人材採用

採用や人材要件を設定する前にやるべきこととは?事業戦略の見直しが良い採用につながる【第4回】労務トラブルを未然に防ぐ!組織を成長させる人材戦略とは

山口 将司 社会保険労務士
社会保険労務士法人 山口人事労務オフィス 代表
1994年富士電機に入社し、一貫して人事労務部門の業務に従事。06年アクシスコンサルティングにてシニアコンサルタントとして人事紹介業で実績を挙げた後、11年社会保険労務士法人山口人事労務オフィス開業し、人事労務コンサルタントとして事業運営を行う。

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前回は、労務トラブルが頻発する背景・トピックを整理しながら、労務管理が難しくなる要因の一つは採用・人材要件設定にあることを示していきました。

今回は、人材要件の設定の仕方について、具体例を交えながら紹介した上で、最後に採用や人材要件を設定する前に「そもそもやるべきことは」というテーマを解説したいと思います。

人材要件の設定の仕方

ある会社の採用事例で説明します。

・会社名:株式会社A建設
・設立:2012年
・業績:社長は、大手住販会社を退職して創業。社長の営業力と他業種から採用した体育会系営業マンを各家庭に訪問させることで、業績を急拡大。設立7年で売上20億円を突破。
・近々の苦境:住宅業界は他社との競争激化や人口減少、低所得者層の増加などから淘汰の時代に入っていた。これまで売上至上主義でやってきたが、株式会社A建設でも2020年以降は売上が減少に転じた。社長はこのままの経営のやり方では倒産してしまうのではないかと大変危機感を抱いている。
・社長の決断:このような状況を打開するため、社長は事業戦略を見直す決断をした。規格化された建売住宅販売から徐々に撤退し、高所得者層をターゲットに高付加価値の注文型住宅販売への転換である。売上やシェアより利益を重視することにした。

このようなケースで、この戦略転換に見合った採用を行う必要が出てきました。さて、どのように採用を進めていけばよいのでしょうか。

まずは、人材ターゲットを設定します。

事業戦略をもう少し掘り下げると、

・世帯年収2000万円以上の40~50歳代の高所得者層をターゲットに高付加価値(世界に1つしかないあなただけの住宅)の注文型住宅販売への転換

・口コミと地域イベント協賛などを中心としたブランド浸透と地域密着のきめ細やかな顧客サービス

といった戦術が出てきました。そこで、戦術を達成できる営業マンが必要であるという話しになり、人材ターゲットを次のように定めました。

【人材ターゲット】
①顧客のライフスタイルや価値観、人物像を十分に把握し、住宅ニーズを100%反映させるための十分な聞き取りと人間関係の構築ができる。
②顧客に企画提案内容を分かりやすく、丁寧に説明することができる。
③企画から販売契約、施工、アフターサービス、クレーム処理までトータルに顧客に関わり、信頼を勝ち取ることができる。
④社内設計部署や提携先のインテリア会社、エクステリア会社との密な連携や交渉をすることができる。
⑤業務が多岐に渡り、売上より利益を重視するため、効率的な時間の使い方ができる。

イメージは、30歳代の営業経験者。住宅営業の経験は問わないが、高級商材・サービスをある程度の期間扱ったことのある営業マンをターゲットの主軸に置きます。その中で、社内の関係各位が議論して、人材要件を選定していきます。

この中でも、特に、

・傾聴力(相手の話しに共感しながら積極的に動く)

・顧客志向(常に相手の立場に立って、物事を考え、行動する)

・部門間調整力(円滑に業務を遂行するために、関係部門との利害や役割分担を調整する)

が重要と社内関係各位の間で合意が取れたので、この3点を中心に他の人材要件も含めて、面接で具体的エピソードを語らせながら、深掘りして聞いていく訳です。

ここでは、キャラクター面の人材要件の例を挙げましたが、これはテクニカル面でも同じです。事業戦略・戦術を踏まえ、それに沿った形で採用の人材ターゲットを定め、具体的な人材要件を定めて、面接でヒアリングしていくのです。 このようなステップを踏んでいない会社があったとしたら、一度、トライしてみてください。採用の結果と後の定着率、事業の伸び具合が変わっていくと思います。

まずは事業戦略の策定が第一優先

最後に、採用や人材要件を設定する前に、「そもそもやるべきことは」というテーマを解説したいと思います。

前回までで、労務トラブルの要因とそれを防ぐための一つに採用を適正化するということをお伝えしました。それでは、労務トラブルを起こすような社員を採らないために、自社の採用を適正化する上で、そもそもやらなければならないことは何か。色々な考え方があると思いますが、私は事業戦略・計画と採用の連動がキーワードになると考えます。

大企業・中小企業 → 事業戦略・計画と採用が連動していないケースがある

ミニサイズの中小企業 → そもそも事業計画を策定していないケースがある

「組織は戦略に従う」…アルフレッド・チャンドラーの名言です。自社のやりたいこと・方向性があって、それに組織が従っていきます。逆に言えば、組織戦略は事業戦略がないことには定めることができません。

採用は組織戦略の一部です。従って、事業戦略なくして採用はありえません。事業戦略に則した採用こそ、本来のあるべき姿であると言えます。

事業戦略と採用が連動していない会社の多さ

大企業は、事業戦略・計画を当然のように立てていますが、大企業であるが故に、事業領域・部門が複数にまたがっていて、それぞれの部門が自部門の採用を有利に行いたいと考えています。

ところが、会社全体の人件費には制限があります。それ故、採用枠の引っ張り合いをして、結果的に会社全体としての適切な採用を行えていない会社が多数あると思います。

また、事業戦略・計画は策定しているが、それに対応した人員計画を採用の現場に反映させず、結果として場当たり的に採用してしまうケースも散見されます。

ミニサイズの中小企業は、そもそも事業計画を策定していないケースもあります。“事業の方向性なくして、採用なし”にも関わらず、事業計画がないまま採用を繰り返すのは、敵を定めずに鉄砲を撃っているのと一緒です。

事業戦略の策定方法

先程、人材要件の設定の例で挙げた会社について言えば、これまで売上至上主義でやってきたが、売上が減少に転じたため、この状況を打開するため、規格化された建売住宅販売から徐々に撤退し、高所得者層をターゲットに高付加価値の注文型住宅販売へ転換するという事業戦略変更の決断をしました。

その決断に伴い事業計画を再策定し、組織戦略の一部である採用について、注文型住宅ビジネスに対応した人材が社内におらず育成にも時間がかかるということで、中途採用を行おうということになりました。事業計画を作っているが採用と連動していない会社については、是非このように連動させてみてください。

それでは、事業計画がない会社はどうすればよいか。以下の質問を参考にして考えを整理してみてください。

1)会社は何のために商売をしていますか(理念・使命)

2)3年後の経営目標

売上:
粗利:
営業利益:
従業員数:
シェア:

3)3年後新しく取り組んでいることはありますか

4)どんな仲間と3年後の目標を実現したいですか

5)3年後はどんな組織図ですか

社員の年齢を書き出してみる
人を採用してやってみたいことを書き出してみる

6)3年後の組織図と現状の組織図を比べてみてください

この質問に回答していくことで、事業計画を策定するヒントが浮かび、結果として事業計画に連動した採用を行う端緒ともなります。このようなことを考えたことがない場合には、時間がかかるかもしれませんが、是非、考えてみてください。

この4回の連載を振り返ると、

1)労務トラブルの事例

2)労務トラブルが頻発する背景・トピックの整理 
→労務管理が難しくなる要因の一つは採用・人材要件設定にあることを提示

3)人材要件設定の例示
→採用や人材要件を設定する前に「そもそもやるべきことは」=事業戦略・計画の策定と採用の連動 という流れで解説をしました。

会社の最大の財産は人です。人があって商売が成り立つ。勿論、営業・マーケティング、キャッシュ、情報もビジネスを成功させるための大きな要因ですが、最終的には人がビジネスの命運を決するというのが、今までビジネスの世界に身を置いてきた者としての実感です。

読者の皆様、商売繁盛のために労務トラブルを防止して良い採用を行おうではありませんか。全3回の連載にお付き合い頂き、ありがとうございました。

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山口将司(社労士)

社会保険労務士、社会保険労務士法人山口人事労務オフィス代表/1994年富士電機に入社し、一貫して人事労務部門の業務に従事。「4年間で約300名のリストラ」「サービス残業に関する是正勧告」「年間約50名のメンタルヘルス対応」などディフェンシブな労務管理の経験を数多く積む。06年アクシスコンサルティングにてシニアコンサルタントとして人事紹介業で実績を上げた後、11年社会保険労務士法人山口人事労務オフィス開業し、人事労務に関する様々な経験を現場力を活かして人事労務コンサルタントとして事業運営を行う。

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