バイリンガル人材を採用ターゲットとする国内の外資系企業の採用環境が厳しさを増している。日本に進出する外資系企業の増加に加え、海外に目を向け始めた日系企業ともバイリンガル人材を奪い合う状況だ。さらに今年に入ってからはインバウンド需要の急拡大が人材確保を難しくしている。(文・日本人材ニュース編集部)
事業拡大に向けた積極的な投資で人材需要が急増
国内の外資系企業の業績が好調だ。経済産業省が4月に発表した外資系企業動向調査によると、外資系企業の2013年度の売上高は前年度比12.5%増の46.2兆円、経常利益は同43.0%増の3.1兆円と大きく伸びた。また、設備投資額は同42.3%増の9995億円、従業員数は同14.1%増の61万人となり、事業拡大に向けた積極的な投資が行われている。今後1年間の雇用見通しも34.3%の企業が増員を予定するなど採用意欲が高まっている。
こうした外資系企業の最近の動向について、人材サービス会社マンパワーグループの池田匡弥社長は、「日本の内需への期待が外資系企業の人材需要の拡大につながっています。守りから攻めに転じている企業では新規事業開発やM&A、営業・サプライチェーンの体制強化、日系企業への資本参加やアライアンスで進出してくるなどの動きが見られます」と解説する。
国内の外資系企業数は、14年3月末で3151社。リーマン・ショック以前の約2倍となっている。政府は戦略特区の優遇措置などで2020年までに対日直接投資倍増を打ち出しており、外資系企業を積極的に呼び込む考えだ。また、規制緩和で国内企業の輸出や海外からの輸入も増加するとみられ、あらゆる産業でグローバル化が進行すればバイリンガル人材がさらに必要とされることは明白で人材確保はますます難しくなる。
外資系企業の事業拡大や採用意欲は高い
●日本での今後の事業展開
●今後1年間の雇用見通し
インバウンド需要の急拡大で人材確保が追いつかず
東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに訪日外国人観光客2000万人を掲げる政府の方針も人材不足を加速させている。中国や東南アジアからの観光客が至る所で日本製品を買いまくる“爆買い”が日本人を驚かせている。
免税小売店の新規出店や売り場面積の拡張などが相次ぎ、多言語対応が可能な販売員や商品説明のためのコールセンターなどのニーズが伸びている。インバウンド需要の急速な拡大で人材確保が追いつかない状態となり、育成を前提とした外国人留学生の採用も活発になっている。
日本人の海外留学生に対するニーズも高まる一方だ。人材サービス会社のディスコが日本人海外留学生のために米国で毎年開催している「ボストンキャリアフォーラム」に出展する企業数は年々増加し、2013年には200社を超えた。出展企業の業種や規模も、これまで中心だった大手企業やメーカー、外資系企業からサービス・販売、中堅企業、ベンチャー企業へと拡大し、採用競争が激しくなっている。
外資系企業の採用の実情についてホワイトカラーの人材紹介会社ジェイ エイ シー リクルートメントの松園健社長は次のように話す。「外資系企業の求人は増加が続いています。業界別では自動車、IT、ヘルスケアなどが日本における事業強化や新規進出のために特に採用意欲が高い。今年に入ってからはインバウンド需要の拡大でサービス・レジャー分野の人材不足も顕著になり、バイリンガルの採用は一層競争が激しくなっています」
「給与の高さ」と「英語力の低さ」が採用の悩み
●日本人の人材を確保する上での阻害要因
海外に目を向け始めた日系企業とバイリンガル人材を奪い合う状況
さらに、外資系企業の人材採用を難しくしている理由の一つが、海外に目を向け始めた日系企業によるバイリンガル人材の採用数の増加だ。「語学力と専門性を兼ね備えた人材の採用は、外資系企業だけでなくグローバル事業を強化している日系企業とも競合するようになっています。そのため各社とも求人を十分に満たすことができていません」(松園氏)。
海外売上高比率が50%以上を占める日系企業の比率(2015年時点、JETRO調べ)は、情報通信機械・電子部品で27.9%、輸送機器で25.2%、商社・卸売で20.9%、一般機械で20.0%と2割を超える。今後3年程度で海外売上比率が拡大すると見込む企業の比率は製造業で54.7%、非製造業で39.3%となり、特に化学(68.8%)、輸送機器(65.0%)、一般機械(61.2%)の業界では6割超の企業で海外売上比率が拡大するとしており、急速なグローバル化が予想される。
グローバル化で企業が直面している課題は「本社でのグローバル人材育成が海外事業展開のスピードに追いついていない」「経営幹部層におけるグローバルに活躍できる人材不足」「海外拠点の幹部層の確保・定着」「世界中の拠点から人材の選抜・配置・異動によるグローバル最適の人材配置」など(経団連調べ)で、そのほとんどが人材の採用と育成に関連する悩みだ。
こうした課題は、海外展開のフェーズや進出国・地域によって異なってくる。現地での販売を強化する大手企業では、海外拠点の幹部を日本人から現地のマーケットの事情に詳しい現地人材に置き換えるなどローカライズした組織作りを進めている。
一方、これから海外進出するような準大手・中堅企業では、まずは進出国で事業を構築できる日本人を採用して拠点作りを展開する。海外との取り引きにかかわる人材の確保は日系企業の採用における優先課題であり、外資系企業との争奪戦ともいえる状況が続いている。
日本オフィスの地位低下が採用をさらに難しくする
外資系企業が日本人の人材を確保する上での阻害要因(複数回答、上位三つ)は、1位が「給与等報酬水準の高さ」(56.6%)、2位が「英語でのビジネスコミュニケーションの困難性」(52.9%)で、この二つが過半数を超える最大の悩みだ。3位以下には、「労働市場の流動性不足」(31.6%)、「募集・採用コスト」(28.6%)、「法定外福利水準の高さ」(24.8%)などが挙がる(経産省「2014年外資系企業動向調査」)。
給与・報酬水準の問題は、アジア地域における日本の相対的な地位低下によってますます深刻になっている。欧米企業はアジアを成長市場と見ているが、これまで経済規模で最大だった日本から人口2億人超の中国、インド、インドネシアなど今後消費拡大が期待できる地域に注目する。そのため、アジア地域のリージョン機能を東京からシンガポールや上海、香港に置くことが多くなっている。
日本からリージョン機能が失われることで、これまでのように外資系企業の魅力であったポジションや給与水準の高さは期待できなくなり、候補者からみて外資系企業は魅力的ではなくなっているのだ。
外資系人材紹介会社のロバート・ウォルターズ・ジャパンは、2015年の給与・報酬水準について、「バイリンガル人材の不足から、幅広い業界の企業は転職者の給与について平均10%程度引き上げる必要がありそうだ」「人材不足を解消するために言語能力や学歴など応募条件について柔軟に対応したり、異業種の人材を開拓する必要があるだろう。迅速な採用プロセス、また日本人の転職者に対しては、特に昇進のチャンスやトレーニング制度を示すなどすると候補者の獲得につながりやすいだろう」と指摘する。
ダイレクト・リクルーティングを導入して採用コストを減らすことは困難
ダイレクト・リクルーティングに対する採用担当者の関心も高まっている。特に外資系企業では本社から日本の人件費や募集・採用コストの高さを指摘され、導入を指示されるケースが目立ってきているという。ダイレクト・リクルーティングとは、企業が人材会社などを介さずに直接人材を集め、採用することをいう。
具体的には、①採用担当者が候補者を集める②採用担当者が直接候補者にコンタクトして面談に導く③面談して採用する、といった段階を踏む。 面談から採用までは、これまで通り企業が行っていたところだ。違うのは人材会社などが行っていた「候補者集め」と「候補者とのコンタクト」を自社で取り組む点だ。
候補者集めでは、従来からの求人広告の掲載以外にLinkedInなどSNSの活用、社員による候補者紹介制度の確立、採用ホームページの刷新、候補者データベースの構築などがある。これらを活用して人材が必要になったときには、この中から最適な候補者を抽出する。候補者のリストアップが終わったら、次に候補者とのコンタクトだ。メールや電話で連絡を取るが、候補者は転職希望者でないこともあるため慎重に接触して面談を説得する。
求人サイトを利用する場合は、登録者にスカウトメールを出す機能があるのでふさわしい人材がいたならばこれを活用する。この場合は相手が転職希望者であるためコンタクトは容易だ。しかし、他の会社や人材会社も同じデータベースを閲覧して利用できるため他社より早く連絡を取ったり、候補者から返信があるような関心を持たれるスカウトメールを出して面談に導かなければならない。
このようにさまざまな採用テクニックや社内の仕組みづくりが必要なため、これまでのリクルーティング体制では不十分なことが多い。人事担当者がヘッドハンターと同じように人材データベースを365日24時間見ているわけにはいかず、声を掛けた候補者に次々と会ってスクリーニングしていくような時間もない。
アマゾンやオラクルなど一部の大手外資系企業ではダイレクト・リクルーティングに取り組むために十分なリクルーターを採用して活動しているが、人事部門に余力がない企業では同様にはいかないだろう。欧米と違って転職が一般的ではない日本では、ダイレクトリクルーティングを導入してもリクルーティング体制の充実が必要なため短期的には採用コストを減らすことにはつながらない。
より質とスピードを意識したリクルーティング体制へと採用戦略を見直し
確実に必要な人材を採用するためには、人材サービスの活用方法も変える必要がある。例えば人材紹介会社は成功報酬だからといって数十社に求人を出していては時間が無駄になるばかりで必要な人材を採用できない。経験者採用は依然として厳選採用であるため、人材コンサルタントには求人内容や背景、社風やキャリアパスなどを時間をかけて正確に伝える必要がある。
付き合いの浅い人材紹介会社にメールで求人案件を一斉送信しても意図はまったく伝わらない。また、大量採用の場合は、人材紹介会社を一度に集めて説明会を開催するなど工夫が必要だ。採用数の少ない専門性の高い求人を多くの人材紹介会社に依頼すると求人が放置されることもある。成功報酬型の人材紹介会社は紹介に成功しなければ活動コストを回収できないため、紹介可能性が低い求人案件には着手しない。
このような人材紹介会社の仕組みを理解して、包括契約など優先的に人材を探し出してもらえる工夫が必要だ。一般的にヘッドハンティングといわれるリテーナー型のエグゼクティブ・サーチにはコンサルティングによって必要な人材要件を明確化し、広く業界の人材情報を集めて候補者を絞り込むサーチや、採用したい他社人材にアプローチする指名サーチなどがある。
ただし、リテーナーとは着手金を支払う方式でサーチに失敗した場合は着手金は戻らないため、依頼をためらう採用責任者も多い。利用にあたってはコンサルティング方針やサーチの手法をしっかりと確認して信頼できるサーチ会社を選ばなければならない。
バイリンガルに特化した求人サイト、煩雑な採用業務を代行してくれる採用代行(RPO)、プロジェクトにスペシャリストを派遣してくれるサービスなど、外資系企業の採用を支援するための多様なサービスが提供されるようになっている。必要な人材を確保するためには、より質とスピードを意識したリクルーティング体制へと採用戦略を見直さなければならないだろう。最適な採用ツールや人材会社を選択して活用していくことが、これまで以上に重要になる。