多くの職場に広がる慢性的な人材不足は人事部門も例外ではない。人事部門が重要な課題に取り組むためには、外部の専門サービスを上手く活用し、生産性を高めなければならない。
人材の多様化
パーソルキャリアの転職サービス「doda」のデータによると、人事・総務関連職(人事、教育、労務、総務、法務)の求人数は、3年前に比べて約2倍に増加。人事経験者の採用は難しく、多くの企業の人事部門は人材不足に悩んでいる。人事部門の生産性を高めるためには外部の専門サービスを上手く活用することが必要だ。
働く人たちの意識は特に若い世代では転職が当たり前で、企業においても人材や働き方の多様化が進んでいる。
日本企業の多様化の現状について、エグゼクティブ・サーチ会社、兆(きざし)の近藤保代表は「『日本人の男性』『同じような大学出身』『昇格するのは同じような入社年次』『転職経験なし』という人材が経営幹部の大半を占めている企業は、多様性に乏しく事業環境の変化に対応できないと市場から評価されてしまうリスクが高まっています。多様な人材の活躍を引き出す人材マネジメントをどう機能させるかが重要な経営課題となっています」と指摘する。
企業の命運が掛かっているデジタル人材の採用では、「デジタルトランスフォーメーション」を推進する企業がエンジニアやデジタル事業の経験者を国境や国籍を越えて奪い合っている。こうした人材獲得競争は、人事部門に求められる役割にも影響を与えている。
「人事担当役員や人事部長のサーチでは、グローバルなタレントマネジメントシステムを構築できる人材を探す経営者からの相談が近年は多くなっています。世界中から優れた人材を採用・登用していく人事の仕組みがないとグローバルな競争を勝ち抜けないという危機感が強まっているからです」(近藤氏)
国籍を問わず優れた人材を採用していくことは企業の競争力を高めるために欠かせないが、人事担当者の負担は小さくない。
外国人の受け入れを支援するエンプラスの雲下加奈社長は「海外ビジネスの拡大やダイバーシティによって、海外からの外国人の受け入れや国内での外国人採用が多くなっています。多様化する従業員をサポートする人事担当者の負担が大きく、働き方改革の推進でアウトソーシングを検討する企業からの相談が増えています」と話す。
グローバル人事のためのクラウド型プラットフォーム「RM+Online」を昨年7月にリリースした同社は、人事情報や手続きファイルなどの一元管理、オンラインでの進捗・タスク管理、データ分析で、人事業務の効率化・最適化を支援する。
働き方改革とHRテック
人事部門の生産性向上で注目されるのはHRテックだ。働き方改革の対応に迫られる企業で導入が進んでいる。働き方改革関連法の施行で労務リスクが高まる中、適切に勤怠管理を行い、従業員の労働時間を把握して健康管理措置を講じなければならなくなった。
こうした課題に対し、丸紅ITソリューションズの「残業バスター」は、勤務実態を可視化・分析し、不要な残業に対しては従業員への通知やパソコンの利用制限をかけるなど、残業に対する従業員の意識自体の改善を目指している。テレワークとの高い親和性で、社外でも利用でき、多様な働き方にも対応する。
HRテックの多くはサーバーを自社で保有しないクラウドサービスで、必要な機能に絞って導入できることから、中小企業でも導入しやすい。また、モバイルを含むマルチデバイスで使用できるなど、使い勝手が格段に向上している。これまでは時間がかかっていた社員情報の登録や各種パラメーターの設定も簡単に設定でき、必要な情報の抽出や情報分析も容易になっている。
経年で人事データを蓄積できることも魅力だ。タレントマネジメントを行うには人事データの収集が不可欠だが、これまでは人事担当者が人力で集めるしかなく、膨大な手間が掛かっていた。
さらに、難しかった現場社員の管理、マネジャー間の施策の共有、育児休業からの職場復帰など社員の生産性を向上させるための工夫やデータの分析などが簡単にできるような様々なサービスが次々とリリースされている。
新しいHRテックサービスが次々と出てきている
●主なHRテックサービスの内容
次世代リーダーの育成
次世代リーダーの育成施策では、難易度が高い職務への異動、プロジェクトへのアサイン、研修、コーチングなどを実施する企業が多いが、現場での意思決定をスピーディーに行う必要性が高まる中、事業部門の組織・人事戦略を担当するHRビジネスパートナー(HRBP)の経験を次世代リーダー育成につなげる企業も出てきた。
企業のリーダー育成を支援しているサイコム・ブレインズの西田忠康社長は「人事出身者に限らず、マネジメントのポテンシャルが高い社員に経営・人事・現場の3つの視点が求められるHRBPのポジションを早いうちに経験させ、事業経営に関与させる契機とする企業も見られます」と話す。
同社が主催する「次世代戦略人事リーダー育成講座」の受講者の意識にも変化が見られるという。「HRBPの仕事は、人事部門で働く人たちのキャリアの可能性を広げるという点でも注目されています。講座の受講者の中にも、人事部門だけでなく事業部門にも活躍の場があるという意識を持つ人が増えています。人事以外の経営知識も積極的に学び、HRBPの実践経験を経て経営職を目指すというモチベーションのトリガーになっています」(西田氏)
採用力の向上
人材不足もあり、優れたスキルと経験を持つ人材には複数のオファーが集中し、従来の採用手法では人材を確保できない企業が続出している。しかし、人材市場の分析から適切な採用戦略を立案し、的確な採用手法を選択するのは採用担当者にとって容易なことではない。
採用活動全体の最適化を図るRPOサービスを提供するリクルートキャリア(現リクルート)事業開発室HRソリューション部の妹尾雄太部長は「業種を問わず、デジタルトランスフォーメーションをはじめとする事業戦略を転換する取り組みを進めるために必要な高度人材の採用が多くなっていますが、難しい採用を成功させるノウハウやリソースが各社とも不足しているため、外部のプロフェッショナルに任せる企業が増えています」と話す。
同社は顧客接点や活用しているデータ量が豊富で、数年前からデータを統合して分析できる仕組みを構築している。全体を網羅的にとらえて採用戦略・手法の最適化を図ることで、依頼される採用計画数をほぼ充足させることができているという。
「効率化によってインプットを小さくするだけでなく、アウトプットをいかに大きくできるかという課題感を経営者の方と接する中で感じています。RPOやデータ活用をきっかけに、人事の仕事がより経営・事業戦略に寄与するものに変わっていけばと思っています」(妹尾氏)
一人一人に向き合う人材マネジメント
今後は、これまで人が時間と手間を掛けて行ってきた仕事はAIやロボットに置き換わっていく。働く人から選ばれる企業になるには、創造性をかきたてるような魅力的な仕事を提示して、一人一人が能力を十分に発揮できる職場環境を整えていかなければならない。
KPMGコンサルティングの大池一弥執行役員パートナーは、こうした時代の人材マネジメントについて「従業員への価値の提案(Employee Value Propositions:EVP) という概念が海外では注目されていますが、日本でも従業員のモチベーションの源泉を可視化し、優先的な施策に注力して実効性を高めようとする動きが見られ、当社もEVP関連のサポートを行っています。人事のデジタル化も伴って、これまでのような経験と勘、表面的な満足度調査などに基づく『集団』を対象とする人事から、一人一人の能力や特性、経験をデータとして蓄積し、施策実施の効果を高める『個』の人材マネジメントへと移行していくでしょう」と話す。
M&A後の組織融合やガバナンス強化のための人事施策、働きがいのある組織に向けた有効な打ち手、人事のデジタル化など様々な課題に取り組み、経営により貢献する人事部門が求められているが「一歩踏み出すHRリーダーと従来の役割に留まるHRリーダーの二極化がより鮮明になってきています」(大池氏)
人事部門自らが生産性を高めて新たな課題に取り組める企業と、多忙を極めて取り組めない企業との組織・人材力の格差はますます拡大していくだろう。