働くことに対する価値観が多様化する中で、成長を求める若手社員の意欲を高めるために、実践的な研修の強化や人事・評価制度の見直しなどに取り組む企業の動きが出てきている。(取材・執筆・編集:日本人材ニュース編集部)

会社・上司に求める期待値が高い新入社員
多くの企業が若い人材を求めている。2026年春に卒業する大学生の就職内定率は、選考解禁日の6月1日時点で81.6%となり、2年連続で8割を超えた(インディードリクルートパートナーズ調べ)。6割以上の内定者が2社以上から内定を得ており、内定辞退が続出している。
初任給の引き上げのみならず、奨学金返済の肩代わりや福利厚生の拡充など、手厚い処遇を打ち出す企業が増えている。希望に沿った配属を提示したり、転勤制度を見直す企業も出てきているが、こうした採用・定着施策を強化しているのは、大学3年生夏のインターンシップから内定まで約1年、さらに内定辞退を防ぐフォローにも手間を掛けて採用した人材に早々に離職されては目も当てられないからだ。
しかし、若手社員の離職を課題とする企業は少なくない。就職情報サービスのキャリタスが2024年卒の社員を対象に入社1年後に実施した調査によると、「転職活動中」「転職活動はしていないが検討中」の社員が4割近く(38.2%)に達している。
「思っていたほど成長できていない」と回答した社員が32.6%おり、その理由には「仕事量が少なくルーティンワークが多い」「雑務しかしていない」「研修が多くまだ実務に本格的に取り組めていない」など、自身の成長が実感できずに焦る様子がうかがえる。
教育研修・採用支援事業のジェイックが新入社員に聞いた「入社の決め手」でも「成長できる環境がある」と回答した割合が4年連続で上昇している。
新入社員の「入社の決め手」(3つ選択、上位5項目)

新入社員の様子について、調査を行ったジェイック取締役の近藤浩充氏は「入社前からキャリア形成やスキルアップにつながる成長機会への関心が年々高まっている傾向が見受けられます。早く成長するために、自分が足りていない点はどんどん指摘してほしいという新人が少なくありません。一方、業務の指示を明確にしてくれない上司に対しては不満を持ちやすいです。会社や上司に求める期待値が非常に高くなっています」と語る。
成長を実感できる継続的な仕組みづくり
こうした最近の若手社員の特性を踏まえ、企業は何をすべきだろうか。
近藤氏は「入社後の研修制度やキャリアパスを明確に示すだけでなく、日々の業務におけるフィードバックや1on1ミーティング、配属後の同期との交流機会の提供など、成長を実感できる継続的な仕組みづくりを行うことが重要となります。採用に関しては、これまでと同じ基準を維持していては必要な人数を確保するのが困難な状況です。許容できる人材のレベルを明確にし、入社後の対応を手厚くして能力をいかに早く高めていけるかを考えるのが、これからの時代には必要ではないでしょうか」と助言する。
ジェイックの支援企業の中にも新入社員研修の期間を短縮して現場配属を早める一方、3カ月後、半年後、1年後と定期的に集合研修を行い、2年目以降もフォローアップを継続するケースが増えているという。
「自分と同期を比較できる機会を増やすことは、成長を実感させるための有効な方法の一つです。ある企業では1年目は同期だけでフォローアップ研修を行い、2年目からは先輩社員と一緒に研修を受けさせることによって、レベルの違いを実感させたり、ロールモデルを見せたりする機会にしています」(近藤氏)
導入研修で「できる」状態にしてから現場に配属
人的資本経営への注目が集まる中、企業が行う研修は成長への投資であり、投資に対する効果がより厳しく求められる。新入社員研修においても、現場で結果を出すために必要なスキルを確実に習得してもらうことが重視されている。
最近の研修ニーズについて、人材育成を支援する情熱の石井直哉取締役は、「以前に比べ、実践型研修の割合が多くなっています。インプットすべきことは全てeラーニングに置き換え、集合研修はアウトプットの場と位置付ける会社も出てきました。早期に戦力になってもらうための研修が求められており、職場で実際によくあるシチュエーションを作り込んだフルカスタマイズ研修を提供しています」と説明する。
情熱は若手社員の育成支援に力を入れており、その背景には、働き方改革による若手社員の労働時間減少、修羅場体験・負荷への逃避傾向や「成長したいけど苦労は嫌」という考えが強まっていたり、ハラスメント等の概念が浸透する一方で上司が指導に慎重になってしまい結果として若手社員への指導量が減少しているという課題意識がある。
そうした考えに賛同する企業から、社会人意識への切り替えとビジネスマナーやマインドセットの獲得を目的とし、「実践×失敗」をコンセプトにする配属前の導入研修の依頼が増えている。
情熱「実践×失敗の実践型導入研修のコンセプト」

石井氏は「実践型研修で失敗を数多く経験させて『できる』状態にしてから現場に配属すれば、早い時期からの活躍につながり、成長を実感させやすくなります」と強調する。
情熱が支援する大手企業では、配属前の導入研修の最後に社内で起こりうるビジネスシーンをテーマに取り上げて仕事のプロセスや社内コミュニケーションの要点を体験させるプロジェクトに取り組ませ、研修で学んだことを総動員して実践する機会を設けている。
こうした研修を行うようになってから、配属先からはビジネスマナーやマインドセットが身に付いている新入社員が増えたとの評価が得られ、会議で積極的に発言したり仕事でも成果を上げているなど、成長が早いという声が寄せられているという。
同期の学び合い活動でキャリア自律を促進
若手社員が主体的に取り組む実践の機会を増やす企業もある。
旭化成は「自律的なキャリア形成と成長の実現」のため、新入社員対象のコミュニティー活動を2023年から開始している。志向に合ったテーマを選び、同期と一緒に9カ月間学び合う。ポイントは「自分自身で選べる」「人と一緒に学ぶ」「得た知識を実践・共有する」の3つ。
旭化成の人事担当者は「新入社員のキャリア観が多様化しており、スタートが同じような人たちばかりではありません。スキル差もばらばらですし、社会環境が不安定な中で生きてきたこともあって、職場への不満はなくてもキャリア不安を抱える人が増えています。また、ワークライフバランスの観点から時間外を前提としたような重い仕事を任せて経験を積んでもらうことが難しくなってきました。キャリア不安への寄り添いや成長の実感付けも十分にはできていないところがあった気がします。さらに、従来の一律型の新入社員研修では効果に限界を感じていました。リモート化が進展したことによって同期とのつながりが希薄化してきているのも事実です。こうした課題を踏まえ、新入社員一人一人が成長実感を持てるよう、学び合いを支援し合うコミュニティーを作っていこうと考えました」と説明する。
第1クールは事務局を務める人事が伴走する。ビジネス志向の強い人向けのアドベンチャーゼミ、専門性を極めたい人向けのプロフェッショナルゼミ、創造性豊かな人向けのクリエイティブゼミ、仕事の効率性を高めたい人向けのワークハックゼミから自ら選択。オンライン上で集合学習やワークショップを実施し、コミュニティーを自主的に運営してもらう。
第2クールは新人が主体となって動くコミュニティー活動になっている。1つは同期関係や知見を拡げるための全体コミュニティーで、新人から手挙げで募った企画チームが運営主体となり、同期同士の対面交流会の企画、自己紹介シートの作成、学習した内容の発信などを行う。もう1つが学習テーマを深める個別学習ゼミで、学習に特化したコミュニティーを作り学習活動を行う。初年度は語学学習や資産形成、サステナビリティなどをテーマとした7つのゼミが立ち上がった。
2023年度の実施効果を調査した結果、学習時間が前年度の新入社員に比べ約3.5倍に伸長したほか、キャリア不安の低減に対して効果があることが明らかになっている。
キャリアパスと人事評価の基準を明確化
自律的なキャリア形成や難しい仕事にチャレンジする社員を後押しするため、人事・評価制度を見直す企業も出てきている。
大日本印刷は、管理職もしくは専門職を目指すのかを自律的に選択してもらう「複線型キャリア制度」を2021年から開始。職務・職位に応じた等級格付で処遇し、これまでよりも若手の抜擢につながりやすい仕組みを導入している。
積水化学工業は、2022年に年功的運用の職能資格制度から「役割軸のグレード制度」へ移行。積み上げてきた価値を評価するのではなく、現在価値を評価して毎年挑戦している社員に報いる仕組みに転換している。ポストに求められている役割を見える化し、日頃のマネジメント行動を客観的・定量的に計測するため多面観察も導入した。
こうした企業の実情に詳しい人事コンサルティング会社セレクションアンドバリエーションの平康慶浩代表は、「優秀な若手社員の離職は見過ごせないということから、キャリアパスを具体的に示していく企業が増えています。若手社員にこの会社で頑張ろうと思わせるには、ロールモデルの10~15年目(35歳前後)社員がしっかり活躍できるような人事制度が必要です。活躍している35歳前後の社員を責任のあるポジションに就けるには、普通にしか頑張れていない40代を外さなければなりません。等級ごとの評価基準を明確にして、公正な人事評価を行えば不満は出ないはずです」と話す。
また、エンゲージメントサーベイを導入している大手商社のHRBPから「部門間で比較すると自部門の社員のエンゲージメントが低い。優秀なメンバーに魅力的な仕事を提示できないと、社内公募に手を挙げて別の部門に移ってしまうのではないかという危機感を持っている」といった相談をされるケースもあり、人材の争奪戦が社内でも起こっている。
部下を育てる上司のコミュニケーション力
セレクションアンドバリエーションは、エンゲージメント向上施策を具体化するための組織診断も手掛けており、施策を検討するポイントを「周囲3メートルの影響」「生活基盤」「これまでのキャリア」「これからのキャリア」の4つに整理している。
セレクションアンドバリエーション「エンゲージメント向上施策を検討する際の4つのポイント」

特に、周囲3メートルにいる上司や先輩、同僚、後輩などに一人でも「嫌な人」がいると離職の可能性は極めて高くなる。特にハラスメント傾向が見られる社員は「嫌な人」になりやすく、管理職に就けてしまうと「1on1」も機能しなくなるという。
「1on1がコミュニケーションを促進する機会ではなく、業務の進捗確認だけになっているケースが少なくありません。上司のサポートやフィードバックもなく、“詰められる”部下は心を病んでしまいます。上司には部下を育てるコミュニケーション力がこれまで以上に求められています」(平康氏)
少子化の加速によって、人材獲得は今後ますます難しくなる可能性が高い。組織に活気をもたらし企業を成長させるエンジンとなり得る貴重な若手社員を生かす人材戦略が欠かせなくなっている。