組織・人事

【過労死の労災認定は高止まり、労使一体で意識変革と施策を】長時間労働で訴訟が増加、「労働過重」と「能力不足」で認識に隔たり

過労死・過労自殺の増加は止まらず、企業のリスクマネジメントやコンプラアンスの観点からも、長時間労働対策を止めることはできない。長時間労働の現状と解消に向けて対策に乗り出す企業の動きを探った。(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

育児休業取得率女性9割、男性1.23%

仕事と生活の両立を目指すワーク・ライフ・バランスの推進が官民上げて叫ばれている。政府は経済界、労働界、地方の代表者、有識者から構成される「ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議」を開催。07年12月に「仕事と生活の調和憲章」および「仕事と生活の調和推進のための行動指針」を策定し、推進に向けた取り組みを行っている。

同様に民間企業でも近年、ワーク・ライフ・バランスに積極的に取り組む企業が増えている。法定を上回る育児・介護支援制度を打ち出す大手企業も増えている。しかし、かけ声の割に全体としてはそれほど進んでいるとはいえない。

厚労省の調査によると、女性の育児休業取得率は前年比0.9%増の90.6%に達したが、男性の取得率は1.2%と前年比0.33%マイナスとなっている(雇用均等基本調査、08年度)。

政府の「仕事生活の調和レポート2009」でも「年次有給休暇取得率や男性の育児休業取得率等の数値目標については、改善のテンポが緩慢なため、目標年度での数値目標達成に向けて一層の努力が必要」指摘している。

労働時間は増加傾向 心身の健康を蝕む

ワーク・ライフ・バランスを阻む最大のネックは長時間労働である。パートを除く一般労働者の総実労働時間は02年の1996時間から08年には2031時間に増加している(毎月勤労統計)。また、年間所定労働時間も依然として長く、とりわけ流通業界は2000時間を超えているところも少なくない。

UIゼンセン同盟の調査によれば、流通部会の所定労働時間は他の産業に比べて長い。全単組ではないが、191組合中、年間2000時間以上の組合は74組合(38.7%)。うち流通部会は76組合中55組合と72.4%を占める(07年)。

単純に週40時間×52週で2080時間であり、法律上は許されるが、流通業全体として時短が求められている。昨年来の不況による残業抑制などで所定外労働時間は漸減傾向にあるが、長時間労働の構造的体質を払拭しない限り、仕事と生活の両立の定着は難しいだろう。

いうまでもなく長時間労働は心身の健康を蝕む。事実、過労死・過労自殺は近年増加しており、昨年の「名ばかり管理職」訴訟の増加も長時間労働問題が背景にある。サービス(不払い)残業も増えており、産別労組のUIゼンセン同盟が実施した組合員意識調査では、正社員の2人に1人、パート労働者の3割以上がサービス残業をしている実態もある(06年)。

“働き方”と“働かせ方”繰り返される論争

長時間労働を抑制するには、その原因の追求と対策に労使が共通の認識を持つことが不可欠だ。しかし、長時間労働は悪という点では共通するが、その原因の認識については労使の隔たりも大きい。もちろん原因についてはさまざまな観点からの分析が行われている。

それは大きく個人の側に帰するものと会社側のマネジメントを含む働かせ方の2つに分かれる。個人の問題として指摘されるのがサボタージュ説だ。本来、勤務時間内に終わる仕事量を与えられているにもかかわらず、だらだらと仕事をするために残業をせざるをえないというものだ。

最近では学生時代に夏休みの宿題を期限ぎりぎりまで引き延ばした経験を持つ人ほど長時間労働が多いという経済学者の分析も出ている。また、残業代という金銭的利益を得るためという指摘もある。これは専ら会社側の言い分である。あるいは日本に多い過労死に至るまで働き続ける遠因として、米国は外部労働市場の発達により、会社が嫌なら比較的容易に転職できるが、日本での転職は難しいために無理して働こうとする人が多いと指摘する労働法学者もいる。

一方、会社側の問題点としてよく言われるのは、残業せざるをないほどの業務量を与えていることが長時間・過重労働を生んでいるというものだ。同様に本来の業務量に必要とされる配置人員が不足しているために残業せざるをえないという要因不足説もある。

さらに、新たに人員を補充するより、時間外割増賃金を支払って残業させたほうがコスト的に安いという指摘もある。これは会社側が事実上長時間労働を容認しているという労組側の主張でもある。

こうした認識の隔たりは労働訴訟でも見られる。たとえば、労働裁判などで長時間労働に及んだのは業務量が過重だったと労働者側が主張すれば、会社側は本人の能力不足であり、他の社員は時間内に仕事を終えていると主張する。

これに対して労働者側は仮に能力不足であるとしても早く仕事を切り上げた社員が補完することで長時間労働を防止できたのではないか、と会社側を追及する。こうした論争が常に繰り返されている。

社長直轄プロジェクトで推進

そうした中で個別企業では注目すべき取り組みも始まっている。アステラス製薬はワーク・ライフ・バランス推進の観点から07年11月に社長直轄の部門横断のプロジェクトを立ち上げ、約1年かけて仕事と生活の両立を支援する環境や制度の検討を進めた。

最大の目的は社員一人ひとりがいきいきと働き、その能力を最大限発揮することであり、そのために①労働時間の短縮を含めたタイムマネジメントの推進②女性社員の活躍を意識した両立支援の充実③マネジメント層を含めた社員の意識変革―の3つを同時並行的に推進した。 推進母体として08年7月に「ダイバーシティ推進室」を設置した。そして今年の4月から新たな施策を実行に移している。労働時間関連の施策としては、現行の所定労働時間を短縮し、金曜日の終業時間を午後4時とする「Family Friday(FFday)を創設した。

同社の従来の1日の所定労働時間は8時45分から17時45分までの8時間。業界他社が7時間45分であったことから労使で労働時間短縮の検討を進めてきた。その結果「月曜日から金曜日の1日の労働時間を短縮するのではなく、ワーク・ライフ・バランスの観点から金曜日に限定し、1時間45分短縮した」(同社人事部)のである。

法定割増率アップ 仕事の質を見直しへ

こうした時短の取り組みと同時に残業時間の抑制も今後の大きな課題である。労基法の改正により、時間外割増率の引き上げに関しては、大手企業を手始めに10年4月から月60時間を超える時間外労働については法定割増率を50%に引き上げられる。

もちろん割増率引き上げだけで長時間労働が解消されるわけではない。働き方、働かせ方は個別企業によっても異なる。いたずらに部下に残業を強いる職場があれば上司のマネジメント力を疑い、交代させるなど組織・人事改革も必要である。 長時間労働の対策をめぐる労使の総論に隔たりがあるとすれば、個別企業労使で一致点を見出す努力を重ねていくべきである。

折しも今時の不況下で残業時間が減少している。マーケティングリサーチのインテージが実施した調査(09年3月)によると、昨年より残業時間が減ったと回答した人は34.3%に上っている。 また、残業が減ったことについて経済面で困るという人も多いが、「家に早く帰れてうれしい」「自由な時間が増えてうれしい」「体が楽になったり、ストレスが減って良かった」と回答した人の合計が50%に上っている。

残業時間の減少が生活の充実につがっていることを示すものだ。結果として不況がもたらしたワーク・ライフ・バランス効果であるが、これを機会に残業のない働く仕組みの構築を一層推進していくべきだろう。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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