新年早々に発生した、令和6年能登半島地震から早2カ月。報道等で被災地の現状に触れるたび、同地の一日も早い復興を願わずにはいられませんが、それと同時に「もしもの時、どうするべきか」という不安が頭をよぎる方も少なくないでしょう。
地震大国・日本における私たちの暮らしは常に「もしもの時」と隣り合わせですから、事前の備えを欠かすことはできません。 今回は、企業の人事労務担当者様が知っておくべき「天災事変時の休業・解雇」に関わる労働基準法の解釈を確認しましょう。(文:丸山博美社会保険労務士、編集:日本人材ニュース編集部)
自然災害に関連する休業であっても、必ずしも手当の支払いが不要となるわけではありません
自然災害の影響で企業が事業を休止せざるを得ない場合、「従業員に対する休業手当支払いは当然不要」と考える方も少なくありませんが、実際には必ずしもそうとは言えません。
被災の状況や休業の理由等から、「使用者の責に帰すべき事由」に該当しないものと判断されない限り、使用者には従業員に対する休業手当の支払い義務があります。 ここでは、令和6年能登半島地震の発生に伴い、厚生労働省が公開した「労働基準法や労働契約法の取扱いなどに関するQ&A」より、被災企業等において従業員を休業させることとなった場合の労働基準法上の適切な取扱いを理解しましょう。
参考:厚生労働省「令和6年能登半島地震に伴う労働基準法や労働契約法等に関するQ&A」
自然災害の影響による休業で、休業手当の支払いが必要になる事例
前述の通り、たとえ地震等の自然災害の影響による休業であっても、使用者の休業手当支払義務が自動的になくなるわけではありません。
休業の原因や被災の状況から、労働基準法上の「使用者の責に帰すべき事由」の有無を慎重に判断する必要があります。
Q&Aでは、以下の2事例について、原則として休業手当の支払義務が生じるとしています。
① 事業場の施設・設備は直接的な被害を受けていないが、取引先や鉄道・道路が被害を受け、原材料の仕入、製品の納入等が不可能となったことにより労働者を休業させる企業
② 派遣先の事業場が、天災事変等の不可抗力によって操業できないため、派遣されている労働者を当該派遣先の事業場で就業させることができない派遣元企業 ただし、これらの事例においても、個別の事情によっては「使用者の責に帰すべき事由」に該当しないとされ、休業手当支払が不要となる可能性があります。
「使用者の責に帰すべき事由」の有無の判断基準
労働基準法上、天災事変等の「不可抗力」による休業であり、使用者の責に帰すべき事由に該当しない場合、使用者には休業手当支払義務が生じないこととされています。ここでいう「不可抗力」と判断されるためには、以下の2要件を満たす必要があります。
・ その原因が事業の外部より発生した事故であること
・ 事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること
前項①の事例では、「事業場の施設・設備は直接的な被害を受けていない」ことから、原則として休業手当の支払義務が生じる可能性が高いと考えられます。
しかしながら、実際には、取引先への依存の程度、輸送経路の状況、他の代替手段の可能性、災害発生からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案して、休業が不可抗力によるものかどうか判断されます。
また、②の事例は「派遣先が操業不能」のケースですが、休業手当の支払義務はあくまで「派遣元」にある点に留意します。
よって、派遣元の使用者について、当該労働者を他の事業場に派遣する可能性等を含めて、「使用者の責に帰すべき事由」に該当するかどうかが判断されます。
一方で、災害により事業場の施設・設備が直接的な被害を受けて労働者を休業させる場合、原則として「使用者の責に帰すべき事由による休業」には該当しないと判断され、休業手当の支払義務は生じません。この場合、休業の原因が事業主の関与の範囲外のものであり、事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故に該当すると考えられるからです。 このように、ひと口に「自然災害による休業」といっても、その取扱いをひと括りにできるものではありません。実情を踏まえた検討により、休業手当支払義務の有無を個別に判断する必要があります。
自然災害を理由とした解雇は、無条件に認められるものではありません
休業手当の支払義務の有無が個別の事情に照らし合わせて慎重に判断されるのと同様に、自然災害を理由とする解雇に際しても、労働基準法等のルールに沿った適切な対応が求められます。
解雇の原則的なルール
大前提として、解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」とされています。
災害によって事業場が被害を受け、操業不能に陥ったことを理由とする解雇等、経営上の理由により解雇を行う場合はいわゆる整理解雇として、「人員整理の必要性」「解雇回避努力義務の履践」「被解雇者選定基準の合理性」「解雇手続の妥当性」から解雇の有効性を判断する必要があります。
整理解雇が有効と判断された後に、30日以上前に解雇の予告をするか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払うことにより、解雇が成立します。 なお、使用者は、労働者が業務上の負傷又は疾病のため休業する期間及びその後30日間、産前産後の女性が産前産後の休業をする期間及びその後30日間は、労働者を解雇してはならないこととされています。また、期間の定めのある労働契約については、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間は労働者を解雇できない点にも留意する必要があります。
「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」とは
解雇が自然災害の影響によるものだとしても、そのことを以て無条件に認められるものではありません。前項の「整理解雇の4要件を満たしているか」を適正に判断すること、有期雇用労働者を契約期間内に解雇するにあたっては「やむを得ない事情」の有無を検討することが必要です。
また、解雇制限期間中の労働者の解雇、及び解雇予告手当支払義務の免除は、「天災事変その他やむを得ない事由」のために「事業の継続が不可能となった」場合に限り、所轄労働基準監督署長の認定を受けることで初めて可能になります。
「天災事変その他やむを得ない事由」とは、天災事変のほか、天災事変に準ずる程度の不可抗力によるもので、かつ、突発的な事由を意味し、経営者として必要な措置をとってもどうすることもできない状況にある場合を意味すると解されています。
また、「事業の継続が不可能になる」とは、事業の全部又は大部分の継続が不可能になった場合を意味すると解されています。 このあたりの判断は所轄労働基準監督署長に委ねられることとなりますが、一般的に、災害により事業場の施設・設備が直接的な被害を受けたために事業の全部又は大部分の継続が不可能となった場合は、原則として、「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」に該当する可能性が高いでしょう。
被災企業における労働者の休業・解雇に際し、事業主が第一に努めるべきは「労働者の不利益回避」
このように、休業や解雇が自然災害の影響によるものであっても、事業主には慎重な判断が求められます。
また、併せて重要となるのは、「労働者の不利益回避」への取り組みです。被災により事業の休止などを余儀なくされた場合において、労働者の休業・解雇を検討する以前の段階において、労使が十分に協議した上で労働者の不利益を回避するように努力しなければなりません。 企業は、災害時における雇用保険制度の特別措置や雇用調整助成金等を活用し、雇用安定に努める必要があります。
雇用保険制度の特別措置とは
災害救助法の適用地域内に所在地を置く事業所が災害により事業を休止・廃止したために、一時的に離職した方について、事業再開後の再雇用が予定されている場合であっても、雇用保険の基本手当を受給できるというものです。 また、激甚災害制度の指定地域に所在する事業所が災害で休業したことにより、被保険者が休業して賃金を受けられない場合についても基本手当の受給が可能です。
参考:石川労働局「雇用保険の基本手当の特例措置について(令和6年能登半島地震)」
能登半島地震に伴い、雇用調整助成金に特例措置が講じられました
雇用調整助成金とは、経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、労働者に対して一時的に休業や出向等を行い、労働者の雇用の維持を図った場合に、休業手当、賃金等の一部を助成するものです。 令和6年能登半島地震に伴う経済上の理由により休業等又は出向を行う事業主を対象に、特例措置が講じられています。
参考:石川労働局「令和6年能登半島地震の災害に伴う雇用調整助成金の特例措置を実施しています(令和6年1月23日更新)」
自然災害は、ある日突然やってきます。
もしもの時に事業主として適切な措置を講じることができるよう、今回解説した災害発生時の休業・解雇ルールについて、十分に理解を深めておきましょう。
丸山博美(社会保険労務士)
社会保険労務士、東京新宿の社労士事務所 HM人事労務コンサルティング代表/小さな会社のパートナーとして、労働・社会保険関係手続きや就業規則作成、労務相談、トラブル対応等に日々尽力。女性社労士ならではのきめ細やかかつ丁寧な対応で、現場の「困った!」へのスムーズな解決を実現する。
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