前編では副業・兼業の導入に向けて、メリット・デメリットや実際に導入する際のポイントや留意点を解説しました。後編では、労働時間の管理や労災の適用、雇用保険・社会保険の取り扱い等、運用面について解説してきます。(文:田代英治社会保険労務士、編集:日本人材ニュース編集部)
副業・兼業を促進する制度導入のポイント・留意点
労働時間管理、労災の適用、雇用保険・社会保険等の取扱いについて
(1)労働時間管理
労働時間管理には、以下の2つの方法が認められています。詳細については、厚生労働省が公表している「副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説」をご参照ください。
① 原則的な方法
労働基準法第38条第1項では「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されています。労働基準局長通達(昭和23年5月14日付け 基発第769号)では、「事業場を異にする場合」とは事業主を異にする場合を含むとしています。
したがって、副業・兼業先で雇用契約を認める場合、原則として、本業・副業各々における労働時間の通算が必要となります。この場合、図表4の順序に基づき、労働者の申告などにより、それぞれの使用者が自らの事業場における労働時間と、他の使用者の事業場における労働時間とを通算して管理する必要があります。
【図表4】労働時間通算の順序(①⇒②⇒③)
② 管理モデル
実際、この方法で労働時間を通算して管理することは、本業や副業・兼業の会社、労働者にとって、煩雑であり相当な負担になります。そこで、導入されたのが、簡便な労働時間管理の方法(管理モデル)です。
【図表5】原則的な方法から「管理モデル」へ
管理モデルとは、副業・兼業の開始前に、先に労働契約を締結していた使用者Aの事業場における「法定外労働時間」と、後から労働契約を締結した使用者Bの事業場における労働時間(所定労働時間および所定外労働時間)を合計した時間数が、単月100時間未満、複数月平均80時間以内となる範囲内において、各々の使用者の事業場における労働時間の上限をそれぞれ設定し、各々の使用者がそれぞれその範囲内で労働させることです。
先に労働契約締結した使用者は「自らの事業場における法定外労働時間分」を、後から労働契約締結した使用者は「自らの事業場における労働時間分」を、それぞれ自らの事業場における36協定の延長時間の範囲内とし、割増賃金を支払うこととされています。
副業・兼業の開始後においては、それぞれあらかじめ設定した労働時間の範囲内で労働させる限り、他の使用者の事業場における実労働時間の把握を要することなく、労働基準法を遵守できるようになります。
【図表6】管理モデルのイメージ
Aに所定外労働がある場合(A・Bで所定外労働が発生しうる場合に、互いの影響を受けないようあらかじめ枠を設定)
(2)副業中の労災、雇用保険・社会保険の適用
① 労災保険の給付
労災保険制度は労基法における個別の事業主の災害補償責任を担保するものであるため、従来その給付額については、災害が発生した就業先の賃金分のみに基づき算定していましたが、複数就業している者が増えている実状を踏まえ、複数就業者が安心して働くことができるような環境を整備するため、「雇用保険法等の一部を改正する法律」(令和2年法律第 14 号)により、非災害発生事業場の賃金額も合算して労災保険給付を算定することとしたほか、複数就業者の就業先の業務上の負荷を総合的に評価して労災認定を行うこととしました(図表7)。
また、労働者が、自社、副業・兼業先の両方で雇用されている場合、一の就業先から他の就業先への移動時に起こった災害については、通勤災害として労災保険給付の対象となりました。事業場間の移動は、当該移動の終点たる事業場において労務の提供を行うために行われる通勤であると考えられ、当該移動の間に起こった災害に関する保険関係の処理については、終点たる事業場の保険関係で行うものとされました。
【図表7】賃金額合算の具体例
② 雇用保険、社会保険の取扱い
・雇用保険
同時に複数の事業主に雇用されている者が、それぞれの雇用関係において被保険者要件を満たす場合、その者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける雇用関係についてのみ被保険者となります。2022年1月から、65歳以上の労働者本人の申し出により、1つの雇用関係では被保険者要件を満たさない場合であっても、他の事業所の労働時間を合算して雇用保険を適用するマルチジョブホルダー制度が試験的に開始されています。
・社会保険
社会保険の適用要件は、事業所ごとに判断するため、複数事業所の労働時間の合算はありません。複数の雇用関係に基づき複数の事業所で勤務する者が、いずれの事業所においても適用要件を満たさない場合、労働時間等を合算して適用要件を満たしたとしても、適用されません。
また、同時に複数の事業所で就労している者が、それぞれの事業所で被保険者要件を満たす場合、被保険者は、いずれかの事業所の管轄の年金事務所及び医療保険者を選択し、当該選択された年金事務所及び医療保険者において各事業所の報酬月額を合算して、標準報酬月額を算定し、保険料を決定します。その上で、各事業主は、被保険者に支払う報酬の額により按分した保険料を、選択した年金事務所に納付(健康保険の場合は、選択した医療保険者等に納付)することとなります。
会社が副業・兼業者(以下、「副業人材」)を受け入れる場合のポイントと留意点
副業人材の受け入れは、自社社員への副業容認の場合に比べると、雇用契約で受け入れる場合、非雇用(業務委託契約等)で受け入れる場合ともに、実施企業数は少なく、消極的な傾向にありますが、実施に際してポイントや留意点を下記します。
副業人材マッチングサービスなどを活用し、副業人材を受け入れることは、人材獲得競争が激しい現在において、企業の成長を後押しする大きな助けとなります。
変化に強い組織が求められる現在、多様な働き方を促進するための新たな取り組みに挑戦すべき時期にきていると感じます。
(1)雇用契約により副業・兼業者を受け入れる場合
・副業人材の安全に配慮し、競業避止義務違反が生じない等の対応が必要となるので、副業の状況について把握すること。
・自社が後に雇用契約を締結した会社となり、労働時間の通算を行う必要が生じるため、副業の内容や状況の把握等の対応を行うこと。
・本業を持っている副業人材を採用する場合は、本業先に副業を申告することを求めること。
(2)業務委託契約等により副業・兼業者を受け入れる場合
・労働基準法上の労働者に該当しない実態であること(実質的に指揮命令を受けて業務に従事している場合には、契約が業務委託契約等であっても、雇用に該当し、労働関連法令が適用される)。
・独占禁止法や下請法に抵触しないこと(優越的地位の濫用に該当する行為を行ってはならないこと、契約内容について記載した書面を作成・交付・保存する義務を履行すること等)
(3)副業人材の受け入れ体制の整備
副業人材に仕事を依頼する際は、自社が目指しているビジョンや依頼するうえでの期待値もしっかり伝えることが重要であり、ミスマッチを防ぐポイントとなります。また、自社の社員にも副業人材を活用することへの理解を促し、受け入れ体制を整えておくことが必要です。
(4)副業人材とのコミュニケーションの質と量のアップ
副業人材とのコミュニケーションの頻度が低く、情報格差があると、疎外感や孤立感を感じてしまい、そのために、受け身になることや意見の共有が減ることも考えられます。
このような事態を避け、副業人材をうまく活用するためには、副業人材と正社員との線引きはせずに、オープンなコミュニケーション体制を構築することが重要です。
田代英治(社労士)
田代コンサルティング代表/KKM法律事務所 社会保険労務士/人事労務分野に強く、各社の人事制度の構築・運用をはじめとして人材教育にも積極的に取り組んでいる。豊富な実務経験に基づき、講演、執筆活動の依頼も多く、日々東奔西走の毎日を送っている。(主な著書)『ホテルの労務管理&人材マネジメント実務資料集』(総合ユニコム、2018年7月)
田代英治(社労士) 記事一覧