東京ガスは、「自らの将来やキャリアを考え、その実現に向けて主体的に行動する」というキャリアオーナーシップを持った人材を育てることを目指している。キャリア教育の制度や取り組み内容などについて、人材開発室長の岡本知樹氏に聞いた。(取材・執筆・編集:日本人材ニュース編集部)

岡本 知樹氏
東京ガス
人事部 人材開発室長
事業概要を教えてください
1885年に創立してから約140年間、首都圏のエネルギーインフラを担い人々の生活の基盤を支えてきた東京ガスグループは、今、第3の創業ともいうべき大きな転換期を迎えています。1885年の会社創立という「第1の創業」、1969年の液化天然ガスを日本で初めて導入した「第2の創業」を経て、現在を「第3の創業」ととらえ、ガス事業中心から複数事業のポートフォリオ経営への変革を目指しています。
特に、この26-28中期経営計画では、首都圏を中心に全国へと広がるガス・電気・ソリューションのお客さま「顧客基盤」、LNG基地や発電設備などのエネルギー資産「エネルギーアセット」、エネルギーの安定かつ効率的な供給を実現する高度な運営力「オペレーション能力」という3つの強みを組み合わせ、「エネルギー」「ソリューション」「海外」の3事業の成長に注力しています。
キャリア教育に注力している背景を教えてください
経営戦略である複数事業のポートフォリオ経営を実現するためには、複数の事業を成長させる必要があります。一方で、これまで社員の多くはガス事業を中心に経験を積んできました。新たな分野で競合に打ち勝つためには、専門的な知識やスキルが不可欠ですが、そうした専門性を会社が一方的に求めるだけでは十分な成果は得られません。
社員一人一人が自らの意思で学び、成長していくことが重要だと考えています。そのため当社では、「自らの将来やキャリアを考え、その実現に向けて主体的に行動する」というキャリアオーナーシップを持った人材を育てなければならないと考えました。
キャリア教育の具体的な施策について教えてください
2024年から「専門性見える化」という取り組みを始めました。各事業に求められる専門性を整理し、オリジナルの専門性ガイドをまとめました。約2000に及ぶ業務を調査し、180の分類に体系化、各小分類につき3~4段階のレベルを設定しました。この枠組みに基づき、全社員に自身の現状の専門性を棚卸ししてもらい、今後どの専門性を高め、どの領域のプロフェッショナルを目指したいのかを考えてもらっています。
こうした取り組みを進める中で、社員一人一人に実現したいキャリア像を描いてもらうことの重要性を改めて認識しました。これまでのように会社主導の異動・配置を前提とした「キャリアは会社がつくるもの」という考え方から、「キャリアは自ら描き、その実現に向けて主体的に行動するもの」という考え方へ転換し、全社員にキャリアオーナーシップを身につけてもらう必要があると考えたのです。
そこで、キャリアオーナーシップを高めるための取り組みを「マイプロフェッショナルジャーニー」と名付け、2025年度から展開しています。「マイプロフェッショナルジャーニー」では、キャリアを構成する要素を「3層と1軸」で定義しています。知識・スキルを表す「第1層」、行動特性を表す「第2層」、個人の意識や価値観を表す「第3層」があり、実現したいことやビジョンとしての軸が3層を貫く構造です。
これまでも知識・スキルや行動特性の育成には取り組んできましたが、今回は個人の意識や価値観を表す「第3層」まで踏み込み、上司との対話を通じてキャリアの土台づくりを支援している点が特徴です。
そして、社員一人一人がキャリアオーナーシップを高めていくための施策を、①「キャリアを考える」、②「キャリアを深掘りする」、③「専門性を高め続ける」、④「新たな経験に挑戦する」の4段階に整理し、体系的に展開しています。
当社の考えるキャリア教育の特徴は「キャリアを考えるとは何か」という基礎的な理解から始まり、他者との対話や相談を通じてキャリアを深掘りし、人材公募やジョブチャレンジなど主体的な行動につなげるところまでを一気通貫で支援している点です。社員が自らキャリアを考え、自ら行動することこそが、変化の時代において最も重要だと考えています。
●「マイプロフェッショナルジャーニー」の内容


4つの施策はそれぞれどのような内容ですか
①「キャリアを考える」では、まず全社員を対象にeラーニングを実施し、キャリアに関する基礎知識を学んでもらいます。さらに、より深くキャリアについて考えたい社員向けには、働くことや自身の将来をテーマとしたワークショップを開催しています。
また、キャリア・トークセッションでは、さまざまな分野で活躍する先輩社員が、自身のキャリアの歩みや専門性を高める方法について、質疑応答を交えながら率直に語ります。身近なロールモデルとの対話を通じて、自身のキャリアを具体的にイメージしてもらうことを狙いとしています。
②「キャリアを深掘りする」では、定例面接や1on1を通じて、上司と部下がキャリアについて対話する機会を設けています。その際、社員には自身の意識や価値観、これまでの経験の意味づけなど、「第3層」にあたる部分を「マイプロフェッショナルストーリー」として言語化してもらいます。上司との対話を通じて自らを深く理解し、自分が大切にしたい価値観や目指したい方向性を明確にしていくことが目的です。
特徴的なのは、まず上司自らが自らの「マイプロフェッショナルストーリー」を部下に共有することです。上司が先に価値観やキャリア観を開示することで、部下も安心して自分の考えを話しやすくなり、より率直で深い対話につながると考えています。
「マイプロフェッショナルストーリー」として、どのような内容が話されているのですか
「マイプロフェッショナルストーリー」で語られる内容は人それぞれです。例えば、「毎日を一所懸命に生きることを大切にしている」「正しいと思うことを愚直に実践したい」「尊敬する○○さんのような存在になりたい」といった、自身の価値観や行動の原点、理想とする姿などが共有されています。
こうした内容は、普段の業務の中ではなかなか話す機会がありません。しかし、上司が先に自身のストーリーを語り、これまでの経験や大切にしている価値観を共有することで、部下も安心して自分の考えや想いを話せるようになります。その結果、お互いへの理解が深まり、より本質的なキャリア対話につながっていると感じています。
続けて、③「専門性を高め続ける」、④「新たな経験に挑戦する」についても教えてください
③「専門性を高め続ける」では、オリジナルの専門性ガイドには、専門性を高めるための推奨学習も整備しています。推奨学習とは、それぞれの専門性を身につけるためにお勧めする学習内容であり、人事部が用意している汎用スキルの研修に加えて、事業部門ごとに当該領域で求められる専門性・スキルを習得できる研修や、関連書籍などを明示しています。
また、オンライン型の学習システムや、スキル向上につながる公募制の研修などの各種研修プログラムの拡充に加え、資格取得や自己啓発に対する費用補助、学びのための時間確保など、金銭的・時間的な支援制度も充実させています。社員一人一人が主体的に学び続けられる環境づくりに力を入れています。
④「新たな経験に挑戦する」では、培った専門性やスキルを生かしながら、自らのキャリア実現に向けてチャレンジできる機会を提供しています。具体的には、自ら手を挙げて希望する仕事に挑戦できる「人材公募」や、一定期間他職場で業務を経験する「ジョブチャレンジ」、さらに「社外兼業」などを展開しています。
人材公募は、2019年は8人でしたが、2025年は88人と急増しています。専門性を高めるだけでなく、新たな経験を通じて視野を広げ、自身の可能性を広げてもらうことを目指しています。
このように、「学ぶ」「対話する」で終わるのではなく、「挑戦する」までを制度として用意している点が特徴です。
社員の反応はいかがですか
若手・中堅層からは前向きな反応を得ており、多くの社員が意義のある取り組みとして受けとめてくれています。その成果は数字の面にも表れています。社員向けに行っている「キャリアオーナーシップ自己診断」では、7つの項目のうち5項目以上に「はい」が付く高得点の割合が2024年度は63.0%でしたが、25年度は69.7%まで上昇しました。
一方、50代以降の社員からは「今さらキャリアを考えてほしいと言われても…」という戸惑いの声も挙がっています。しかし、人生100年時代を迎え、70歳前後まで働くことが当たり前になりつつある今、50歳を過ぎてからもキャリアについて考える意義は大きいと考えています。むしろ、これまで培ってきた経験や専門性をどのように生かしていくのかを見つめ直す重要なタイミングです。そのため、シニア社員に対しても、この取り組みへの参加を改めて呼びかけています。
拡充している内容や今後の展望を教えてください
社員からは、「他の社員のマイプロフェッショナルストーリーを見てみたい」「他の社員のキャリアの話を聞きたい」という声が寄せられていました。そのため、タレントマネジメントシステム上に自身のマイプロフェッショナルストーリーを任意で登録・公開し、詳しい話を本人に直接聞くことができる「マイプロ・ダイアログ」を7月から開始します。
また、「レベル4認定人材講演会」も新たに開催しています。レベル4認定人材とは、極めて高い専門性を持ち、社内外からプロフェッショナルとして認められている社員で、こうした社員に自身の経験やキャリアを語ってもらうことで後進の育成につなげています。実際に、レベル4認定人材で液化天然ガスのトレーディングを担当している執行役員が登壇したところ、約900人が集まる盛況ぶりでした。
先ほど紹介した「キャリアオーナーシップ自己診断」において、高得点の割合を2030年までに90%以上にすることを目標に掲げています。今後は、こうした取り組みをグループ会社にも展開し、グループ全体でキャリアオーナーシップを根付かせたいと考えています。
(2026年6月22日インタビュー)
東京ガス株式会社(東京瓦斯株式会社)
代表者/代表執行役社長 笹山晋一
設立/1885年10月1日
資本金/1418億円
従業員数/3769人(単体、2026年3月31日現在)
本社/東京都港区海岸1-5-20
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