事業戦略を実現できる人材をスピーディーに確保していくことを目指す企業では、ジョブ型人事制度を導入して職務内容に合致する人材を採用・配置したり、社員の主体的なスキルアップやキャリア形成の支援に力を入れている。(取材・執筆・編集:日本人材ニュース編集部)

事業戦略に合わせて必要な人材を確保
近年、ジョブ型人事制度の導入が大手企業を中心に進んでいる。政府は、富士通、KDDI、三菱UFJ信託銀行など、ジョブ型人事を導入している20社を先行事例として整理し、2024年8月に「ジョブ型人事指針」を公表している。
その中で、「従来の制度では、①最先端の知見を有する人材など専門性を有する人材が採用しにくい、②若手を適材適所の観点から抜てきしにくい、③日本以外の国ではジョブ型人事が一般的となっているため社内に人材をリテインすることが困難―との危機感が日本企業から提示されている」とし、「職務(ジョブ)ごとに要求されるスキルを明らかにすることで、労働者が自分の意思でリ・スキリングを行え、職務を選択できる制度に移行していくことが重要」と述べている。
事業環境の変化、とりわけデジタル技術の急速な発展は産業構造の転換を促し、事業戦略に合わせて組織を変えて必要な人材を確保するという事業ポートフォリオと人材ポートフォリオをスピーディーに一致させていくことが求められている。
多岐にわたるデジタル技術が人事や組織に与える影響について、人事経済学が専門の大湾秀雄早稲田大学教授は、①既存スキルの陳腐化で、経験が蓄積されても生産性が上がらない、②コミュニケーションコストの低下は組織の上下層間での情報統合・伝達のコストを下げ、集権化を促す。従業員間の情報共有も加わり分権化につながる、③適材適所の重要性が一層高まる。組織内外での人材流動化も重なり、賃金格差の拡大をもたらす、④生産性カーブのフラット化は年功的賃金が多くの企業で維持できないことを意味する。モチベーション維持のため短期インセンティブを強める必要が高まる―の4つを挙げる。これらは職の設計や評価制度の在り方にも影響を及ぼしつつあり、その中心がジョブ型雇用への動きだと指摘する。
ジョブ型と称する制度を導入する企業では、具体的な内容や導入プロセスにはさまざまなパターンがあるものの、職務内容と報酬を明確にして合致するスキルを持つ人材を採用・配置していく点は多くの企業で共通している。
企業人事の実情に詳しい人事コンサルティング会社セレクションアンドバリエーションの平康慶浩代表は、ジョブ型人事を導入する企業の狙いについて、「依然として人事制度を年功的に運用している企業では、ジョブ型に移行することで職務内容と報酬を一致させて人件費の適正化を図りたいという考えが強いのは言うまでもありません。しかしジョブ型に取り組む企業が増えている背景として大きいのは、現在の人事制度のままで競争を勝ち抜くための人材を確保できないという危機感の高まりです。デジタル人材などを外部から獲得する必要性が高まる中、労働市場と向き合うことが求められているのです」と説明する。
より専門性の高い人材を採用・育成、評価
人材獲得競争は激しく、今後の成長が期待される新産業・技術分野に関わる専門人材を奪い合う状況となっている。そのため、より専門性の高い人材の採用・育成し、評価していくことを目指す企業ではジョブ型人事への移行が進んでいる。
大手人材紹介会社ジェイ エイシー リクルートメントが実施した調査によると、従業員数1000人以上の企業では36.0%がジョブ型雇用を「すでに導入」、32.5%が「導入を検討」と回答。導入理由には「戦略的に人材を採用したいから」(44.4%)、「従業員のスキルや専門力を高めたいから」(43.4%)、「より成果に即した評価をしたいから」(41.8%)などを挙げた企業が多い。
●ジョブ型雇用導入理由(複数回答)

例えば、三井住友カードは2021年に従来のメンバーシップ型の人事制度を抜本的に改定し、年功序列の廃止、スペシャリストとしてのキャリア形成が可能な制度設計など、ジョブ型の要素を一部取り入れた人事制度へ改定していたが、より専門性の高い人材の採用・育成と活用を目的として、2025年10月から特定分野における専門人材を対象にした「ジョブ型人事制度」を新たに導入している。
制度のポイントは、①専門スキルの発揮と伸長に専心できる制度(ジョブの変更を伴う異動がない/各ジョブに求められるスキルレベルの充足度と、該当ジョブスキルを活用した成果を評価)、②労働流動性を前提とした制度(各ジョブとジョブのスキルレベルに応じて市場価値を反映した処遇を設定/退職金や年金制度は適用しない)、③成果に応じたメリハリのある処遇制度(賞与は成果に応じて変動幅を大きく設定/定期昇給は原則なし、スキルの伸長と組織ニーズをもとに役割期待の変更により昇給)――とし、長期雇用を前提とした従来の日本型人事制度とは一線を画し、市場価値に連動した評価・処遇を実現し、健全な労働流動性を担保する設計と説明している。
求められるスキルや職責を明確にし、社内公募で異動
ジョブ型人事を導入している企業では、ジョブディスクリプション(職務記述書)によって求められるスキルや果たすべき職責が明確になる。年功的賃金となりやすい職能等級制度と違い、職責が変わらなければ原則として賃金が上がることはない。
大日本印刷は、管理職もしくは専門職を目指すのかを自律的に選択してもらう「複線型キャリア制度」を2021年から開始。職務・職位に応じた等級格付で処遇し、これまでよりも若手の抜擢につながりやすい仕組みを導入している。
また、積水化学工業は、2022年に年功的運用の職能資格制度から「役割軸のグレード制度」へ移行。積み上げてきた価値を評価するのではなく、現在価値を評価して毎年挑戦している社員に報いる仕組みに転換している。ポストに求められている役割を見える化し、日頃のマネジメント行動を客観的・定量的に計測するため多面観察も導入した。
大手ITメーカーはジョブ型人事制度の導入後、年功的な昇給・昇進を廃止して、社内公募による異動を大幅に拡充した。ただし目指すポジションに応募しても職責にふさわしいスキルを身につけていなければ異動できず、応募する社員が複数いればハードルも高くなる。
大手商社のHRBPからは「部門間で比較すると自部門の社員のエンゲージメントが低い。優秀なメンバーに魅力的な仕事を提示できないと、社内公募に手を挙げて別の部門に移ってしまうのではないかという危機感を持っている」との声もあり、社内でも人材争奪戦が起こっている。
大手小売業の企業は社内異動のほぼ100%が会社都合だったが、50%を公募制にすることを目標に掲げている。そのため社内にどんな職種があるかを可視化するためにジョブディスクリプションを準備し、部門を紹介することからスタートした。人事担当者は「以前は入社すると店長になるのが夢だったが、店長以外にも商品開発やマーケティングなど100以上の職種がある。必ずしも店長だけがキャリアパスのゴールではないことを示し、いろんな職種にチャレンジしてほしいと思っている」と語る。
●人事制度(ジョブ型人事の骨格)上の施策一覧

会社主導ではなく、主体的なキャリア形成を促す
ジョブ型人事への移行は、能力開発にも新たなニーズを生じさせている。これまで培ったスキルや経験だけでは成果を上げることが難しくなる一方、必要とされるスキルを獲得すれば働き方の選択肢を広げられる。報酬アップやキャリアアップを目指したいのであれば、上位の職務にふさわしいスキルの獲得が必須となる。
社員が自らキャリアを獲得する「キャリア自律」の意識を醸成し、研修も従来の年次別・階層別から、担当する職務やスキルレベル応じた選択型にし、メニューも豊富に揃える企業が増えている。
ソフトバンクグループでは、階層別研修と呼べるものは新入社員研修、入社3年目のフォローアップ研修、新任課長研修ぐらいで、それ以外は自分が目指すキャリアを軸に本人が選択する。内容は大きくビジネススキルとテック系の2つに分かれるが、近年はAIやネットワーク、セキュリティ研修などハイテクスキルに注力している。また、AIエンジニア向けのAI研修の一部を切り出し「AIキャンパス」という名で全社員向けの「AI基礎eラーニング」を2020年に開講。2022年度からはAIを業務で活用する研修も実施している。
大手メーカーはジョブ型人事制度導入後、社員が目指すポジションに求められるスキルを学習するためのポータルサイトも活用している。同社の人事担当者は「ポータルサイトにはレコメンド機能があり、例えば営業職の場合、一つ上の職務等級を目指したいと入力すると、必要な教育内容をアドバイスしてくれる。あくまできっかけづくりではあるが、自分に何が足りないかに気づく効果もある。また、まったく別の職種へのポスティングを考えている人は必要なスキルと学習メニューを提示してくれる。これを利用することによってキャリアを自律的に考えることを期待している」と語る。
ジョブ型人事に移行した大手食品メーカーの人事担当役員は「以前は入社年次別の研修を実施していたが、研修中に寝ている社員もあれば終了後の飲み会だけを楽しみに参加している社員もいる。これでは研修効果は何も見出せず無駄ということで、本当に学びたい人間だけ受講する選択型研修を増やした」と語る。
事業責任者のパートナーとなるHRBPの役割
ジョブ型人事によって、人事部門の役割にも変化が求められている。各事業領域に入り込み、事業責任者のパートナーとして、どのように必要とする人材を確保していくのかをリードしていくことも必要になってくる。そうした人事機能の一つとして注目され、導入する企業が出てきているのがHRBP(HRビジネスパートナー)だ。
人材アセスメントやリーダーシップ開発を支援するマネジメントサービスセンターの福田俊夫常務取締役は、「DXが加速し、ビジネスのあらゆる場面でスピードが要求されています。人事部に期待されているのは“受動/反応型”から“先見型”への転換だと思います。グローバルで活用されている優れた手法の導入や人事業務のデジタル化も一層進めていく必要があります。ジョブ型が進むなかで、事業戦略に貢献するHRBPの役割がさらに重要になるでしょう」と話す。
人材の流動化がますます進むと予想される中、人材をいかに確保していくかが企業の大きな課題となっている。事業戦略を実現するために必要な人材が魅力を感じる制度や働く環境の整備、評価や能力開発の仕組みづくりが急務となっている。




