組織・人事

目標管理制度を機能させる「SMART」とは?~人的資本経営のための人事評価制度のポイント【後編】

弁護士・社労士が労働法や人事実務の話題をやさしく解説

目標管理制度を機能させる「SMART」とは?~人的資本経営のための人事評価制度のポイント【後編】

企業にとって、人は貴重で希少な「人財」であると捉えられています。

昨今は、「人的資本」という表現が使われることが多く、現在のトレンドは、人は単なる「資源」ではなく、投資価値のある「資本」という認識であり、「人的資本経営」が注目を浴びています。このような「人財」の処遇を決める人事制度の構築・運用はますます重要になっています。

本件では人事制度設計と運用する際の課題と解決策について、KKM法律事務所パートナーで田代コンサルティング代表取締役の田代英治社会保険労務士に前編・後編として解説してもらいます。(文:田代英治社会保険労務士、編集:日本人材ニュース編集部

【前編】の記事はこちら

評価制度の課題と解決策

昨今の評価制度の傾向は、「成果評価」と「能力評価」の2つから構成されるケースが多くなっています。

「成果評価」は、「業績評価」、「パフォーマンス評価」と表現されたり、「能力評価」は「コンピテンシー評価」、「行動評価」、「発揮能力評価」とも言われたりしますが、基本はこの2つから体系づけられています。

これらの評価について、具体的に制度を設計する際、あるいは実際に運用する際にさまざまな問題や課題に直面することが少なくありません。

ここ最近、筆者が関与している企業の人事制度再構築プロジェクトやその後のフォローなどのときに直面する評価制度の問題点や課題には、以下のようなものがあります。

成果評価に関するもの

①目標管理の運用上の課題と対応

成果評価の場合は、目標管理制度に基づく運用が重要となります。目標管理の基本は、評価期間の期初において目標を設定し、期末においてその達成度を評価するものです。

しかしながら、評価制度の運用ルールが守られておらず、次のような問題が生じているケースが多く見られます。

  • 目標設定面談が行われていない、あるいは、実施されたものの、目標は立てっぱなしで、期中に何らフォローがなされていない。
  • 期末の評価面談も実施されていない、あるいは、実施されてはいるものの、十分な時間をとって話し合いが持たれていない。

このような問題を抱える企業が、その対策として注力するのが「評価者研修」です。

昨今、期初における「目標設定研修」、期中における「中間レビュー研修」、期末における「評価者研修」の実施というように、評価サイクルの節目に何をどのように実施すべきかを確認するために、全評価者を対象とした「評価者研修」を実施する会社が増えています。

②各等級やグレード別の目標の難易度調整

等級基準があいまいになりがちな職能資格制度の場合、その等級レベルに合った目標となっているかどうかを判定する仕組みを入れる必要があります。

たとえば、等級基準とおりの難易度の目標を「中」とし、上位等級レベルに相当する難易度の目標を「難」とします。「難」の目標を達成した場合は、「中」の難易度の目標を達成した場合(3点)の20%増しの評点(3.6点))とするなどの難易度調整を行うことで対応することが考えられます。

ただし、特に定性目標の場合などでは、難易度判定(難か中か)を導入しても、主観を完全に排除できず、効果的な対策は難しいというのが実感です。

③目標設定の妥当性に関する課題と対応

評価者である管理職の目標設定や展開、評価に関するスキルが不足している場合、被評価者である部下の目標の設定方法を正しく指導できず、結果的にその目標が達成できたのかどうか適正に評価できない事態に陥っている例が多く見受けられます。

これについては、目標設定の「SMART」な原則に立ち戻り、被評価者は「S・M・A・R・T」それぞれの観点より、設定した目標を吟味する一方、評価者は被評価者の目標をチェックし、必要な指導を行うことが重要となります。

【目標設定の「SMART」な原則】
Specific:具体的であること
目標は具体的な表現で示される必要があります。
目標が具体的であれば、実現する為の方法や計画を考え易くなります。
Measurable:測定可能であること
目標は測定可能である必要があります。
測定可能でないと進捗管理や達成度の評価が難しくなります。その為にできるだけ数値化します。どうしても数値化が難しいものは「達成された状態」を具体的な言葉で表現します。
Attainable:達成可能であること
目標は適正な難易度のものでなければなりません。
とても達成できない夢物語のような目標でも、容易に達成可能な簡単すぎる目標でもいけません。
適度なチャレンジを伴う達成可能なものが望ましいのです。
Result-based:「成果」を重視していること
目標は「成果」を重視していなければなりません。
何を成し遂げるためなのか?――を常に意識して目標を設定しましょう。
Time-oriented(期限が明確であること)
目標は達成すべき期限やスケジュールが明確でなければなりません。
期限が明確であれば達成のため計画策定、進捗管理が行い易くなります。

行動評価に関するもの

昨今、行動評価の課題として、顧問先企業等の人事担当者から次のような内容の相談が多く寄せられています。特に①の課題については、多くの企業で直面しており、悩みが深いのではないかと思います。

①寛大化傾向・中心化傾向への対応
相対評価は、必然的に社員を競争に駆り立てることにつながる恐れがあるため、相対評価から絶対評価への移行を検討する例が増えています。絶対評価のメリットは、社員を社内競争から解放し、自己のさらなる成長や社員間の共創への移行を容易にする点にあります。ただし、絶対評価を貫く会社の場合は、どうしても寛大化傾向が生じてしまいがちです。

あいまいな評価基準では寛大化傾向はなかなか防げません。評価項目×等級ごとに「OK行動」「NG評価」を具体的に示すなどの評価ガイドの作成や評価者目線合わせ研修の実施などが考えられます。等級ごとに「標準」とされる行動レベルを評価者間ですりあわせ、それを言語化するなどして、評価者間の目線合わせをすることが効果的です。

また、行動評価の場合、評価基準がどうしてもあいまいにならざるを得ず、中心化傾向に陥りがちです。対策は上記の寛大化傾向の場合とほぼ同じですが、標語の数を奇数から偶数にして(たとえば5段階から6段階にする等)真ん中をなくす例もよく見られます。

②評価プロセスに関するもの
評価のプロセスの公正性や被評価者の納得性を担保するための取組として以下のようなものがあります。

  • 評価調整会議を運営する

評価者エラーを防止し、評価の公正性を担保するため、二次評価者(部長)が一次評価者(課長)を招集し、評価調整会議を主催します。さらに上のレベルでの評価調整会議(最終評価者である役員が二次評価者である部長を招集しての評価調整会議)も行い、会社全体で取り組む形にしている会社も多くあります。

  • 最終評価のフィードバックでの注意点

上記のようなプロセスを踏むことで、調整の結果、一次評価が最終評価で下がるケースが起こりえます。一次評価者が本人にこの結果をフィードバックする場合、「上で決まったことだからしかたない」といったコメントでは納得性に欠けることになります。一次評価者は、本人に納得がいく説明ができるように上位評価者や人事部門に評価が下がった理由を確認しておく必要があります。

  • 被評価者が多数いる場合の対応方法

部署によっては対象者が10名を超えるようなところもあります。適正な対象者の数は6~7名程度と言われていますので、それを大きく超える場合は、一次評価者(課長)の下のチームリーダーに仮評価をしてもらい、一次評価者の負担を軽減させる方法をとる会社もあります。

③休職者の評価に関するもの
最近、わりとよく受ける相談の一つに、休職者の評価に関するものがあります。ルールが未整備のためその都度対応を求められ、どうすべきか悩んでいるといった相談や一律に最低ランクや標準ランクの評価をしているが、それでよいのか悩んでいるという相談が多く寄せられています。

解決策としては、法的な面を留意しながら、産休・育休取得者、傷病休職者等への評価ルールを設定しておき、適正に対応することが必要となります。

育児休業を取得したことにより人事評価で不利益に扱われる場合は、育児介護休業法第10条が禁止する「不利益な取扱い」に当たり、原則として違法となりますので、育児休業を取得していた場合にも人事評価ができるようにすべきです。

例えば、人事評価の対象を社員が就業した直近1年度のうち育児休業期間を除いた期間とすることです。人事評価の対象を3カ月以上勤務している者と定めている場合には、3カ月以上勤務していればその期間の評価を行うべきですし、勤務期間が3カ月に満たない場合は、その前年度の人事評価をもとに判断するなどのルールを決めておくことが必要です。

また、昇進・昇格を判定する際にも不利益な取り扱いは禁止されています。例えば、「3年連続A評価以上であること」という昇格要件がある場合は、3年間に育児休業があったことで期間のリセット(それまでの期間が考慮されず、育児休業から復職後新たに3年間を必要とすること)はNGとされています。

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田代英治(社労士)

田代コンサルティング代表/KKM法律事務所 社会保険労務士/人事労務分野に強く、各社の人事制度の構築・運用をはじめとして人材教育にも積極的に取り組んでいる。豊富な実務経験に基づき、講演、執筆活動の依頼も多く、日々東奔西走の毎日を送っている。(主な著書)『ホテルの労務管理&人材マネジメント実務資料集』(総合ユニコム、2018年7月)

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