変革人材の争奪戦が過熱 失敗しない採用戦略とは【人材獲得策の最新事情】

激しい争奪戦を勝ち抜いて採用できた人材が早期離職してしまっては目も当てられない。特に変革を推進する人材を確保できるかは企業成長の命運を左右する。ミスマッチを防ぐために、求める人材像の明確化や採用プロセスの見直し、入社後の活躍支援を強化する企業が出てきている。(取材・執筆・編集:日本人材ニュース編集部

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大手企業の設備投資は過去最高、人材需要も拡大

事業成長に向けた企業の積極的な投資が加速している。上場企業と資本金1億円以上の有力企業869社を対象とした日本経済新聞社の集計によると、2024年度の設備投資計画額は前年度実績比15.6%増の33兆3723億円で、2年連続で過去最高を更新した。製造業は14.3%増の20兆5127億円、非製造業は17.8%増の12兆8596億円で、業種を問わず積極的な経営姿勢がうかがえる。

これに伴って人材需要も拡大している。リクルートの「2024年度上半期転職市場動向レポート」によると、人材紹介サービス「リクルートエージェント」における代表職種別求人数は2020年1-3月期を1とすると、直近ではいずれの職種も2倍前後となっている。

同社の藤井薫HR統括編集長は「人口減少による構造的な人手不足を背景に、企業は意欲的な採用活動を行っている。今後もキャリア採用は活況となるだろう。近年の求人の背景にあるのは、『変革』=『トランスフォーメーション(以下、X)』だ。『DX(デジタルX)』をはじめ『GX(グリーンX)』『CX(コーポレートX)』を推進する人材のニーズは引き続き旺盛だ」と解説する。

変革を推進する人材に対しては、人材紹介会社への成果報酬を引き上げる企業もあり、獲得競争は過熱している。求人情報サイトに登録している人材をスカウトするサービスを利用する企業も増えているが、特定の登録者に採用担当者や人材紹介会社からのスカウトメールが殺到しており、提示される年収が必要以上に高騰したり、慌てて採用してミスマッチが生じてしまったという話も聞かれる。

もはや採用担当者の頑張りだけでは事業運営に必要な人材を確保することが難しい状況にある中、採用活動と入社後の活躍支援を連動させることによって人材獲得を目指す動きが出てきている。

職種を問わず人材ニーズは高水準

●「リクルートエージェント」代表職種別求人数の推移(2020年1-3月期を1とする)

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(出所)リクルート「2024年度 転職市場の動向」

候補者を開発拠点に招いてメンバーとミーティング

社内の人材だけでは進めることが難しいテーマが増え、人材獲得の遅れに対する経営者の危機感は高まっており、変革を推進する人材の採用においてはヘッドハンティング会社に依頼する企業も少なくない。

ある大手食品メーカーでは、DX推進室のメンバーを社内公募したもののプロジェクトを実際にどう進めていくか、自社にないリソースをどう得ればよいのかといった壁にぶつかり、DX推進の経験豊富な人材を外部から招くことにした。航空会社、半導体製造装置メーカーなども同様の理由で実践力のある人材をヘッドハンティングで獲得している。

ヘッドハンターには最適な候補者を探し出すことが求められるが、ヘッドハンティング会社、兆(きざし)の則武昌志コンサルタントは「採用は、企業と候補者の気持ちが共に高まらなければ成功しませんし、何を実現したいのかを互いに深く理解できていなければ入社後の活躍につながりません」と強調する。

同社に依頼している大手メーカーは、事業責任者と技術を統括するトップが採用にコミットし、「あなたの力が必要です」と熱量を持って候補者に伝えている。さらに候補者を開発拠点に招いてメンバーとミーティングしてもらい、「こんな仕事が一緒にできたらいいですね」と希望を語り合う場を設けている。候補者がチームに加わりたいという気持ちを高められるプロセスに軸足を置く採用活動がミスマッチを防ぎ、入社後もスムーズな業務遂行につながっている。

オンボーディングで入社後の活躍を促進

ミスマッチを防ぐための施策は、採用後のフォローも大切だ。人材紹介会社アクシスコンサルティング法人営業本部の橋爪智也副本部長は「CxO人材や変革を推進する人材を採用できたとしても、早期に離職したり入社後に活躍できないと社内外に与えるインパクトが非常に大きいため、能力を十分に発揮してもらうためのサポート体制を強化する企業が増えています」と話す。

同社は、こうした企業を支援するためにコーチングサービスのシンクワイアと提携し、アクシスコンサルティング経由の中途入社者に対するエグゼクティブ・コーチングの提供を開始した。

近年、入社後の活躍を促進するオンボーディングを強化する企業が増えている。事業や組織を変革させるために異なる業界の出身者を採用する企業が多くなってきたことも理由の一つだ。

「事業モデルやサービスの変革を実現するために業界を越えて人材を迎えるケースが目立ちます。そうした人材を採用した場合にはコーチングによってマインドセットを変化させ、会社や業界にいち早くアジャストしてもらうことで早期の活躍を引き出すことができます」(橋爪氏)

組織・仕事・働く場所との適合性を見極めて採用

多くの企業で人材不足は慢性化しているが、一人一人に求められる仕事のレベルは高まっており、増員のために採用のハードルを下げることは難しい。加えて、人材獲得競争の激化で採用コストが膨らむ中、より効率的に人材を確保するための取り組みは欠かせない。

大手企業を中心に人材アセスメントを実施しているマネジメントサービスセンターの福田俊夫取締役は「入社後のアセスメント結果や仕事のパフォーマンスを見て『なぜこんな人を採用したのか』ということを防ぐために、採用時の人材要件を明確にしたり、属人的な採用面接のやり方を見直したいという相談が目立ちます」と話す。
そして、入社後に定着・活躍してもらうためには、表面的な経験やスキルだけでは分からない部分も慎重に見極める必要がある。

「採用時に主に三つの適合性を重視する企業が増えています。一つ目は『組織との適合性』で、その人と組織の価値観が合っているかという点です。二つ目は『仕事との適合性』です。営業、製造、企画などのそれぞれの仕事で求められるコンピテンシーは異なるはずですが、明確にできていない企業が見られます。三つ目は『働く場所との適合性』です。例えば海外赴任や出張が多い仕事に不適合を起こす人がいます。いくら能力が高くて業績を上げられる人でも、適合性に問題が生じると辞めてしまう可能性は高いです」(福田氏)

同社では、事業戦略に基づく人材要件の設計から、一貫性のある面接、選考・評価、オンボーディング・育成までの一連のプロセスを支援する「タレント・セレクション・エコシステムズ」を提供している。

ジョブ型採用を行っている企業や、採用活動を人事主導から現場主導に移行する企業などで導入されるケースが増えているという。また、大手部品メーカーでは、今後強化していく事業を絞り込むに当たって、どのような人材が必要なのかを具体的に把握するために社員一人一人のコンピテンシーの棚卸しを行っている。足りないコンピテンシーを補うための能力開発や人材採用に注力し、場合によっては事業買収も検討するためだ。

事業戦略に基づく採用選考プロセスを構築

●マネジメントサービスセンター「タレント・セレクション・エコシステムズ」の採用プロセスに対するソリューション

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長期インターン募集情報を大学1・2年生に案内

既成概念にとらわれない若い人材の獲得を目指す新卒採用も争奪戦となっている。小売業の人事担当者は「インターンが採用直結になったことで夏のインターンが実質的な採用選考になった。大手企業はインターンのエントリーが始まる前から学生に接触し誘い込んでいる」と語る。

新卒採用支援会社ベネッセi-キャリアの調査によると、大学1・2年生との接点づくりの必要性を感じている採用担当者は76.1%に上り、採用広報をさらに前倒しする傾向が強まりそうだ。

学生に内定が出やすい状況が続いているが、名門大生向け就活サイト「CareerPod」を運営するコンコードエグゼクティブグループの渡辺秀和社長は「残念ながら日本の教育環境ではキャリア設計の知見を学ぶ機会がなく、多くの学生は、仕事をする上で必要なスキルや心構えも身につけていないため、就職後に苦労するというケースが後を絶ちません」と危惧する。

こうした課題を解決するために、「CareerPod」では、大学1・2年生から参加できる長期インターンの募集情報を学生に案内し、「社会に出るための準備」を推奨している。インターンを通じて基礎的なビジネススキルや人と協働するスタンスといった素養を身につけてもらい、入社後の活躍を後押しする。

社員寮で交流を促し、若手の離職を防ぐ

若手社員が安心して発言したり、新たな挑戦が認められない組織ではエンゲージメントが高まらず早期離職を招きかねない。マイナビの新入社員調査によると、社会人生活の不安として、仕事がうまくこなせるかに加えて、職場の人間関係、私生活とのバランス、環境変化への対応などが挙がっている。

若手が安心して働ける環境の整備が欠かせない

●社会人生活の中でどのようなことに不安を感じていますか(上位5項目)

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(出所)マイナビ「2024年度新入社員意識調査」

近年は、採用の可能性を高めるために地方の大学生や高校生の獲得に力を入れる企業も増えている。こうした企業では学生に対してはもちろんのこと、保護者に対しても入社後に安心して働けることをアピールするために社員寮を用意する動きが見られる。三菱UFJ信託銀行が2023年12 月に実施した調査では、企業の寮・社宅制度の今後の動向について、前年までの調査結果から一転して「拡大」が「縮小」を上回った。

快適な生活環境を提供するだけでなく、心身の健康維持や若手社員の交流を促す社員寮の効果に期待する企業も多く、社員寮サービス大手の共立メンテナンスには「地方の大学生や高校生の採用を強化するために社員寮を確保したい」「若手の離職率が上がってきているので社内のつながりや交流を強化できないか」「女性活躍推進に向けて女子学生の採用数を増やしたいので女子寮を検討したい」といった声が企業から多数寄せられているという。

社員寮の老朽化などに伴う更新や拡充を検討していた企業の中には寮を売却して、必要な時期・期間・室数だけ利用できる同社の「社員寮ドーミー」を目的や活用シーンに合わせて利用する形に移行するケースもあり、顧客数は約1000社に達している。

新卒採用でも内定辞退が続出し、採用計画を達成するのは容易ではない。新卒を確保できない企業が第二新卒採用を強化するなど、人数が少ない若い人材はますます貴重になっている。入社後に安心して働ける環境を整備することで活躍を引き出し、変革を担う人材へと成長してもらうための取り組みが欠かせなくなっている。

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