【2025年4月カスハラ防止条例】カスタマー・ハラスメントの具体事例と企業対応

2025年4月からカスタマーハラスメント(カスハラ)の防止に向けた東京都の「カスハラ防止条例」が施行される。さらに、カスハラ対応を企業に義務化する「改正労働施策総合推進法」が通常国会に提出される予定だ。社員をカスハラ被害から守るために急務となっている企業の対応について、丸山博美社会保険労務士に解説してもらう。(文:丸山博美社会保険労務士、編集:日本人材ニュース編集部

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企業におけるカスタマー・ハラスメントは増加傾向

日本の商慣行においては従来「顧客第一主義」が主流とされてきましたが、近年、その様相が大きく変化しつつあります。顧客からの要望やクレームは、程度によっては「カスタマー・ハラスメント(カスハラ)」に位置づけられ、企業には従業員保護のための対策を講じる責任があると考えられるようになってきているのです。

いわゆる「カスハラ防止措置」義務化への法整備が着々と進む現状を踏まえ、カスハラの実態や具体事例、今後求められる企業対応について確認が必要になっています。

ひと昔前と比較すると、最近では「カスハラ」のキーワードを耳にする機会がぐんと増えているように感じられます。それもそのはずで、働く人にとってカスハラが身近な労働問題となってきていることが、政府の調査にも如実に表れているのです。

厚生労働省が2024年5月17日に公表した「職場のハラスメントに関する実態調査」の報告書によると、過去3年間の各種ハラスメントの相談件数について、概ねいずれのハラスメントでも件数は「増加」に対して「減少」の割合の方が高くなっています。ところが、唯一「顧客等からの著しい迷惑行為」についてのみ、「件数が増加している」割合の方が高くなっていることが分かります。

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(出所)厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査_報告書本体

こうした実情を踏まえ、各現場におけるカスハラ防止措置の検討は着実に進んでいます。2022年4月のパワハラ防止措置義務化以降、大手企業を中心に、ハラスメント防止措置の一環としてカスハラ対応マニュアルを策定する等の対策が講じられ始めています。

2025年4月からは、東京都で全国初のカスタマー・ハラスメント防止条例が施行されます。そして、2025年度中にも企業におけるカスハラ防止措置義務化を盛り込んだ労働施策総合推進法改正案の国会提出が予定されており、2026年度にも施行される見込みです。

そもそも「カスタマー・ハラスメント」とは?

カスタマー・ハラスメントがどのようなものか、という点については皆さん何となく想像が可能かと思いますが、おそらく一般的なイメージというのはごく限定的なケースであると考えられます。

ここでは2025年度より全国初となるカスハラ防止条例の施行を予定する東京都が公開したガイドラインを元に、カスハラの定義について詳しく見ていくことにしましょう。

カスハラの定義は世間一般の認識よりも幅広く、あらゆる場面で起こっている可能性あり

東京都のカスハラ防止条例では、カスタマー・ハラスメントについて「①顧客等から就業者に対し、②その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、③就業環境を害するもの」と定義しています。これら①~③を満たす行為がカスハラに該当しますが、それぞれ抽象的であるため、項目ごとに解説していきます。

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(出所)TOKYOはたらくネット「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)

①顧客等から就業者に対し

「顧客等」「就業者」については、単に「客」と「店員」のみならず、以下の通りあらゆるケースが想定されます。「企業対消費者」だけでなく「企業対企業」にも適用され、店舗や事業所の窓口等で直接受ける行為だけでなく電話やインターネット等における行為も含まれます。

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(出所)TOKYOはたらくネット「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)

②その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって

「その業務に関して」とは、原則として「労働時間内」に受けた行為であることとされます。ただし、休憩時間や通勤時間など、使用者の指揮命令下に置かれていない時間に受けた行為であっても、円滑な業務遂行の妨げとなるような行為はこれに含まれます。

「著しい迷惑行為」とは、「暴行、脅迫その他の違法な行為」又は「正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為」を指します。それぞれについて、もう少し具体的に確認していきましょう。

・暴行、脅迫その他の違法な行為
暴行、脅迫、傷害、強要、名誉毀損、侮辱、威力業務妨害、不退去等の刑法に規定する違法な行為のほか、ストーカー行為等の規制等に関する法律や軽犯罪法等の特別刑法に規定する違法な行為。

・正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為
客観的に合理的で社会通念上相当であると認められる理由がなく、要求内容の妥当性に照らして不相当であるものや、大きな声を上げて秩序を乱すなど、行為の手段・態様が不相当であるもの。ただし、当該行為の目的、経緯、状況、継続性、頻度等の様々な要素を総合的に考慮する。

③就業環境を害するもの

「就業環境を害する」とは、顧客等による著しい迷惑行為により、人格又は尊厳を侵害されるなど、就業者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったため、就業者が業務を遂行する上で看過できない程度の支障が生じることを言います。インターネット上での法人への誹謗中傷等についても、法人等の経営者や従業員などの就業環境が害されたと言える可能性があります。

このように、カスハラ該当事例は一般的にイメージされる以上に幅広く、多岐に渡ります。企業として、あらゆるケースを想定した対策の検討が求められることは言うまでもありません。

カスタマー・ハラスメントの具体事例

カスハラの定義を細かく確認できたところで、企業における具体的な事例を見ていきましょう。

東京都のガイドラインには、3つの行為類型について、それぞれ細かく具体事例を掲載しています。各現場におけるカスハラ防止措置検討の際には、以下の各事例を参考に具体的な対策に目を向けられるのが理想です。

要求内容が妥当性を欠く行為

就業者が提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない
・全く欠陥がない商品を新しい商品に交換するよう就業者に要求すること。
・あらかじめ提示していたサービスが提供されたにもかかわらず、再度、同じサービスを提供し直すよう就業者に要求すること。

要求内容が、就業者の提供する商品・サービスの内容とは関係がない
・就業者が販売した商品とは全く関係のない私物の故障等について就業者に賠償を要求すること。
・就業者が販売する商品とは全く関係のない商品を販売するよう要求すること。

要求内容の妥当性にかかわらず、要求を実現するための手段・態様が違法又は社会通念上不相当である行為

身体的な攻撃
・就業者へ物を投げつける、唾を吐く、殴打する、足蹴りを行うなどの行為を行うこと。

精神的な攻撃
・就業者や就業者の親族に危害を加えるような言動を行うこと。
・就業者を大声で執拗に責め立て、金銭等を要求するなどの行為を行うこと。
・就業者の人格を否定するような言動を行うこと。
・多数の人がいる前で就業者の名誉を傷つける言動を行うこと。

威圧的な言動
・就業者に声を荒らげる、にらむ、話しながら物を叩く、話を遮るなど高圧的に自らの要求を主張すること。
・就業者の話の揚げ足を取って責め立てること。

土下座の要求

執拗な(継続的な)言動
・就業者に対して必要以上に長時間にわたって厳しい叱責を繰り返したり、何度も電話をして自らの要求を繰り返したりすること。

拘束する行動
・長時間の居座りや電話等で就業者を拘束すること。

差別的な言動
・就業者の人種、職業、性的指向等に関する侮辱的な言動を行うこと。

性的な言動

就業者個人への攻撃や嫌がらせ
・就業者の服装や容姿等に関する中傷を行うこと。
・就業者を名指しした中傷をSNS等において行うこと。
・就業者の顔や名札等を撮影した画像を本人の許諾なくSNS等で公開すること。

要求内容の妥当性に照らして、要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当である行為

過度な商品交換の要求
・就業者が提供した商品と比較して、社会通念上、著しく高額な商品や入手困難な商品と交換するよう要求すること。

過度な金銭補償の要求
・就業者が提供した商品・サービスと比較して、社会通念上、著しく高額な金銭による補償を要求すること。

過度な謝罪の要求
・就業者に正当な理由なく、上司や事業者の名前で謝罪文を書くよう要求すること。
・就業者に正当な理由なく、自宅に来て謝罪するよう要求すること。

その他不可能な行為や抽象的な行為の要求
・就業者に不可能な行為(法律を変えろ、子供を泣き止ませろ等)を要求すること。
・就業者に抽象的な行為(誠意を見せろ、納得させろ等)を要求すること。

カスタマー・ハラスメント防止措置の義務化に向け、必要な企業対応を考える

都内企業においては間もなく施行される都の条例への対応として、また、その他の企業においても今後予定されるカスハラ防止措置義務化への対応として、企業においては今後必要な対応の検討を進めていく必要があります。

さらに、労働契約法第5条には「使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をすべき雇用契約上の安全配慮義務を負う」と規定され、カスハラ防止対策を講じない使用者には債務不履行責任が生じることも忘れてはなりません。

カスハラ対策は、各種ハラスメント防止措置の一環として行う

とはいえ、改めて「カスハラ対策を!」と意気込んでしまうとなかなか難しく感じられるかもしれません。この点、基本的にはすでに講じている各種ハラスメントの防止措置の枠組みの中での対応に目を向けられると、取り組みが円滑に進みます。

東京都のガイドラインでは、次の①~⑦が、事業者が講じるべき措置として挙げられています。既存のハラスメント対策と同様の取り組みが求められることは一目瞭然です。

①カスタマー・ハラスメント対策の基本方針・基本姿勢の明確化と周知
②カスタマー・ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化と周知
③相談窓口の設置
④適切な相談対応の実施
⑤相談者のプライバシー保護に必要な措置を講じて就業者に周知
⑥相談を理由とした不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め周知
⑦現場での初期対応の方法や手順の作成

現場任せではなく「組織」として一貫性のある取り組みを

カスハラ防止措置を検討する上で、重視すべきは「カスハラと正当なクレームを判断する上での基準の有無」です。企業は、不当なクレームに関してはカスハラとして毅然とした対応を徹底すべき一方、正当な要望やクレームには誠実に向き合わなければならないからです。

現場任せのクレーム対応では、対応する者のスキル不足や個人的な感情によって、顧客を不当に選別することにもつながります。結果、現場ごとにクレーム対応に差が生じ、整合性がとれなくなれば、組織としての在り方を問われる事態にも発展しかねません。

企業においては、現場対応に一律の基準を設けるためのカスハラ対応マニュアルの策定、さらに従業員研修に早期に取り組む必要があります。併せて、事業主や従業員が利用できる外部相談窓口を設置し、企業風土に捉われない客観的な見解を得られるような仕組み作りも有効です。

参考:TOKYOはたらくネット「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/plan/kasuharashishin/index.html

参考:厚生労働省「カスタマー・ハラスメント対策 企業マニュアル」https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf


丸山博美(社会保険労務士)

社会保険労務士、東京新宿の社労士事務所 HM人事労務コンサルティング代表/小さな会社のパートナーとして、労働・社会保険関係手続きや就業規則作成、労務相談、トラブル対応等に日々尽力。女性社労士ならではのきめ細やかかつ丁寧な対応で、現場の「困った!」へのスムーズな解決を実現する。
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