組織・人事

国内からグローバル市場へ 世界で勝てる人材戦略

日本企業の海外売上高は過去10年間で1.5倍、アジアでは2倍超となっている。グローバル市場での競争に立ち向かう日本企業において、人材マネジメントのあり方も新たな局面を迎えているが、生産拠点や販売網の拡充のみならず、海外での新規ビジネスの確立、M&Aや事業提携などの意思決定と実行を担うリーダーやプロフェッショナルが企業内では十分に育っていないのが実情だ。グローバル人材の確保と育成、幹部社員層の人事制度の統一などに取り組み、グローバル人材マネジメントの強化を進める企業の現状を取材した。(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

低迷する国内市場 海外市場に活路

国内需用の収縮や中・長期的な日本市場の成熟化を背景に、多くの企業が雪崩を打ってアジアなどの海外のマーケットに活路を求めている。

しかし、一方では現地の経営幹部など海外要員不足は深刻であり、目下、海外拠点での採用強化や外国人留学生の積極的な採用をはじめグローバル人材の獲得と育成に乗り出している企業が増えている。

例えば化学業界は2009年後半以降から業績は回復しつつあるが、国内需要は低迷し、中・長期的に大きな需要回復が見込めない状況にある。業績を押し上げた最大の要因は中国などアジア市場の需要拡大であり、今後も成長していくには必然的に需要拡大が見込めるアジアなどの海外のマーケットに活路を求めざるをえない。

業界各社は国内外を問わず高付加価値製品の開発による競争力の確保とともに、新興国などのマーケットに向けた汎用品の生産拠点のシフト、石油原料の確保と調達を目的に資源国企業との連携を推進するなどの成長戦略を打ち立てている。

三菱化学は「高機能・高付加価値製品が求められる先進国、汎用品のボリュームが増えていく新興国に対して、世界レベルで優位性を持つ技術・製品を絞って海外に展開していく」(同社広報)戦略を描いている。

三井化学も「国内で勝ち残り、海外市場を拡大する」成長戦略を11年度に始まる中期経営計画の柱に盛り込む。すでに国内の生産拠点を技術開発の中核施設と位置づけ、大量生産する汎用品は海外で生産する動きも始まっている。

グローバルビジネスを担える人材の確保を急ぐ

生産拠点や営業網を海外にシフトするとなるとグローバルな人材マネジメントの強化が必要になる。国内需要が旺盛かつ輸出主導の時代はそれほど海外の市場動向を気にする必要もなく、商社や現地法人にまかせておけばよかった。

また、各事業部も地域も独立したタコツボ状態にあり、人事面における横串機能はなく、人事制度も独自の運用が行われていた。しかし、今後は生産拠点の設置を含めて海外の動向をいちはやくキャッチし、消費地のニーズに合わせたスピード感溢れるビジネス展開が求められている。

グローバル人材マネジメントの最大の課題は①人材の確保と育成、②人事・処遇制度の統一、③人事交流と幹部の登用制度の構築―の3つだろう。

人材確保は喫緊の課題となっており「事業部の方針でこういう人材がすぐにもほしいという要望が出てくることもあれば、短期・長期の出張が見込まれる事業分野もある。海外経験や実績のある社員の育成と活用を含めた人材マネジメントをしっかりとやっていかないと追いつけない」(三菱化学人事担当者)状況にある。

三井化学も「何より重要なのは海外ビジネスを担える人材の育成だ。生産やマーケティングができる人、あるいはM&Aなどのプロジェクトを率いていく資質を持った人材をいかに育成していくかが大きな課題」(人事担当者)と指摘する。

もちろんグローバル人材の育成は既存の社員に限らない。新卒採用でも「海外で活躍できる人材」も要件の1つとなっている。「当然新興国に行くこともあり、間違いなく環境変化が著しい海外でのビジネスへのストレス耐性や柔軟性などグローバルにやっていける素養を持つ学生の発掘を行っている」(三井化学)

日本の学生だけではなく、留学生を中心とする外国人の採用にも注力している。三井化学は06年度以降、外国人の本格的採用を実施し、これまで累計20人を超え、毎年平均採用数全体の1割前後を占めている。外国人の採用は留学生だけではなく、中国などの現地の大学からの紹介やインドの大学生などインターンシップを通じての採用にも力を入れている。

幹部社員層の評価・報酬制度を統一

人事制度の統一はグローバルな人事異動を行う上でも不可欠だ。欧米系の企業は、グローバル本社が経営の絶対的権限を有し、人事・報酬政策を集中的に管理している。日系企業も過去には集中管理しようとしたこともあったが、賃金制度を含めて現地に合わないということで断念し、いわば現地の裁量に任せている企業も多い。

いち早く統一化に踏み切ったのは日産自動車である。同社は日本、米国、欧州、その他の4つの地域に分け、各人事のトップが定期的に集まって議論しながらグローバルレベルの人事戦略の企画・立案を行っている。課長職など幹部社員層の評価・報酬制度はグローバルで統一している。ただし、一般社員層は4つの地域ごとに設計している。

あえて一般社員層を統一しないのは「欧米の場合はレイバーマーケット(労働市場)で賃金が決まる部分が大きい。無理して統一するよりは評価ポリシーを踏まえて、地域ごとに目標の達成を目指すというやり方で十分」(人事担当者)と指摘する。

欧米では職務・職種別賃金市場が発達し、日本とは相容れない部分もある。一般層については評価の基本ポリシーを共有、仕組みは地域ごとに決定し、幹部社員は完全に統一するというのが日産流のやり方である。

アステラス製薬も幹部クラスについて職務給にもとづくグローバル共通の賃金制度を09年1月に構築した。制度構築に当たっては、欧州と日本の仕組みは比較的共通していたが、細かく分かれていた米国の職務給ランクと調整する作業を行ったという。

その結果「部長級以上については同じ報酬ゾーンに変え、日本、米国、欧州共通の職務評価を入れて運用しているため、一定以上のランクの社員はどこに異動しても、共通の評価軸で報酬が決まるようにした」(人事担当者)。

サクセッションプランでリーダー育成を進める

グローバル規模の幹部登用の仕組みは日産自動車も早くから導入している。2000年にカルロス・ゴーン社長自らノミネーション・アドバイザリー・カウンシル(NAC)を立ち上げ、今も毎月1回ゴーン社長以下副社長クラスが全員参加して行われている。NACの目的は2つ。次世代リーダーの発掘と育成プランの作成、そしてグローバルな主要ポストのサクセッションプラン(後継者育成計画)の作成だ。

まず日本、欧州などの地域ごとのリージョナルNACによる選考を行い、さらに販売・マーケティング、商品企画、開発、生産などの各部門(ファンクション)別の検証を通じてNACに人材が上がってくる。会議ではその人材を将来のビジネスリーダー候補(ハイポテンシャル・パーソン)として登録するかどうかを議論する。登録されると育成のための配置や特別なトレーニングプログラムの計画を作成する。

後継者育成計画のテーマだけではなく、グローバルの約200主要ポストの後継者をリストアップする。具体的には「ファンクション(部門)ごとに1つのポストについて緊急的に代わりが務まる人、理想的には誰が候補者にふさわしいか、将来的にどういう人がいいかという3つのカテゴリーで数人ずつ選ぶ」(人事担当者)仕組みだ。

その際の候補者はもちろんハイポテンシャル・パーソンと連動している。ハイポテンシャル・パーソン登録の対象者は課長職以上。ハイポテンシャル人材は本社ないし地域本社、あるいは提携先のルノーに異動する社員もいる。

アステラス製薬もグローバル規模での登用を目指したサクセッションプランを持つ。経営幹部の数年先の後継者をリストアップし、人事異動の時期に合わせて毎年1回トップを含む「人事会議」を開催して、全てのサクセッションプランを検証している。

「欧州の人事部長や米国の人事部長も呼んで、欧州域内や米州域内の部長、本部長クラスの幹部のサクセッションプランの見直しを進めている。課長級については人事部と部門長の間で実施している」(人事担当者)。こうした基盤の上に、グローバル化の第2ステージとして、複数の領域において付加価値の高い製品を提供することで競争優位を確保する「グローバル・カテゴリー・リーダー」の実現を目指している。

その1つとして09年1月に開発部門のグローバル本社機能を米国のシカゴに移した。日本、米国、欧州の3極の開発権限を握り、責任者に米国人が就任している。日系のグローバル企業では日本本社が最終的に指揮命令権を持つのが普通であるが、同社のように一挙に権限を移す企業は珍しい。開発部門は米国で集中管理し、リージョンごとのマーケットについてはそれぞれの極が権限を持って遂行するという戦略をとる。

グローバル経営と人事戦略は不即不離の関係にあり、グローバル人材マネジメントのあり方が競争力を大きく左右する時代に突入している。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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