企業にとって、人は貴重で希少な「人財」であると捉えられています。
昨今は、「人的資本」という表現が使われることが多く、現在のトレンドは、人は単なる「資源」ではなく、投資価値のある「資本」という認識であり、「人的資本経営」が注目を浴びています。このような「人財」の処遇を決める人事制度の構築・運用はますます重要になっています。
本件では人事制度設計と運用する際の課題と解決策について、KKM法律事務所パートナーで田代コンサルティング代表取締役の田代英治社会保険労務士に前編・後編として解説してもらいます。(文:田代英治社会保険労務士、編集:日本人材ニュース編集部)
人事制度の全体像
人事制度とは、経営資源の中で最も重要な人財のマネジメントにおいて、経営目標・方針・戦略と直結したトータルシステムとして構築されるものです。
トータルシステムとしての人事制度は、そのサブシステムである等級制度、賃金制度、人事評価制度および能力開発制度を、【図表1】のように有機的に結びつけて、有効に機能するように設計され、運用される必要があります。
【人事制度を構成するサブシステム】
①等級制度:人事処遇の基本となる社内の等級(資格)制度
②賃金制度:等級制度に基づき社員の賃金を決定するための制度
③(人事)評価制度:一定期間の社員の行動や成果を評価する仕組みを定めた制度
④能力開発制度:会社が求める社員の能力を戦略的・計画的に高める制度
人事制度構築の効果として挙げられることは、その結果として、会社も成長し、社員も成長する、すなわち、会社と社員がお互いにwin-winの関係で成長することです。
これは、企業の競争優位の源泉は、人財にあるということであり、昨今「人的資本」という言葉で協調されるようになってきました。人事制度はその基盤をなすものであり、評価制度や賃金制度をうまく活用することで人材育成や能力開発につなげていくということになります。
人事制度の構築や運用に重要な3つの視点
人事制度に求められる原理・原則とはどのようなものでしょうか?人事制度の重要性を考えるうえで必要となる視点として、次の3つが挙げられます。ここで指摘している点は、後掲の人事評価制度の課題のところで、具体的に取り上げます。
透明性
まず、人事制度の基準を明確化し、運用ルールをオープンにすること、すなわち、評価基準や制度の運用をできるだけ透明性の高いものにすることが重要です。実際には、制度が未整備のケースや、制度はあっても評価基準があいまいなために、透明性を担保しようと考えても限界があるといったケースも見受けられます。
透明性を確保する場合、基本は人事制度の全体像や等級制度、評価制度、賃金制度といった各制度の構成要素やそれらの諸制度の詳細などについて社内にオープンにすることが求められます。
公正性
次に、人事制度の運用ルールを定められた通りに適正に運用すること、すなわち、制度運用の際に公正性を担保することが重要となります。
たとえば、評価制度の成果(業績)評価の運用事例では、多くは目標管理制度に基づく運用となりますが、評価期間の期初に目標を設定し、期中には中間レビューを行い、期末に達成度を評価するという一連のルールに基づく評価実務を適正に実行することが公正性の担保につながります。しかしながら、このような運用ルールが適正に守られていないケースが実に多いように思います。
納得性
さらに、評価結果や処遇に対する社員の納得性を確保することが重要です。人事制度の透明性や公正性が担保されたとしても、納得性が確保されなければ人事制度は十分とはいえません。
たとえば、評価者に評価結果のフィードバックのスキルが十分でなく、被評価者に対して説明責任が十分に果たせていない場合、評価制度の満足度は著しく低下します。納得性を高めるために、制度設計だけでなく、運用スキルの重要性を認識すべきと思います。
人事評価制度の目的
人事制度のサブシステム中でも、とりわけ重要性が高く、その設計や運用が難しく、悩ましいのが、人事評価制度です。そもそも人事評価制度は何のために行われるべきなのか、その目的をおさえておくことは、人事評価制度にまつわる課題や解決策を考えるうえで重要です。
一般に、人事評価制度の目的として、次の4点が挙げられます。中でも、④の目的が、社員の関心事である昇給・昇格、賞与等処遇の決定に結び付くため、イメージされやすいものですが、その他①~③の目的も、会社の求める人材像、社員のモチベーションやキャリアアップ、能力開発に結び付くことから、非常に重要なものと言えるでしょう。
① 経営理念の実現
経営理念は企業における「期待される人材像」を等級別に整理することを通じて、人事評価の「評価項目」や「評価基準」に反映される。経営理念は従業員の人事評価基準の実践を通じて行動化され、実現されていく。
② 期待される役割・能力像の明示
企業において、部門別・階層別の期待される役割と能力は、等級制度の中で具体的に方向付けられ、次に人事評価制度の評価項目、評価基準に盛り込まれ、明示される。
③ 能力開発・人材育成
企業が期待する人材像、役割・能力像は、人事評価の評価項目や評価基準に反映されている。本人も上司もこの人事評価基準を基に、能力開発や人材育成を進めればキャリア形成を行うことができる。
④ 公正な処遇の決定
公正な処遇の決定は、人事評価の目的の中で、最も強調される目的である。公正な処遇の決定のためには、「公正な評価」が行われることが前提となる。
にもかかわらず、運用の現場では、④の目的が過度に重視され、事実上、①~③はないがしろにされていることが多いのが実態だと思います。
本来は、社員の達成度の見極めよりも、どうすれば経営の期待を超える成果を出せるようになるのかを検討することこそが重要だと思います。しかし、達成度の見極めを昇格や賃金の判断材料として用いることから、評価結果が処遇決定の手段としての色彩が濃くなる結果、評価プロセスにおいて「社員の方向づけ、動機づけ、育成促進」が後景に追いやられてしまっているように感じます。
人事評価の新しい潮流は、④よりも①~③の目的達成に軸足を置いています。この動きが目指すところは、過去のものである結果の測定や評価の調整に時間をかけるのではなく、企業業績の先行指標である個人の能力向上(企業競争力を高める原動力となる組織的な能力や強みの強化)にフォーカスし、それぞれの個人の成長に寄与することにあります。
田代英治(社労士)
田代コンサルティング代表/KKM法律事務所 社会保険労務士/人事労務分野に強く、各社の人事制度の構築・運用をはじめとして人材教育にも積極的に取り組んでいる。豊富な実務経験に基づき、講演、執筆活動の依頼も多く、日々東奔西走の毎日を送っている。(主な著書)『ホテルの労務管理&人材マネジメント実務資料集』(総合ユニコム、2018年7月)
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