組織・人事

同一労働同一賃金法制化へ

同一労働同一賃金に関する労働政策審議会の報告書が6月9日に出された。昨年12月20日に政府が示した「同一労働同一賃金ガイドライン案」、3月の「働き方改革実行計画」に次ぐものだ。今後報告書をベースに労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法の改正案が出され、閣議決定を経て秋の臨時国会に提出される予定になっている。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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非正規社員が裁判で訴えやすくなる

最大の柱は正規と非正規との間に処遇格差がある場合に非正規社員が裁判で訴えやすくすることにある。現行の労働契約法とパートタイム労働法でも不合理な待遇差を禁じる規定がある。労契法20条、パートタイム労働法8条では「労働条件の相違がある場合、その相違は不合理と認められるものであってはならない」と謳い、正規と非正規の差別を禁止している。

ただし、不合理かどうかを裁判官が判断する場合は、①職務の内容(責任の程度)、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情――という3つの考慮要素に照らして合理的かどうかを判断することになっている。

つまり、職務内容や責任の程度が違えば格差があるのは合理的だが、その他の事情の範囲が広すぎて非常に分かりにくい。

しかも労働者が「この格差はおかしい」と裁判所に訴える場合は「何が不合理なのか」、つまりどこがどのようにおかしいのかを立証しなくてはならない。労働者にとって裁判のハードルが高く、しかも3つの考慮要素があるために勝つ見込みも保障されなかった。

労契法にも「均等待遇規定」が盛り込まれた

そのため当初は、ヨーロッパにおける正規と非正規労働者の間の待遇格差を禁じたEUの労働指令などを参考に「待遇の相違は合理的なものでなければならない」とする差別禁止の条文を入れる案が有力だった。

「待遇の相違は合理的なものでなければならない」という書きぶりにすれば、裁判では会社側が合理的であることの理由を立証する責任を負うことになり、法の行為規範として正社員との処遇の違いについての説明責任も発生することになる。

ところが実行計画では経済界の反対もあり「不合理な待遇差を禁じる」という現行法制の枠組みを維持することになった。その上でそれを判断する先の3つの考慮要素のうち「その他の事情」の解釈の範囲が広いことから、その中に新たに「職務の成果」「能力」「経験」を例示として明記することにした。

さらに労働者が司法に訴えを起こしやすくするために、非正規労働者が正規との待遇差に納得できない場合は、使用者が待遇に関する説明を義務化した点も大きいだろう。

また、現行のパートタイム労働法9条では①職務内容と、②職務内容・配置の変更範囲が同一である場合の差別的取扱いを禁止するという「均等待遇規定」があるが、有期雇用契約労働者を対象とする労契法20条には「均衡待遇規定」しかなかった。そのため労契法にも「均等待遇規定」を盛り込むことにした。

ちなみに均等待遇とは仕事の内容が同じであれば同じ待遇にする、均衡とは仕事の内容が違う場合は、その違いに応じてバランスをとってくださいという意味だ。

有期とパートタイムで同様の均等待遇規定・均衡待遇を明記

有期とパートタイム労働者に関しては以上が主な改正点だが、今回、大きく追加されたのが労働者派遣法の改正だ。派遣労働者の同一労働同一賃金の対象者は言うまでもなく派遣先の正規労働者になる。

だが、現行法には「派遣先の労働者の賃金水準との均衡を配慮しつつ」派遣労働者の職務の内容や職務の成果などを勘案して賃金決定を行うという配慮義務にとどまっている。審議会の報告書では、有期とパートタイムで同様の均等待遇規定・均衡待遇を明記することにした。

その上で①派遣先の正社員との均等・均衡待遇とする、②派遣元と労使協定を結び、一般労働者の賃金水準と同等以上であることを課す決定方式――の2つのいずれかを選ぶ選択制とすることになった。②を設けた理由として、派遣先が大企業から中小企業に変われば賃金水準が下がることもあり得るといった理由に挙げている。

派遣先社員と均等・均衡待遇をはかることになれば派遣元はコストアップを余儀なくされる。そのため法律に派遣元が待遇改善の原資を確保することができるように派遣先に派遣料金を上げることができる配慮義務も課すことにしている。

派遣労働者の処遇改善にむけて

ところで政府が示した「同一労働同一賃金ガイドライン案」の基本給や諸手当、福利厚生など具体事例については有期とパートに限定され、派遣労働者については列挙されていなかった。だが、派遣労働者も均等・均衡待遇に基づき、同じものが適用されることになるだろう。

均等・均衡待遇といっても「基本給」はヨーロッパでは正規・非正規に関係なく、従事している「職務」を基準に決めているのに対し、日本では正規と非正規で賃金制度が分断され、正規でも企業ごとに能力、業績・成果、勤続年数など基本給の指標が違うので比較しにくい面がある。だが、基本給以外の手当や福利厚生施設の利用、教育訓練機会の提供など待遇差の違いが明確なものは是正の対象になる。

たとえばボーナスは非正規に支給しない、あるいは寸志程度しか支給しない企業も多い。昨年12月に出した政府の「同一労働同一賃金ガイドライン案」では正社員と同じ貢献をしていれば同額を支給すべきとし「貢献に一定の違いがある場合においては、その相違に応じた支給をしなければならない」と規定している。つまり、派遣社員でもまったく支給しない、あるいは正社員に比べて金額が著しく低い場合は認められないことになる。

いまだに通勤手当すら支給されていない派遣社員もいる。通勤手当は派遣を含む有期雇用労働者も「無期雇用フルタイム労働者と同一の支給をしなければならない」と言い切っている。通勤手当のように従事している仕事の内容とは直接関係のない手当や福利厚生施設などの利用は正規・非正規の区別なく同じにすることを求めている。

とくに食堂、休憩室、更衣室などの福利厚生施設の利用は仮に上記②の派遣元との同一処遇を選択しても仕事場が派遣先である以上、派遣先社員と同一の利用を認めなければならない。

同一労働同一賃金は中堅派遣会社、中小企業に重い負担がのしかかる

派遣元にとっては同一労働同一賃金に基づく法改正の影響はかなり深刻なようだ。それでなくても2018年4月の5年超の有期雇用派遣者の無期転換申込み、同10月には派遣期間3年超を迎える派遣労働者の雇用安定措置が控える。約4000人の派遣社員を抱える中堅派遣会社の役員は絶望的な悲鳴を上げる。

「3年超の派遣社員について派遣先に直接雇用を求めても拒否されると新たな派遣先を探さなければならない。だが、大手の派遣会社と違い同じ処遇で同じ仕事を探すのは簡単ではないし、そうなると派遣元が無期雇用にせざるをえず、仕事がなくても休業補償をしなくてはならない。加えて同一労働同一賃金が制度化されると、派遣先がうちには派遣と同一の職種はないと拒否されると、派遣元との同一処遇の道を選択せざるをえない。

今でも派遣社員の社会保険料やキャリアアップのコストアップで利益が出なくて苦しむ企業も多いが、さらに法改正に伴うコスト負担も重なる。どうすればいいのか解決策がないのが実状だ。耐えられずに廃業・倒産する企業が増えるのは間違いない」

無期雇用のコストに加えて均等・均衡処遇という二重のコスト負担は派遣に限らず、中小企業に深刻な影響を与える可能性もある。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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