2024年以降、労働市場改革が急速に進む見通しです。
2023年5月16日開催の第18回新しい資本主義実現会議において、今後の日本における新しい雇用システムの方向性を盛り込んだ「三位一体の労働改革の指針」が公表されたことは記憶に新しいと思いますが、これに基づきすでにあらゆる施策が検討段階に入っています。
日本経済のさらなる成長を実現すべく打ち出された本改革の方向性は、企業側に変革を求めるものでもあります。 時代の波に乗り遅れることのないよう、これからの日本企業に求められる基本方針を正しくおさえておくことが肝心です。(文:丸山博美社会保険労務士、編集:日本人材ニュース編集部)
「三位一体の労働市場改革」とは?
人口減少による労働供給制約がより一層深刻さを増す中、日本企業はまさに転換期を迎えています。
戦後から続く従来型の雇用システムに安住した結果、日本では「賃金水準の低迷」や「労働者の働くことに対する受け身姿勢」等の数々の課題が浮き彫りとなりました。今や、名目GDPこそ世界第3位の経済大国とされる一方、国際的競争力は低下の一途を辿る現実があります。
国際社会におけるこうした厳しい現状に加え、人口減少による働き手不足は、待ったなしに進んでいることも忘れてはなりません。
今後、早期に国際的競争力及び労働生産性の向上に注力しなければ、日本経済は衰退の一途を辿ることになるでしょう。 こうした状況を打開すべく、今、雇用システムの変革が急務とされているのです。
三位一体の労働市場改革 3つの重要視点
「三位一体の労働市場改革」では、人への投資への未対応、諸外国との賃金格差拡大、世界的に遅れをとる人材獲得競争等の諸課題に対応すべく3つの改革の柱を打ち出し、三位一体で進めていく方針が示されました。
① リ・スキリングによる能力向上支援
② 個々の企業の実態に応じた職務給の導入
③ 成長分野への労働移動の円滑化
これら3つを柱として、以下の目標達成が目指されます。
○構造的賃上げを通じ、同じ職務であるにもかかわらず、日本企業と外国企業の間に存在する賃金格差を、国ごとの経済事情の差を勘案しつつ、縮小することを目指す。あわせて、性別、年齢等による賃金格差の解消を目指す。
○内部労働市場と外部労働市場の形成とそのシームレスな接続により、転職により賃金が増加する者の割合が減少する者の割合を上回ることを目指す。
○官民でこれらの進捗状況を確認しつつ、改革の取組を進める。 本稿では、「リ・スキリング」「職務給」「労働力移動」の3つの改革の柱に関連して、企業の人事戦略上、特に重要となるポイントを2点確認しておきましょう。
ポイント① 企業が強化すべき「人への投資」
日本企業の人への投資(OJTを除く)は、2010年から2014年に対GDP比で0.1%にとどまり、米国(2.08%)やフランス(1.78%)などの先進諸国に比べても低い水準となっています。加えて、こうした数字は近年、更に低下傾向にあります。
もっとも、日本企業の中には依然として「勤務年数や年齢が高くなるほど経験やスキルやノウハウが蓄積される」という考え方を基本とする年功賃金制を採用する現場も少なくありません。
こうした雇用システムにおいて、企業は人に十分な投資を行わず、労働者側もまた十分な自己啓発を行うことなく、職業人生を全うするケースが多く見受けられます。
しかしながら、GXやDXなどの新たな潮流に伴う労働需要の変化、人生100年時代における就労期間の長期化の一方で産業の勃興・衰退サイクルの短期間化が進む中では、人への投資を充実した企業こそ優秀な人材を惹きつけることが可能であり、さらに人が定着するといった事実はすでに諸外国が示すデータから明らかとなっています。
従来型の雇用システムは、必ずしも、これからの時代に即したものとは言えません。優秀な人材の獲得・定着のために、これまで以上に「人への投資を強化」することで、企業価値を高めていく必要があるのではないでしょうか。
「三位一体の労働市場改革」においては、「人への投資」施策パッケージのフォローアップと施策見直し、及び雇用調整助成金について、休業よりも教育訓練による雇用調整を選択しやすくなるよう助成率等の見直しを行う等の検討が予定されています。
ポイント② これからの日本企業に求められる、客観性・透明性の高い評価制度、賃金体系
従来型の雇用システムにおける評価制度では、「勤続年数に応じた功労や功績」が重視される傾向にあります。こうした評価制度は帰属意識の向上に寄与してきたものと評価される一方、「職務やこれに要求されるスキルの基準が不明瞭である」「評価・賃金の客観性と透明性が十分確保されていない」「個人の努力が評価や賃金に反映されにくい」といった問題点もあります。
「三位一体の労働市場改革」の元、労働生産性向上や国際的競争力の強化を目指す上で求められるのは、働く人のキャリア形成と最大限の能力の発揮です。これを実現するために、企業においては、労働者各人の努力や能力が適正に評価・賃金に反映される制度の構築、及びリ・スキリングの後押しに尽力すべきだと考えられています。
賃金制度に関しては、今後、「職務給(ジョブ型人事)」の導入が促進されます。「職務給」とは、職務の内容や責任の度合いに応じた賃金制度です。いわゆる成果主義的な側面が色濃く、労働者各人のキャリア形成に向けた努力が処遇に直結しやすい点に特徴があります。ひと口に「職務給」といってもその取り組みには多様なケースがあり、企業実態に合った導入が目指されます。政府は、個々の企業が制度の導入を行うために参考となる導入事例を公開し、企業における取り組みを後押しします。
「三位一体の労働市場改革」を現場レベルに落とし込むための第一歩とは
今回でご紹介した「三位一体の労働市場改革の指針」に則り、2024年はいよいよ改革に向けて具体的な施策が打ち出されていきます。
こうした流れに乗るために、企業において必要なことは、経営陣を中心とした「意識改革」と「体質改善」です。
簡潔に言えば「従来の当たり前を見つめ直し、時代に即した取り組みに目を向けること」であり、容易なことではありませんが、新たな雇用システムを採用する上ではこうした姿勢が不可欠です。
まずは指針を読み込むことで労働市場改革の方向性を十分に理解し、今後の円滑な企業対応へとつなげていきましょう。
丸山博美(社会保険労務士)
社会保険労務士、東京新宿の社労士事務所 HM人事労務コンサルティング代表/小さな会社のパートナーとして、労働・社会保険関係手続きや就業規則作成、労務相談、トラブル対応等に日々尽力。女性社労士ならではのきめ細やかかつ丁寧な対応で、現場の「困った!」へのスムーズな解決を実現する。
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