外資系企業のバイリンガル人材の採用がますます難しくなっている。外資系企業同士が人材を奪い合っているだけでなく、海外事業を強化する日系企業も海外ビジネスを担える人材を獲得するためにバイリンガルの採用競争力を高めているためだ。(文:日本人材ニュース編集部)
外資系コンサルティング会社の東京オフィス。日本市場で認知度を高めていくためにマーケティング担当者を早急に増員したいが「バイリンガルで専門スキルと経験を持つ人材は奪い合いの状態で、採用できていない」と、マーケティングマネジャーはため息をつく。
日本企業が主要クライアントとなるコンサルタントの採用では英語力はほとんど問われないが、マーケティング担当者には一定水準以上の英語力が求められる。世界の拠点を結んだテレビ会議では英語で発言しなければならないし、東京オフィスのマーケティング部門を統括しているシンガポールとのメールやチャット、報告はすべて英語だからだ。
日系企業の海外M&Aは過去最高水準
外資系企業が必要とするバイリンガルの採用がますます難しくなっている。その理由の一つが、海外事業を強化する日系企業の増加だ。
M&A支援会社レコフの集計によると、今年1~6月の日系企業による海外企業のM&Aは340件で12兆円弱と、同期間として件数、金額ともに過去最高になった。海外に成長機会を求める傾向が幅広い業種に広がり、海外M&Aは増加している。
海外事業を強化する日系企業の課題は「海外ビジネスを担う人材」(55.3%)の確保が最も多く(JETRO調べ)、そのため、中途採用で即戦力人材の獲得を目指す日系企業が多くの求人を出している。人材紹介大手ジェイ エイ シー リクルートメントによれば、同社における日系企業の海外関連求人の成約額は、2012年の7.8億円から2017年の38.6億円へ急増した。
2017年の全成約案件に占める「外資系企業の求人」と「日系企業の海外関連求人」を合わせた割合は59%(うち外資系企業が34%、日系企業が25%)となっている。日系企業の割合は年々高まってきており、外資系企業とバイリンガルの採用で競合するケースが増えている。
日系企業で海外ビジネスを担う人材の中途採用が急増
●日系企業の海外M&A件数
●ジェイ エイ シー リクルートメント 日系企業の海外関連求人成約額
専門スキルを持つバイリンガルの給与水準が上昇
外資系人材紹介会社ロバート・ウォルターズ・ジャパンのジェレミー・サンプソン社長は外資系企業の採用事情について、次のように説明する。
「外資系企業は人材育成に半年や1年を費やすということを避けるため、日本企業に比べて中途採用の割合が多く、若手から中堅のバイリンガルの即戦力を求めるという傾向は変わりません。日本のグローバル企業や革新的な企業も給与水準を見直してバイリンガル採用の競争力を高めているため人材獲得が難しくなっているのです」
同社に寄せられる求人で特に増加しているのは「自動車や化学業界のエンジニア(電気自動車で使用する充電器の技術者など)」「AI・IoT・自動運転などの先進技術領域に携わるエンジニア、データサイエンティスト」「大手企業のサービス開発や事業変革を支援するコンサルタント」「人事ビジネスパートナー」「法務・コンプライアンス担当者(EUのデータ保護規則への対応など)」「事業課題を発見して解決に貢献できる財務計画・分析担当者」だという。
採用激化によって、専門スキルを持つバイリンガルの給与水準は上昇を続けている。同社がまとめた「グローバル給与調査」によると、バイリンガルで専門的な分野での知識・技術を持つ人材の需要は過去最高レベルに達し、給与水準も大きな伸びが見られた。
転職内定時に提示される給与額は前職時に比べて10~15%高くなることも少なくなく、テクノロジーを伴う新興分野などでは20~25%に達するケースもある。また、在宅勤務・研修制度の充実・評価基準の改変など働き方に関するメリットを訴求して求人応募者を集めようとする試みも増えている。
経済産業省の「外資系企業動向調査」においても、日本のビジネスコストにおける阻害要因を「人件費」と回答した外資系企業が69.8%と最も多い。人材採用の阻害要因では「英語(外国人採用の場合は日本語)でのビジネスコミュニケーション」に次いで「給与等報酬水準の高さ」が多く、給与水準の上昇が浮き彫りとなっている。
バイリンガル求人増で外資系人材紹介会社が成長
●外資系企業の雇用見通し
●大手外資系人材紹介会社の従業員数 (日本オフィス)
中国系企業の進出増加、インバウンド需要による人材ニーズが継続
日本に進出する外資系企業の増加が続いていることもバイリンガルの需要が伸びている理由だ。主な外資系企業の情報を網羅している「外資系企業総覧2018」(東洋経済新報社)の掲載社数は前年比29社増の3204社。新規収録企業は128社で、掲載社数の増加傾向が続いている。
業種別では、情報・システム・ソフトと他卸売の割合が増え、親企業の国籍別では香港を含む中国の割合が0.4ポイント増えた。
1980年代までに進出した企業が撤退や再編で数を減らす中、中国や香港などから新興企業の単独進出が増えている。日本での研究開発、営業・サプライチェーンの体制強化、日系企業への資本参加やアライアンスなどの動きが活発になれば人材需要はさらに拡大するだろう。
中国系企業の人材採用を支援するTOHOKIの溝口新平副社長は「近年急速に成長を遂げた中国企業が日本に進出するケースが急増しています。日本進出時にまず採用するポジションとして多いのが、管理部門では人事や経理、事業開発部門では営業やマーケティングです」と話す。
また、今年上半期の訪日客数は前年同期比15.6%増の1590万人に達し、年間では3000万人を超えそうな勢いだ。インバウンド需要によって、多言語対応が可能な販売員や商品説明のためのコールセンターなどでも人材ニーズは継続しており、今後1年間の雇用見通しでは4割近くの外資系企業が増員を計画している。
外資系企業の日本でのビジネス拡大に伴って、バイリンガル人材を扱う外資系人材紹介会社も事業を伸ばしており、ロバート・ウォルターズ、ヘイズ・スペシャリスト・リクルートメント、マイケル・ペイジの大手3社の日本オフィスではコンサルタントの増員が顕著だ。
「過去9年、業績は毎年2桁成長を達成しています。18年度も過去最高となる見込みで、世界の中でも日本は最も伸びているマーケットの一つです」(ロバート・ウォルターズ・ジャパンのジェレミー・サンプソン社長)
求人の魅力を訴求し、採用スピードと柔軟性を高める
このような採用競争の激化でバイリンガル採用は困難を極めており、中途採用の現場では人材を確保できない企業が続出している。外資系企業を支援する人材紹介会社に採用を成功させるためのポイントを聞いたところ、次の二つが多く挙がった。
一つ目は、潜在層を含めた候補者に自社や求人の魅力を積極的に訴求することだ。ロバート・ウォルターズ・ジャパンのジェレミー・サンプソン社長は「良い人材と出会うためには、さまざまな手段を通じて、まだ仕事を探していないような人に対しても会社のことを知ってもらうための活動が欠かせません」と、求人募集時だけに限らないPR活動の重要性を説く。
また、デジマージョブの菊地光明代表は、「優秀な人材確保の企業間競争が激化し、これまでにも増して採用ブランディングが注目されているため、事業戦略、自社の強み、競合優位性、職場環境など、自社の魅力を充分に伝えていくことが、人材獲得にますます不可欠」と強調する。
働く人たちの意識や求職活動は多様化しており、これまでのような募集方法だけでは採用ターゲットと出会うことが難しくなっている。採用チャネルの多様化を図り、全社を挙げたリファラルやダイレクト・ソーシングの推進などまだ打ち手は多い。
また、良い候補者が見つかったら優先的に紹介してもらえるよう人材紹介コンサルタントと日頃から情報交換したり、成功報酬フィーを引き上げる企業も増えている。
アンバースの宇都宮聖士社長は「候補者を質問攻めするような進め方はやめ、自社の魅力を伝えることで入社への動機づけを与え、候補者が自らアピールを始めるような場を作ることが大切」と、候補者を引きつけるための面接を勧める。
採用成功のための二つ目のポイントは、採用スピードや柔軟性を高めることだ。BRANDING ASSOCIATES(現KMF PARTNERS)の吉田亜紀子氏は「選考プロセスに時間がかかり過ぎたり、保留期間が長かったりすると、候補者への印象も悪くなり人材の取り逃しがおこりがち」と話す。優れたスキルと経験を持つ人材には複数企業のオファーが集中しており、採用のスピードアップを図らなければ競争に負けてしまう。HRテックを利用して採用業務の効率化を図るサービスも上手く活用したい。
フェローシップの小山剛生社長は「ジョブ・ディスクリプションのスペック通りの即戦力が求められますが、人材不足の日本ではそのような採用方針は限界にきており、人材を育てる仕組みが必要」と指摘する。
人材不足の日本ではバイリンガルで高度な専門性や経験を持つ人材は限られており、条件にピッタリと合う候補者を採用するのが難しい状況にある。不足しているスキルを補うためのトレーニングプログラムを充実させることで採用条件を緩和することができれば人材獲得の可能性が高まるだろう。
バイリンガルを採用するためには外部労働市場を意識した処遇を用意することが必須だ。より早いキャリアアップの機会を与えることも候補者には魅力的な条件となる。採用を成功させるためには、採用担当者が様々な手段を講じると同時に、全社で人材採用に取り組む社内の協力関係を作り上げていくことが欠かせなくなっている。
専門家に聞く「外資系企業の求人動向と採用成功のポイント」
【製造】自動運転、ロボ、生産自動化ニーズでエンジニア求人に伸び
ロバート・ウォルターズ・ジャパン ジェレミー・サンプソン 代表取締役社長
製造分野では、自動車関連や化学業界のエンジニア求人が特に伸びています。自動運転、ロボティクス、生産設備の自動化などのニーズが拡大しているためです。太陽光や風力発電関連の求人も引き続き多く寄せられています。
外資系企業は即戦力人材を求めますが、日本のグローバル企業や革新的な企業も給与水準を見直してバイリンガル採用の競争力を高めており、人材獲得が難しくなっています。そのため最近は、外国人エンジニアの日本語能力の採用条件を緩和する企業も出てきています。
採用成功のためには、候補者に対して、事業の成長性やキャリアの可能性などをアピールするとともに、入社後のケアが大切です。職場の管理職には、働く環境の整備やコーチングなどがこれまで以上に求められています。
【消費財】競合からの採用ニーズで優秀な業界経験者にオファー集中
BRANDING ASSOCIATES(現KMF PARTNERS) 吉田亜紀子 Sales&Marketing Division, Director
外資系の消費財業界では、即戦力を期待し競合から人材を採用したいというニーズが高く、業界経験者で優秀な候補者にオファーが集中しています。特に英語ができ、デジタルマーケティング、EC経験、営業領域でのデジタルソリューションなど現在の市場トレンドを牽引している人材は引く手数多です。
採用を成功させるには信頼できるエージェントと協力体制を強固にするのも有益です。両社での情報交換を密にすることにより、選考をより高精度で行うことができ、マッチングのミスも減ります。
選考プロセスに時間がかかり過ぎたり、保留期間が長かったりすると、候補者への印象も悪くなり人材の取り逃しがおこりがちです。スピード感が重要なのは、採用においても現在のトレンドとなっております。
【コンサルティング】業界内で人材を奪い合い、採用成功企業は少数
アンバース 宇都宮聖士 代表取締役社長兼CEO
コンサルティング業界は固有のスキルセットが求められ、候補者への期待値が高く必然的に採用ターゲットは狭くなります。そのため業界内で人材の奪い合いが起きており、採用に成功している企業は少数です。
また、外資系の戦略コンサルティングファームでは転職希望者は多いですが、必要なスキルに見合った候補者は少なく、採用は厳しさを増しています。そして、ITコンサルタントは特に奪い合いが激しく、市場では完全な売り手市場です。
採用を成功させるには、早い段階で候補者に自社へ興味関心を持ってもらうことが重要です。面接では候補者を質問攻めするような進め方はやめ、自社の魅力を伝えることで入社への動機づけを与え、候補者が自らアピールを始めるような場を作ることが大切です。
【IT】セールス、データ関連、エンジニア求人が引き続き高水準
デジマージョブ 菊地光明 代表取締役
IT分野の求人は、セールス、データ関連、エンジニアなどの職種で引き続き高水準です。AI、IoT、VR、AR、ブロックチェーン関連のビジネスへの新規参入が増え、従来のプレーヤーも積極採用を行い、候補者は継続的に不足しています。
特に経営管理職や高い専門性を求められるポジションへのニーズは高く、ヘッドハンティングの依頼が多くなっています。優秀な人材の確保に向けた企業間競争が激化しており、より効果的に採用を成功させるため昨年にも増して採用ブランディングが注目されています。
採用企業から、人材紹介会社や候補者に対して事業戦略、自社の強み、競合優位性、職場環境など、自社の魅力を充分に伝えていくことが、人材獲得にますます不可欠になっています。
【中国企業】中国本社と連携するため、日本語と英語or中国語が必要
TOHOKI 溝口新平 取締役副社長
近年急速に成長を遂げた中国企業が日本に進出するケースが急増しています。日本進出時にまず採用するポジションとして多いのが、管理部門では人事や経理、事業開発部門では営業やマーケティングです。中国本社と連携をとりながら仕事を進めることが多く、日本語に加え、英語もしくは中国語が求められます。
また採用面接では、候補者の能力や経験に加え、中国企業のスピード感についていくことができ、かつ変化の激しい物事にも柔軟に対応できる人材かどうかといった中国企業への適性も重視しています。
一方で候補者側は、給与や待遇が魅力的かどうか、安心して長期間働ける環境かどうか、事業の将来性はどうか、などをよく考慮した上で決めています。
【中国人】英語と日本語ができる人材を求める企業で採用が増加
フェローシップ 小山剛生 代表取締役社長
英語と日本語のバイリンガル人材を求める企業で、中国人の採用実績が増加しています。外資系企業の中でも中国系企業の進出は特に活発で、それに伴う採用増もありますが、中国系企業以外の採用も多く見られます。
日本で働く中国人の多くは、英語、日本語、中国語ができますので、英語圏の人材や日本人にこだわらずに対象を広げると、人材を確保できる可能性が高まります。日本に来る外国人留学生のうち、中国人の占める割合が高いことも採用がしやすい理由の一つです。
外資系企業の採用では、ジョブ・ディスクリプションのスペック通りの即戦力が求められますが、人材不足の日本ではそのような採用方針は限界にきており、人材を育てる仕組みが必要になってきています。