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リスキリングをしないミドル・シニアはお払い箱? 会社で生き残るために今やるべきこと

労働時間

近年のデジタル化やビジネスモデルの変革、働く環境の変化によりリスキリングの重要性は高まっている。その中でも社内のボリュームゾーンであるミドル・シニア層に対するリスキリングの実態について取材した。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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政府はリスキリング支援を重視

岸田文雄首相は1月23日の施政方針演説で、持続的な賃上げを実現するために、リスキリング(学び直し)による能力向上支援を行うと表明した。

具体的には「GX、DX、スタートアップなどの成長分野に関するスキルを重点的に支援するとともに、企業経由が中心となっている在職者向け支援を、個人への直接支援を中心に見直します。」

「加えて、年齢や性別を問わず、リスキリングから転職まで一気通貫で支援する枠組みも作ります。より長期的な目線での学び直しも支援します」と述べている。

賃上げにつながらなくても近年のデジタル化や新規事業など、ビジネスモデルの変革で新たなスキルの修得が求められつつある。 しかし、政府が支援しますといってもそんなに簡単なことではない。最も大きな課題は社内のボリュームゾーンと言われる40~50代のミドル・シニア層のリスキリングだ。

デジタル技術の進化についていけず逃げ出す中高年

すでにコロナ禍の職場でリモートワークやオンライン会議などICTやデジタル技術の進化が急速に進んだ。

全員が揃って出社しなくなり、部下とのコミュニケーションが減少し、仕事の指示や進捗状況の確認、さらには部下の育成に頭を抱える管理職も少なくない。

中には今の職場から逃げ出したいという中高年管理職も増えているという。

上場企業の建設関連会社の人事部長は「最近、異動願いを出してくる管理職が増えている」と語る。

「上司を通さずに人事部に異動希望を出せる年令制限なしの自己申告制度がある。以前は別の部署にチャレンジしたいという40歳ぐらいまでの若い社員が多かった。しかしコロナ禍以降、中高年の社員や課長、中には部長もいる。ヒアリングすると、50歳を過ぎて、自分の強みを活かした得意な仕事と与えられたミッションが合わなくなってきたと言う人、あるいは自分のスキルではお客さんや取引先の要求に応えるのが難しくなったと言う人、部下との関係がうまくいかず、どう指導すればいいのか悩んでいる人もいる」

管理職が部署異動願いまで出すのは深刻な事態だが、実は共通して最も多いのが、ITやデジタルスキルに追いついていけないというものだ。

人事部長は言う。 「ZOOMやチームズでチャットを使った会議や商談が増えていますが、これについていけない人が多い。若い人は普通に資料などを画面共有でサクサクやり、チャットで自分の意見を入れたりするが、年輩者は画面共有もできなければチャットにも気づかないでモタモタしてしまう。あるいはパスワードを付けて資料を送れない、送ってきても開けないといった“デジタル音痴”が職種や部門に関係なく一定数いる」

ミドル・シニア層のリスキリングは困難

企業にとっては40~50代のミドル・シニア層のリスキリングと戦力化が不可欠になっているが、実際はシニア層に関してはそれほど実施されていない。

パーソル総合研究所の「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」(2021年5月)によると、シニア従業員(55~69歳)向けの教育・研修を実施状況について「実施されており、充実している」と回答した人は19.5%、「実施されているが、充実していない」が29.8%。一方「実施されていない」が50.7%と半分超を占めている。

さらにシニアにとってやっかいなのが、新たなスキル修得しようというモチベーションが高くないことだ。 日本CHO協会が自社のシニア社員の現状について聞いた質問では「専門性が高く、モチベーションも高く、業務に取り組んでいる」と回答した人事担当者は9%。一方、「高い専門性はあるが、モチベーションが低く、停滞している」との回答は18%。「技術的にも、マインド的にも停滞しており、組織に良い影響を与えていない」が6%も存在する(「ミドル・シニアのキャリア自律に関するアンケート」2022年2月)。

リスキリングに大切な3つの要素

どうすればミドル・シニアのモチベーションを高められるのか。

キャリア開発研修を手がける人事コンサルタントは、モチベーションを上げるには①キャリアの軸と強みの発見

②キャリアに関する相談相手を持つこと

③マネージャーとの関係性の向上

――の3つの要素を挙げる。

「キャリア研修等によって培った経験・スキルを棚卸しし、ぶれないキャリアの軸と自分の強みを発見することだ。私はキャリアの目的と呼んでいるが、目的と強みを発見できれば、自己肯定感も生まれ、それをベースにどう活躍していくかでモチベーションはかなりアップする。」

「2番目が相談相手を見つけること。これからどんな働き方をしたいのか、どんな人生を送りたいのかを1人で考えるのは困難だ。実は身近な配偶者も含めて相談相手がいないという人が圧倒的に多い。その場合にカウンセリングは有効だ。」 「30分、1時間程度のカウンセリングで何が変わるのかと言う人もいるが、実際に30分単位のカウンセリングを実施したところ、当初は具体的なアドバイスもできないし、無意味だと思っていたが、カウンセラーの質問に対し、考えて話し、メモを取るという行為を通じて自分も人生をちゃんと考えているという手応えを感じるようになる」

職業人生を全うするには学び直しが不可欠

大手通信業でもシニア層に対して積極的なリスキリングを呼びかけている。

同社の人事担当者は「今の時代は若手もベテランも培ったスキルの寿命はせいぜい5年か10年ぐらい。これまで培ったレガシースキルはどんどん陳腐化し、シュリンクしていく。以前100人でやっていたスキルが10人しかしらなくなれば、生き残るには専門性を極めてトップ10に入る必要がある。その道を目指すのか、あるいは需要が多いICTの分野に挑戦するしか、生き残る道はない」と、指摘する。

50代であれば70歳まで働くとすれば再雇用を含めて15年近くも働かなくてはいけない。職業人生を全うするには学び直しが不可欠だ。人事担当者はシニア社員にこうアドバイスしていると語る。

「しんがりでもよいのでついて行きなさいと言っている。一人前になろうとするとハードルが高く、敬遠しがちになる。そうではなく最下位であってもそれなりに役に立てば、まったく行動しなかった人に比べると数年後にはたとえ最下位でもその人たちよりも前を走っていることになるよと言っている。」

「70歳まで働くのであれば、55歳の人が5年かけて学び、即戦力になろうと目指すのではなく、中の下ぐらいことができるようになれば残りの10年間は活躍できますよと言っている」

シニア層のリスキリングは、支援する企業も本人にも大きな負荷がかかる。

キャリア自律が叫ばれているが、長年、組織の指示系統の下で仕事をしてきた人にとってキャリア自律しろと言って難しい。 しかし、いずれにしてもシニア社員が新しい専門知識やスキルを身につけなければ会社で生き残ることが難しく、いつお払い箱になるのかわからない。そんな危うい時代が到来している。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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