人事部は本当に必要か? 人事権の曖昧さが生む現場と人事の対立【人事のプロが日本の人事課題を本音で語る】

人事制度

筆者の渡部昭彦氏は大手銀行、セブン-イレブン・ジャパン、楽天グループで人事部長などを歴任し、さらに人材コンサルティング会社のヒューマン・アソシエイツ・ホールディングス代表として長年人事と経営に携わってきた、いわば人事のプロ。現場で悩む人事の重要課題について、現状を踏まえて本音で語ってもらいます。

日本のサラリーマン社会は「無理をさせ無理をするなと無理を言う」

毎年恒例の大手保険会社主催になる「サラリーマン川柳コンクール」は、もはや正月の風物詩のおもむきもありますが、30年以上の「聞き手」である私が一番の秀作と考えるのは「無理をさせ無理をするなと無理を言う」という句です。20年以上前のものと思いますが、中年男性を自虐的に扱う川柳が多い中で、日本のサラリーマン社会を見事に看破した17文字だと思います。

部下の言葉で語らせつつ、上司と部下の心情の微妙なカラミを巧みに表現しており、サラリーマンであれば誰しもうなずくところがあるのではないでしょうか。これを現場の中間管理職と人事部(≒経営の代理人)との関係に置き換えて解釈すれば、「部下には残業させるな!」「休みをしっかり取らせろ!」「いかなる場合も業務目標は必達!」などなど、現場に対する人事部からの日々の激に対する現場(フロント)の憤懣を代弁している句でもあると思います。

現場からすれば、「人事部は実際の商売も知らないで建前ばかり。偉そうに言うのは、まずは自分でやって見せてくれてからにしてくれ!」ということでしょう。一方、人事部は口には出さないものの「現場は文句ばかり言っている。部下ときちんとした会話もできず、いつまでもプレーヤーから抜け出せない。マネジメントのできない管理職達!」という思いかも知れません。

人事権の所在は現場か人事部か、曖昧さがストレスを生む

このように現場と人事部の双方がストレスをためる相互不信の構図は、人事権の所在が曖昧な日本の人事システムの特質に由来する現象と考えられます。

現場は人事部が新卒配属を含め人事異動で送り込んでくる人材をそのまま受け入れて組織運営を図るしかありません。部下の評価も一応「最終考課者」の欄に部長が判は押しますが、それがそのまま最終評価として処遇や昇進に反映する訳ではなく、「全社的な観点に基づく評価軸の調整」が人事部の手によって行われるのが一般的です。

そうかと言って人事部がこのような「人事介入」を通じて現場を動かせる訳ではありません。業績が振るわないと、現場の部店長は「人事部が、余りモノばかりでいい人を送ってこないから」と言い、人事部は「きちんとマネジメントができてない現場管理職の問題」と言い返す、不毛な会話が続きます。

外資系企業であれば、フロントのラインマネージャーが人事権を掌握しており、採用(場合によっては解雇)から評価・処遇の決定まで原則として一気通貫で完結しますので、人事部とのコンフリクトは起こり得ません。

日本の労働市場では今後も組織横断的な人事部は必要

曖昧さを払拭すべく人事権の所在を現場に一本化すればいいではないかと言う議論は常にありますが、少なくとも現状の日本の労働市場を前提とすれば、人事部の機能が必要な部分が少なからずあるのも事実です。

流動化が進みつつあるとは言え、事業動向に応じたマンパワーの需給調整は「人事異動」という形で内部労働市場としての社内の人材を入れ替えることに多く依存せざるを得ません。その場合、全社的な観点から、人材の能力・適性を見極め、そのアロケーションを考える必要があります。

これはフロントだけでは難しく、組織横断的な人事部(的)の機能が不可欠です。また長期的な視点に立った社内人材の能力開発や教育も現場任せではなかなか難しく、人事への役割期待が大きいことも異論はないでしょう。

日本のレベルの高い精緻な人事制度は、人事権の所在の曖昧さのお陰

人事権の所在の曖昧さがもたらした結果と考えられることがもう一つあります。それは、日本企業、なかんずく大企業の人事制度は、その精緻さや論理の一貫性において、グローバルに比較しても大変レベルが高いということです。

人事権の所在が曖昧な中で、社員が人事に信頼感を持つには、人事システムの客観性が高く、納得感を醸成するものであることが必要です。

客観性を確保するためには、外資系企業のように外部労働市場との繋がりの中で基準を持てないことから、各社毎の「社内事情」に応じた独自のシステムを構築しなければなりません。そこに日本人の職人気質も加わって、言わば「ガラス細工」的な人事制度を作り上げてきたと言えます。

ところが、完成度が高い精緻な制度であるために、現場の理解が追い付かず、運用面で言わば「消化不良」が起きているのが現実でもあります。「理念と現実の乖離」「建前としての制度と本音としての運用」なのです。

注目される「人的資本投資」、いわば「日本経済低迷の原因はヒトへの投資不足」を意味する

ここで視点を日本社会に広げると、失われた20年・30年における経済の低迷を打開すべく、「ヒト」に対して世の中の関心が集まっています。「企業経営はヒトが全て」とは従前より言われてきましたが、それを政策言葉に直すと「人的資本投資」ということになります。

「経済の低迷を打破するためにヒトへの投資が必要」ということは、「ヒトに投資をしてこなかったことが日本経済低迷の原因」と言う逆の解釈も成り立ちます。

確かにこの20年間の統計数字を見ると、企業は人件費を抑えて利益を出してきたのは事実です。人件費を経費と見做しそれを圧縮することで利益を出す、個々の経済行動としては間違っていませんが、国全体で見れば、成長へのモニュメントを欠いた合成の誤謬が起こっていたのです。

このような観点から、人的資本投資が上場企業の開示義務事項になるなど「ヒト」への注目度は益々高まり、企業人事においては、HRMで総称されるように、経営戦略と一体のものとしての重要性が強く認識されつつあります。

企業人事について本音で語る

人事セクションの立場からすれば、当然これらの政策課題はこなして行かなければなりませんが、その前提の足腰の部分として、前段で述べた「人事制度における理念と現実の乖離」について、日々の問題として考え方を整理し、現場の管理者との認識を一致させることが必要ではないでしょうか。

私は社会人になって45年経ちますが、後半の25年は、金融機関→小売業→ネット系企業の人事セクションのスタッフとして10年、更に人材サービス企業の代表として15年、企業の人事に携わってきました。その間に多くの人事セクションの方と接する中で、自社も含め日本の企業人事が悩んでいる様々な課題についての認識を持つに至った次第です。

次回以降5回に分け、これらの課題を現在の環境も踏まえつつどうしたらよいのか本音で考えてみたいと思います。
具体的には、

と各々題して話を進める予定です。飽くまで今考えている仮題ですので、変更あり得べしという点をお含み置き下さい。企業人事の方々、更には管理職の皆さんのご参考になれば幸いです。

著書の紹介

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渡部昭彦

東京大学卒業後、日本長期信用銀行入行。支店業務、中央官庁出向、国際金融部、本店営業部を経て、94年から2000年まで人事部に勤務。その後、日本興業銀行を経て、セブン-イレブン・ジャパン、楽天グループで人事責任者を歴任。その後ヒューマン・アソシエイツ・ホールディングス(現MBK Wellness Holdings)代表に就任、2022年10月よりMBK Wellness Holdingsで顧問を務める。明治大学専門職大学院兼任講師。著書に『失敗しない銀行員の転職』「銀行員の転職力」(日本実業出版社)、『日本の人事は社風で決る』(ダイヤモンド社)がある。

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