2024年の春闘は、33年ぶりの記録的な賃上げ率でスタートし、日本の労働市場における転換点になろうとしている。大企業の労働組合から中小企業、非正規労働者に至るまで幅広い層が影響を受ける中、本稿では、2024年春闘の結果と非正規労働者の賃上げ動向について解説する。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)
大企業では満額ないし要求額以上の回答続出
今年の春闘は大幅な賃上げでスタートした。
大企業の集中回答日となった3月13日。労働組合の中央組織の連合の第1回回答集計では賃上げ率5.28%(加重平均)と1991年以来、33年ぶりとなる5%を超えた。
第2回集計(3月21日、1466組合)でも、大幅賃上げとなった昨年同時期を1.49ポイント上回る5.25%と高い賃上げ率を維持している。
連合の芳野友子会長も「ステージ転換にふさわしいスタートが切れた」と評価している。
また、昨年と違って驚くのは労働組合の要求に満額回答ないし要求額以上の回答を出している企業が多いことだ。
自動車、電機、鉄鋼など製造業の5つの産業別労働組合で構成する金属労協の3月13日の集計によると、48組合のうち、定期昇給を含まないベースアップの平均は1万4877円だった。そのうち87.5%の組合が要求額以上の回答を得ている。
電機産業の産業別労働組合の電機連合では、12の主要企業のうち、日立製作所、三菱電機、NEC、富士通など主要企業の11組合が満額回答を得ている。
また鉄鋼大手では、日本製鉄が労組の要求額を5000円も超える3万5000円のベースアップを回答しているほか、JFEスチールと神戸製鋼も要求額3万円に対して満額で答えている。
自動車メーカーでも日産自動車、ホンダ、マツダはすでに2月の段階で満額回答を得ており、トヨタ自動車も満額回答している。
ただ、満額回答は喜ばしいことに違いないが、なぜもっと高い金額を要求しなかったのかという点も気になる。 本来の労使交渉は労組が高い要求を掲げ、交渉の中で落とし所を探るのが普通だが、こうも満額回答が並ぶと不思議な感じがしないでもない。
賃上げ率は大企業5.28%、中小企業2.52%と大きな差
いずれにしてもメディアでは歴史的な賃上げと騒いでいるが、結局のところ全体の賃上げを左右するのは4月以降に本格的に始まる中小企業の動向だ。
全労連や中立組合など、中小企業の労組などでつくる国民春闘共闘委員会が3月15日に発表した3月13日時点の第1回賃上げ集計結果(228組合)によると、賃上げ率は2.52%(加重平均)、金額にして7477円だった。いずれも率・金額ともに前年同期を上回っているが、連合の5.28%とは大きな開きがある。
首都圏に店舗を持つ城南信用金庫が3月24日に公表した取引先811社に聞き取り調査した「第25回お客様・街の声」(3月13日-15日)で、2024年の賃上げ予定についても聞いている。
取引先の多くは中小零細企業であるが、「賃上げをする予定」と回答した企業は36.0%にすぎなかった。一方、「賃上げの予定がない」と回答した企業は30.9%もある。「まだ決めていない」と回答した企業が33.1%もある。
中小企業は人手不足もあって賃上げしたいが、それも難しいなかで苦悩していることがうかがえる。
中小企業は日本の雇用労働者の70%を占めるが、労働組合のある企業は1%程度にすぎない。また、雇用労働者の約37%を占める非正規労働者の賃上げの動向も気になるところだ。
イオングループなど大手小売業が加盟する産業別労働組合のUAゼンセンは短時間組合員の定昇など制度昇給分を含めて時間給で6%基準、額で70円を目安に引き上げ要求していた。
3月22日時点の126組合の妥結状況では加重平均で6.41%、70.3円の引き上げとなり、昨年同時点の5.84%を上回っている。しかし中小企業が多い国民春闘共闘委員会の時給制(105件)の単純平均は41.4円の賃上げだった。
昨年よりも上がったとはいえ、昨年の地域別最低賃金の引き上げ額の43円よりも低い額である。ただし、いずれも労働組合がある企業に限定されている。
非正規労働者は雇用者数の約37%を占めるが、そのうちパート労働者の労働組合の組織率は8.4%にとどまる。非正規労働者の多くは労組のない企業に勤務し、労組があっても正社員組合から外れている人も多い。
非正規労働者はストライキも辞さない交渉で、36社中16社から有額回答
実はそうした非正規労働者の賃上げを促す動きが23年の春闘から始まっている。
個人で労働組合に加入する16の個人加盟ユニオンが結集し、非正規春闘2023実行委員会を23年1月に発足し、2月から本格的に交渉を開始した。
実行委員会の取り組みが特徴的なのはストライキも辞さないことだ。第1次回答が出揃った3月上旬、ほとんどの会社がゼロ回答だった。そして3月中旬、10社に対してストを決行した。それが賃上げ交渉の流れを変える潮目となった。典型的な事例が、たった1人の組合員の戦いで始まった靴小売大手ABCマートのパート従業員約5000人の賃上げ率6%の獲得だった。
きっかけは賃下げの情報を聞いたパート社員が組合に相談に来たことだった。
最初に会社に申し入れしたときは、賃下げを撤回しないと言い、第1回の団体交渉では、本人の賃下げは撤回するが、他の社員は別という回答だったため、本社前で賃上げを要求する社前行動とストライキを実施。その結果、賃上げ回答を引き出している。
似たような事例は小売大手のベイシアでも学生1人の行動をきっかけにストを含む交渉を実施し、アルバイト従業員約9000人の5.44%の賃上げを獲得している。あるいは居酒屋チェーンとの交渉ではアルバイト従業員の賃上げ率12%を勝ち取っている。最終的に36社のうち16社から有額回答を勝ち取っている。
大企業の賃上げ機運が中小企業や非正規労働者の賃上げにつながるか
そして今年も個人加盟ユニオンの23労組でつくる「非正規春闘2024実行委員会」が発足し、賃上げに取り組んでいる。実行委員会の各労組は1月末から2月下旬にかけて要求書を提出し、交渉を開始したが、一次回答はゼロ回答ないし低額回答も多かった。
そのため15社に対して組合員約500人が3月13日から3月下旬にかけてストを決行、今も交渉が続いている。
大企業の労組からはみ出した非正規労働者の賃上げの動きが出ていることは、非正規の賃上げの機運を高めるきっかにつながる可能性もある。今後の中小企業の社員や非正規労働者の賃上げの動きが注視される。