本連載では目標管理と人事評価について、牛久保潔氏にストーリー形式で数回にわたり解説してもらいます。ワインバーを舞台に、新任最年少課長に抜擢された主人公の涼本未良と共に目標管理と人事評価について分かりやすく学べます。
登場人物
あらすじ
突然最年少女性課長に抜擢された未良は、栗村マスターによるバーでの勉強会で目標管理と人事評価の基礎を学び始めた。
以前立てた目標達成計画を例に、成果をどのように具体的に評価に落とし込むかを見ていく。
今までのお話を読む
第1回「そもそも人事評価とは? 新任最年少課長が挑む目標管理の基本」
第2回「目標管理評価制度の基本と運用ポイントとは? 新組織スタートで揺れる営業二課」
第3回「目標達成計画の作り方とは? 焦る心と家族の温かさ」
第4回「目標から目標達成計画をどう落とし込む? バーのリモートオフィス化計画を例に詳しく解説」
第5回「目標達成計画の難易度はどう設定する? 質問会でこれまでの疑問を解決」
第6回「OKRとは? 実際に目標達成計画を立てるため、質問会は続く」
第7回「目標達成計画に基づく仕事結果をどう評価するか いよいよ職場で実践」
上下するキャリア
引き続きワインバーでの勉強会は続く。
「評価の時、大項目を一つずつ見ていくっていうのは、絶対評価をするってことですよね?」
未良が聞いた。
「そうなりますね。ただ、人数が多くいれば、二次評価、三次評価と進むでしょうから、その時には相対評価になるのが自然でしょう」
「なるほど、その相対評価をする時は、グレードとか等級ごとに行うんですか」
「会社の規模にもよりますが、二次評価あたりまでは部程度の大きさの組織ごとに行い、三次評価くらいになると、事業部や全社横串でグレードごとに見るという会社が多いと思います。でもこれまでお話したような、難易度の設定が正しく行われているなら、グレードや等級に関係なく、全員をまとめて点数順に並べ、上から何%はA、何%はBなどと評語を付与することも可能です」
「それならすごく分かり易い評価になりますね」
「そうですね。……目標管理評価制度を標準的に運用するなら、年功ではなく成果によって評価が決まることになりますから、特にこれまで年功を重視してきた会社などでは、評価結果により処遇が上下する可能性が高くなります。なので事前に、例えば、『従来うちは、年功序列だとか、評価が不透明だなんて言われてきたけど、これからは成果に応じた評価となり、そのためキャリアも上下しながら進んでいく』などということを理解してもらうことが大切です」
「何回か評価を繰り返せば、そういう理解も深まっていきますよね?」
丹羽が聞いた。
「……もちろんそういう面もあるけど、評価って、言い換えれば、会社からの『こう働いて欲しい』とか、『こういう価値観を尊重します』っていうメッセージでもあるので、事前トレーニングなどの中で、評価制度の土台となる思いなんかも含めてしっかり理解してもらう必要があるだろうね。特に、これまで降格をほとんどしてこなかったような会社では、今後は降格があり得ると頭ではわかっていても、自分がその立場になったら、そうそう納得できるものではないからね。降格した社員に辞めてもらってもいいと思ってるなら別だけど、グレードと不釣り合いのために降格しただけで、『下のグレード相当の処遇と実績で頑張ってくれるならそれでいい』とか、『奮起してまた昇格して欲しい』と思うなら、そうした思いを事前トレーニング等でしっかり伝えておかないと、不平不満が巻き起こり、その社員を失ってしまう可能性もでてくるよ」
「実績に基づいて適正に評価しようとすると、どうしても厳しい面も必要なんですね」
未良が聞いた。
「はい、だからこそ、事前にしっかり理解しておいてもらいたいと思います」
「目標管理評価制度は導入しても、信賞必罰は避けるというか、あまり差をつけないこともできるんですか」
「もちろん、処遇の差を小さくすることは可能ですが、導入前に比べて差を小さくするっていう例は少ないでしょうね」
「なるほど……」
「じゃあ、ここで、前に図17で作った目標達成計画を例に考えていきましょう」
「これは、図17で作った目標達成計画の右側に評価欄を赤字で足したもので、細かくなっちゃうので大項目二つ分だけ記してあります」
「ありがとうございます」
「以前にもお話したように、まず本人に自己評価させるのがいいでしょう。これは必須ではないですが、納得感ややりがい、達成感を得てもらうためにも、リカバリー策を作るにも、育成のためにも有効です。図17では、2カ月後に目標を再設定するということにしていましたが、ここでは結局、目標の再設定はなかったという前提で考えてみましょう」
「はーい」
「……もともと一つ目の大項目である『調査の実施』は、難易度がプラス1に設定されていたので、図21の難易度達成度表より、C評価の場合、点数が110点になります。さらにこの作業(大項目)に割くウェイトを60とすると、これに100分の60をかけて、評価点は66点となります。次に二つ目の大項目の『ビジネスモデルの検討』については、もともと難易度がマイナス1に設定されていたので、同じく図21の難易度達成度表より、C評価の場合、点数が90点になります。さらにこの作業(大項目)に割くウェイトを40とすると、これに100分の40をかけて、評価点は36点となります」
「はい……」
「ここでは大項目を二つだけにして計算していますが、この場合、個人成果合計評価点は、102点となります」
「この102点というのは、どのようなレベルと考えればいいでしょうか」
未良が聞いた。
「ううん、いい質問ですね。今お話している考え方では、自分のグレードに該当するような難易度の業務を実施して、目標達成となれば、その大項目について、100点と設定してあります。今回の場合、一つ目の大項目については、ちょうど目標を達成することができたのですが、この部分、もともとの難易度がプラス1と設定されていたために、評価点が110点となり、それにウェイトの60をかけ合わせると、評価点が66点になったということです」
「……ここらへんの計算は実際には、システムに任せちゃうことが多いと思うので、あまり負担に思わなくていいですよ。それに繰り返すうちに慣れてきて、理解できるようになりますから……。では、美宇さんの経験者採用を題材に作った図13でも同じことをしてみましょう」
栗村がゆっくり微笑んだ。
「ここで、大項目の『人材紹介会社からの応募者を30人集める』というのは、グレード相当の難易度という設定になっていました。つまり図21で言うと、真ん中の行を横に見ていくことになります。この大項目の評価としてはBでしたから、目標達成度はB、項目別評価点は110点になります。次にこの110点を実現するために必要なウェイトは、20に設定されていますので、それを掛け合わせると、この大項目の項目別最終評価は22点ということになります。同じように二つ目、三つ目、四つ目の大項目についても計算していくと、それぞれ27点、27点、20点となり、四項目の合計は、96点ということになります」
「ああ、ややこしいけど、自分の業務の例だと少しわかる気がします~!」
美宇が嬉しそうに言った。
「……さっき、信賞必罰の度合いは変えられますよって、お話しましたが、ここで難易度達成度表を見てもらうと、標準(目標達成)を100点として、最大値140、最小値60となっていますね」
「そうですね……」
「ここで、この幅をもっと広げて差を大きくすれば、信賞必罰の度合いを広げることができます。また、最終の評語まで何も変えずにいて、それを賞与等に反映する計算式だけを変えるなんて方法も考えられます。どちらにしても、実際にどの程度の幅にするかは、過去の評価履歴なども確認しながらシミュレーションするといいでしょう」
「シミュレーション……?」
「ええ、やはりこれまでの評価方法で高評価だった人や低評価だった人がどの程度の評価になるか確認しておきたいですからね」
「たしかにそうですね……」
「それがわかった方が人事としても、どの程度厳しくなったのか、イメージし易いですね」
美宇が納得して言った。
目標達成計画を公開する
「みなさんが作ってくれた目標達成計画を課内で誰もが見られるようにしようと思います」
営業二課の会議で、未良が課員を見渡して言った。
「何だそれ? 何も聞いてないぞ」
土井が眉間にしわを寄せた。
「はい、今初めてお話しています」
「……先輩や同期が目標に向けてどのような計画を作っているか、どういう工夫をしているかを知ることは、とても参考になると思うんです」
「そんなこと、一緒に営業活動をすればわかるし、質問されればいつでも教えるぞ。自分から学ぼうとする気のない奴に共有する意味がわからない!」
土井が言った。
「おっしゃる通り、前向きでない人には何をやっても駄目かもしれませんが、ここにいる人はみんなやる気があると思っています。でもこのところ、リモートワークが増えて、そうしたことを伝えるようなチャンスが減ってる気がします。それに土井さんのやり方を三人に一回ずつ伝えるなら、みんなに共有していただく方が効率もいいと思います。今度の組織改編で今まで若手の教育係をしていただいていた田島さんや宝田さんも、ご自身のお仕事が忙しくなって、個別に教えているお時間はないはずです。でも、そういう方々の目標達成計画を自由に見られるなら、参考にも教育にもなると思うんです。……あっ、もちろん、評価については非公開です。みんなから見えるようにするのは、あくまで目標達成計画のみです。私はこのところ、個別に目標達成計画の出来上がった方から、ミーティングの場をセットしてもらって、目標達成計画の説明を聞いていますが、みなさん、たくさんの工夫や努力を入れ込んだ計画を作っていらっしゃいます。この内容を聞くのが私だけではもったいないと感じています。ぜひ共有して、プラスに活かして欲しいと思います」
未良は練習しておいたことを一気に話した。
「……面白そうじゃないですか! リスクはないし、やって駄目ならやめればいいんだから、まずはやってみましょうよ!」
宝田がみんなを見回した。
「ボクもいいと思います」
「私も思います」
同期の馬場と堀越が言った。
「……じゃあ、おれは課長様のを参考にするか」
田島がかすかな笑みを浮かべ、面倒くさそうに言った。
「……ありがとうございます」
未良が見回して頭を下げた。
「未良、目標達成計画を作らせて、課内で公開するんだって?」
丹羽が廊下ですれ違った未良に聞いた。
「さすが、地獄耳! 早いね!」
「俺はすごくいいと思うよ! ただそれ以上に、田島さんとか土井さんを納得させたのがすごいと思う! 嫌がらせがあってもそのまま頑張れ!」
「ありがとう! ……実績のない私が言うことだから、みんな不安にもなるし、頭にも来ると思うけど、何もしなければ、私必ずつぶれると思うし、やれるだけやってみようと思って……。栗村さんが言ってた、『目標管理評価制度って、目標管理とか、評価だけじゃなくて、上司と部下のコミュニケーションツールでもある』っていう意味が少しわかって気がして、私、これにかけてみようって思ってるの……」
「上から目線で言うつもりはないけど、未良、何だか成長した気がする! 表情が輝いてるもん。応援してるぞ!」
「ありがとう!」
「暫く勉強会続けような」
「大賛成! 嬉しいな……」
「ねぇ、ところで勉強会と言えば、……あの~、……由貴さんって、俺のこと何か言ってた?」
「……う~ん、話題になったことはないな……」
「そうか……」
「あっ、『あの、セミフレッド、全部食べたのか』とは言ってたな」
「それって、怒ってたの? それともいい印象?」
「そんなの、知らな~い! 自分で聞いたら~?」
未良は呆れ顔で言うと笑顔で去って行った。
夕方、ワインバー。
「リモートワークの人が増えた分、社内でより多くの雑務を引き受けてくれてる人をどう評価したらいいですか?」
未良が聞いた。
「そういう不満は多いですか?」
「そうですね。他の課でも増えてるみたいです」
「それって、『女性の働き易い職場』と謳ってる会社ほど、小さな子供のいる社員が時短とか急な休みを利用する分、子供のいない人や独身の人に大きなしわ寄せがいっている現象と似てますね」
栗村がゆっくりした口調で言った。
「そうかもしれません。やはり社内には多くの雑務がありますから……」
「これって確か、前にまとめて質問をもらった時、評価の中でお話しましょうと言ってた件ですね?」
「そうなんです。実は私の課にいろいろな年齢の人がいて、どうしても若手の人に雑務のしわ寄せが行きやすい環境だって感じてるんです」
「お、いろいろ考えてあげてますね」
「いえいえ……」
未良が照れ笑いを見せた。
「これまで、その社員のグレードに合っているレベルの業務であることを前提に、目標に対する達成度合いを『目標達成=100点』として話をしてきました。でも実際には、今話してくれた、社内にいてより多くの雑務を引き受ける例もそうですが、アサインされた業務目標には直接関係のない業務が多くあります。これらを部門ごとにリストアップして、点数化し評価に組み入れることもできなくはないですが、類型化が難しく大きな手間がかかる割に得るものが少なく感じます。こういうものについては、評価の際、上司にある程度の幅で自由に加点できるルールにして対応するというのが、一番やり易い方法だと思います。これは、雑務に限らず、目標アサインをし直すほどではない、軽微な目標の変更などにも利用できます」
「軽微な目標の変更……?」
「そうです、例えば新製品が急遽発売になったから、『残り二ヶ月間、この商品の営業にも少し力を入れましょう』なんていうような場合ですね」
「たしかに加点なら臨機応変に使えそうですね」
「加点だけじゃなく、反対に、例えば日報や週報をきちんと出さないとか、他の人に迷惑をかけたなどの出来事があった時に、数点を減点するということもいいでしょう。私個人の感覚としては、『目標達成=100点』を前提とした場合、プラスもマイナスも、合計で3~5点程度までではないでしょうか。ただ課員に恣意的な評価だと思われないためには、メニュー化できるものはしておくことをお勧めします」
「そうなれば評価の透明性が高まりますね!」
未良が笑顔で言った。
「そう思います。やはり部下にとって評価の透明性って大切だと感じます。離職理由を見ていると、評価の不透明さを理由にしている人は結構いますから……。それからさっき少しお話した小さなお子さんがいる人同士が助け合う場合などは、課をまたいで仕事を依頼するケースも多いでしょう。そうなると、上司には見え難くなりますから、作業を依頼し合った時間を管理できるようにしたり、評価の仕組みの中に、所属する組織に関係なく、他の人にお礼のポイントを贈れるようにして評価に加点したり、これは少し大きな話になりますが、もともと360度評価にしておく手もありますね」
「うちの会社では、リモートワークする人が増えて、主に若手が社内に残されて雑務を押し付けられています。評価の時に加点をしても、社内に残る人に、しわ寄せがいくこと自体には変わりがないように思います。何かいい手はないでしょうか」
由貴が言った。
「……ううん、これは評価とは別の話になってしまいますが、雑務をリスト化して手当として支払う方法もありますし、もしそうやってコストを増やすことは厳しいということであれば、リモートワークを会社からの指示ではなく、希望制にして予め給与を少し低く設定するという方法も考えられますね。つまり、『リモートワークの場合、雑務から解放される分、給料は数%下がりますが、希望者は申し出てください』というような感じにするんです。そうすれば、給与が下がるのを承知で自分から応募するということになりますので、不公平感が減るものと思いますし、そこで浮いた金額を社内で雑務を引き受ける人に支払うこともできるでしょう」
「なるほど、たしかにそうですね……」
「ただ、これをする場合、すでにリモートワークを行っている人の仕事内容を変えずに給与を下げるのは、労務管理上のリスクが大きいので、いったん現状のリモートワークを中止する形で社内に戻し、その上で行う方がいいと思います。……それから、思い切ってリモートワークを増やして、借りてるオフィスを縮小なんてできればそうしたコストも捻出し易くなるでしょうね!」
「たしかにそうですね、ありがとうございます!」 由貴が納得した笑顔で言った。