再雇用後の処遇と賃金問題、定年延長し働き続けるシニア世代の課題と取り組み

日本の労働市場において、高年齢者の雇用は重要な課題となっており、60歳以降も働き続ける人々が増加している。経験豊富な人材の活用という利点がある一方、再雇用時の待遇低下や職場での立場の変化など、様々な課題も浮上している。本記事では、高年齢者雇用の現状、再雇用制度の実態、そして企業の対応策について解説していく。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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今や60歳は通過点、引き続き働き続ける高年齢者

今では60歳の定年を過ぎても働くのが一般的となった。公的年金が支給されないだけではなく、退職金も年々減少し、老後の生活を守るには働かざるを得ないのが現実だ。また、60歳以降はいったん退職し、元の会社と有期労働契約を結んで再雇用で働く人が圧倒的に多い。

厚生労働省の2023年「高年齢者雇用状況等報告」(2023年12月)によると、65歳までの雇用確保措置の内訳は、定年制の廃止が3.9%、定年の引上げが26.9%、継続雇用制度の導入が69.2%となった。

継続雇用制度とは、本人が希望すれば引き続いて雇用する「再雇用制度」などである。企業規模別では従業員301人以上では継続雇用制度の導入企業が81.9%と、大企業ほど継続雇用制度を導入している企業が多い。

定年後再雇用者の約5割が定年前の年収の半分以下

再雇用制度を選択する企業が多いのは、現役時代から給与を下げることができるためであり、大多数の再雇用社員は給与が下がる。

パーソル総合研究所の調査(2021年5月28日)によると、定年後再雇用者の約9割が定年前より年収が下がり、全体平均で年収が44.3%も下がっている。さらに50%程度下がった人は22.5%、50%以下に下がった人は27.6%と、約5割の人が定年前の年収の半分以下になっている。

実際に60代前半(60歳以上64歳以下)の継続雇用者(フルタイム)の年収の平均は374.7万円。「300万円~400万円未満」が32.3%、次いで「400~500万円未満」が20.4%だが、「200~300万円未満」が16.5%も存在する(労働政策研究・研修機構「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」2020年3月31日発表)。400万円以上もらえる人は恵まれた人であり、300万円前後の人も少なくない。実際に大手通信企業グループには年収300万円未満の再雇用者も少なくない。

厄介払いされる再雇用者

年収が実質的に定年前の半分程度に一律に下がるだけではない。当然、管理職だった人は役職も外れ、一人のプレイヤーとして働くことになる。職場も元の部署で働く人が多いが、人員の関係で他の職場に異動する人もいる。

サービス業の人事部長は「原則として同一の部署で働くことになっているが、よその部署に引き取ってもらう人もいる。元の部署だと人間関係もできており、気も遣ってくれるが、よその部署に行くと悲惨だ。お殿様扱いされることはなく、若い社員と同じようにこき使われ、仕事がきついと愚痴をこぼす社員もいる」と語る。

中には、デジタル機器を使えずに「いらない」と言われ、1年で異動の憂き目に遭った人もいるという。慣れない仕事をフルタイムで働く一方で、給与は半分しかもらえない。働きがいが感じられずにモチベーションが下がる人も少なくないといわれる。

「高年齢雇用継続給付金」が2025年からの縮小

実は再雇用社員にさらに追い打ちをかける事態が待ち受けている。前述の労働政策研究・研修機構の年収調査には、公的給付の特別支給の老齢厚生年金と高年齢者雇用継続給付が含まれている。

特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)は、男性の再雇用者は64歳から受け取れるが、1961年4月2日以降に生まれた人から廃止され、2025年度までに終了する。

また、定年前に比べて給与が減った場合に支給される「高年齢雇用継続給付金」が2025年からの縮小が決まっている。高年齢雇用継続給付金は60歳到達時点の賃金より75%未満に低下した状態で再雇用される労働者に毎月支払われた賃金の最大15%の給付金を支給する制度。それが25年4月から10%に縮小され、さらに廃止を含めて検討される予定になっている。

60歳から65歳へ定年を延長する企業増加

公的年金が支給されず、雇用継続給付金が縮小されると、年収はさらに下がり、大多数が年収200万円台になる可能性もある。年収が下がると、社員のモチベーションが低下し、生産性にも影響を与えるなど、企業にも悪影響を与える。そのため人手不足や技術継承、後進の指導などの必要性からシニア社員の活性化に向けた取り組みを進め、具体的には60歳から65歳への定年の延長や、再雇用期間の評価のメリハリを付けようとする動きもある。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングの「企業人事部門のトピックスに関するアンケート調査(2023年度)」によると、企業の定年年齢が「定年が65歳」と回答した企業は15.5%と、昨年比2.1ポイント増加した。2018年と比べると11.8ポイント増で、65歳定年企業が着実に増加している。一方、60歳定年の企業の割合は78.8%。依然として多いものの昨年に比べて1.8ポイント、2018年に比べて11.6ポイントも減少している。

今後の定年延長の検討状況についても質問している。「65歳まで定年延長を検討」と回答した企業の割合は17.1%、「定年延長を検討中だが、定年年齢は未定」と回答した企業は20.0%。約4割の企業が定年延長を検討している。自動車業界ではマツダも2022年度から60歳定年を65歳まで段階的に延長する制度を導入している。

定年延長することで社員の意識にも変化

65歳定年を実施している企業の多くは、65歳以降の再雇用はとくに基準は設けず、希望者全員を70歳まで再雇用しているところが多い。たとえば、従業員3000人の製造業の会社は2018年6月から65歳定年、70歳までの再雇用制度を導入している。

導入の目的について同社の人事担当役員は「後進の育成に限らず、スキルや経験を活かして会社に貢献してほしい。もう1つの狙いは、従来の再雇用制度は60歳を過ぎると1年契約の嘱託社員になり、年収も半減する。また、60歳まで課長、部長だった管理職も、突然、一契約社員になり、元部下の部下になってしまう。環境の急激な変化によってモチベーションに悪影響を与えていた。それを打破し、意欲をもって仕事をしてもらうことにある」と語る。

導入後、社員の意識も変化したという。役員は「65歳に定年を延長したことで正社員という安定した状態で老後のライフプランを描けるし、仕事に対する向き合い方も前向きになったと感じている」と語る。

評価に合わせて給与を増減させることでモチベーションを保つ

65歳定年に限らず、再雇用でも従業員のモチベーションを高めるための工夫もある。

企業の人事制度に詳しい人事コンサルタントは「定年後は一律の低い処遇での再雇用というケースが多いが、高齢になっても現役時代と変わらずに働ける人もいれば、年齢とともに気力・体力が落ちてくる人もいるなど能力にバラツキが出てくる。個別の人事管理が必要になるが、処遇においてはペイフォーパフォーマンスが基本になると思う。40~50代は教育費や住宅ローンなど生計費を考慮し、ある程度処遇の安定性を確保する必要があるが、高齢期はペイフォーパフォーマンスを許容できると思う。報酬体系としては基本のベース給は低く設定し、その分パフォーマンスを上げている人はきちんと評価し、大きな額を支払っていくような設計が良いのではないか」と指摘する。

一律定額の賃金体系から評価によって給与を増減させる仕組みである。年金支給の65歳や雇用継続給付金の縮小に備えた対策が急務となっている。


溝上憲文 人事ジャーナリスト

溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。
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人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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