の延長」で考えたりします。
A社の「仕事の説明」を180度変えました。「1日のスケジュール」や「やりがい」の発表をそのまますることをやめました。
代わりにしたことは「アルバイトやサークル活動との違いと共通点」に注目したのです。学生時代に経験することの多いアルバイトやサークル活動の仕事の中で、A社の仕事は何が近くて何とは遠いかを解説するようになったのです。 すると、説明会でも座談会でも学生からの質問が2倍、3倍と増えました。理由はシンプルです。学生が仕事のイメージがついたのです。「そうか、営業はコンビニの接客と近いと思っていたけど、確かに自分から顧客を見つけるところからしないといけないのか。これは大変だぞ。コンビニでアルバイトしていた時は、自然と来てくれていたから」とわかったのです。
新人早期退職の解決法は「仕事の伝え方」
A社の人事責任者は「学生の志望動機の質が高まった」、「仕事に関する志望動機が増えた」と変化を感じています。「●●の経験が活かせそう」、「営業の●●の部分に興味がある。理由は●●」という話が増え、配属の判断材料としても使えるようになったそうです。
まだまだA社は変化の途中ですが、仕事の説明を変えたことが功を奏し、その年と次の年の新卒採用者の早期離職はなくなりました。先輩社員は新人の変化をこう話していました。
「これまではうちの会社が好きで入ってきてくれる人は多かったけど、そういう人は辞めていきます。『会社が好き』だけでなく『仕事が好き』な人は、苦労はあっても乗り越えようと頑張ります。指導する時も、少し強めのフィードバックもしやすくなりました。『簡単には折れない』とこちらもわかっていますからね」
A社はこれまで「うちの会社を好きになってもらうには」という観点からの「入社戦略」は練られていました。そこに「うちの仕事を好きになってもらうには」という観点からの「入職戦略」を足すことで、採用から配属、マネジメントが変わりました。
新人の早期退職にお悩みの場合は、「仕事の伝え方」に注目してみてください。「若手が知っている仕事や作業と比較した上で伝えるだけ」で、早期退職最大の原因である「仕事が自分に合わなかったため」が解決します。
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第2回「『本当は第一志望の企業じゃなかったんです…』 なぜ第二新卒で退職してしまうのか」
佐野創太
1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1200人以上のキャリア相談を実施すると同時に、”選手層の厚い組織になる”リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ChatGPT活用・定着コンテスト」の開催をサポートしている。 また、”情報発信顧問”としてこだわりある企業の商品・サービスの「全国1位の強み」を言語化し、疲弊しない発信体制をつくっている。 著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。
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