こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みである「日本版DBS(Disclosure and Barring Service、前歴開示・前歴者就業制限機構)」の導入が決定し、2026年度中の施行に向けて準備が進められている。制度の仕組みや従業員の性犯罪歴が判明した時の対応など、人事実務上のポイントについて、丸山博美社会保険労務士に解説してもらう。(文:丸山博美社会保険労務士、編集:日本人材ニュース編集部)
「日本版DBS」導入の背景
2024年6月19日に開催された第213通常国会において、こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みである「日本版DBS」の導入が決定し、2026年度中の施行に向けて準備が進められています。
「日本版DBS」といっても、一般的にはまだまだ聞きなれないキーワードではありますが、人事労務・採用担当者であればおさえておきたテーマです。制度導入の背景を確認すると共に、制度の仕組みや対象事業者の範囲、実務上必要となる対応や想定される問題点について解説します。
文部科学省が2023年12月22日に公表した「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinji/1411820_00007.htm)」によれば、児童生徒らへの性犯罪・性暴力や同僚らへのセクハラで2022年度に処分された公立学校教員は242人にのぼります。
この内、児童生徒や18歳未満の子どもへの性暴力で処分を受けたのは119人だったとのことです。教育者による子どもへの性加害は後を絶たず、報道等で見聞きする事件は氷山の一角であるといっても過言ではないでしょう。
子どもの性被害防止に向けた社会的取り組みの強化がより一層求められることはもちろん、とりわけ子ども関連業務従事者による性犯罪防止については、事業者が主体となって取り組んでいくべきであると考えられています。
子どもに対する性犯罪の前科のある教職員や保育士等への対応については、すでに法整備が進む
もっとも、すでに教員免許を有する教職員に対しては、2021年の第204回通常国会で成立した「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」において、子どもに対する性犯罪への厳格化が進んでいます。
同法は、教育職員等による児童生徒性暴力等の禁止、児童生徒性暴力等の防止・早期発見・対処に関する学校やその設置者等が講ずる措置、児童生徒性暴力等を行ったことにより教員免許状が失効又は取上げ処分となった特定免許状失効者等に関するデータベースの整備、特定免許状失効者等に対する免許状の再授与の審査等を規定するものです。
また、児童福祉法では、子どもにわいせつ行為をした保育士は刑事罰の有無にかかわらず保育士登録の取り消し、禁錮刑以上の場合は無期限の登録禁止が定められています。
参考:文部科学省「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等について」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoin/mext_00001.html
参考:こども家庭庁「児童生徒等に対し性暴力等を行った保育士への厳正な対応について」
https://www.cfa.go.jp/policies/hoiku/tokuteihoiku
「日本版DBS」導入で期待される、子ども関連業務従事者に対する性犯罪歴照会制度の適用拡大
ところで、前述の「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」の附帯決議においては、教育職員等の他、職員、部活動の外部コーチ、ベビーシッター、塾講師、高等専門学校の教育職員、放課後児童クラブの職員等、免許等を要しない職種についても児童生徒等に性的な被害を与えた者に係る照会制度が必要であるとされました。
今後導入される日本版DBSでは、教育職員等のみならず、児童生徒等と日常的に接する職種や役割に就く者も幅広く適用対象とすることで、性犯罪から子どもを守る体制整備の推進が期待されます。
「日本版DBS」の内容は? 制度の仕組みを解説
「DBS」とは「Disclosure and Barring Service(前歴開示・前歴者就業制限機構)」の略で、2012年にイギリスで創設された制度および同名の公的機関を指します。
イギリスでは、過去の犯罪履歴等を元に、子どもや高齢者、病人、障害者等と接する仕事に就くことができない就業禁止者のリストを作成・管理しており、これらに関連する事業を営む雇用者に対し、就業希望者・従業員のDBSへの照会を義務付けています。
このたび、日本においてもイギリスと類似するDBSが導入されることになりますが、こうした制度はすでにドイツやフランス、オーストラリア、ニュージーランド等で運用されています。
2026年度中にも導入される「日本版DBS」ですが、現段階では検討中の部分も多く、今後ガイドライン等で詳細が公開される予定となっています。ここでは、現段階で明らかになっている対象事業者の範囲、及び対象事業者が講じるべき措置について確認しましょう。
「日本版DBS」の対象事業者
- 法律上の対象事業者
学校、認可保育所、幼稚園、認定こども園、児童養護施設、障害児入所施設、児童発達支援施設、放課後等デイサービス施設等、学校教育法や児童福祉法に基づき認可等を受けている施設の事業者
- 任意で対象となることができる事業者
学習塾、スポーツクラブ、認可外保育施設、放課後児童クラブ、スイミングスクール、ダンス教室、体操教室、インターナショナルスクール等の事業者を想定(※個人事業主は対象外)
上記の事業者は、事業者の範囲が不明確であったり、監督等の仕組みが必ずしも整っていなかったりすることがあるため、DBS制度への参加義務はなく、参加するか否かについては事業者判断となります。
参加を希望する事業者に対しては認定制度を設け、認定を受けたものについては上記と同じ確認を義務付けるとともに、認定を受けたことの表示が可能となります。
対象事業者が講じるべき措置
- 教員等の研修
- 児童等との面談や児童等が相談を行いやすくするための措置(相談体制)
- 児童等への性暴力の発生が疑われる場合の調査、被害児童の保護・支援
- 性犯罪前科の有無の確認
なお、4.の対象者は、子どもに対し支配的・優位的関係、継続的関係、親等の監視が届かない状況下で養護等をする者とされます。具体的には、学校の教職員、児童の保育・養護等に関する業務を行う者が挙げられ、就職希望者のみならず現職の従業員も対象となる予定です。
子ども関連業務従事者に対する性犯罪前科の確認の仕組み
性犯罪前科の確認に際しては、対象者本人同意の元、事業者がこども家庭庁に照会申請を行い、その後こども家庭庁から法務省宛に性犯罪歴照会がなされ、法務省がこども家庭庁に回答するという流れとなるようです。
性犯罪歴がなければ事業者宛のその旨が通知されますが、性犯罪歴があるとまず本人に通知されます。対象者は、この通知を受けて2週間以内に内定辞退や退職をすることで照会申請が取り下げられ、この場合は性犯罪歴が事業者に伝わることはありません。
ただし、本人への通知後2週間以内に何の対応もない場合、事業者に対して犯罪事実確認書が交付され、過去の犯罪履歴が明らかにされます。
なお、照会対象となる性犯罪は、不同意性交罪、不同意わいせつ罪、児童ポルノ禁止法違反や痴漢・盗撮等の条例違反で有罪となった前科のみが対象となります。照会対象となる期間は、刑法34条の2の趣旨を踏まえつつ、必要性、合理性を踏まえて一定の上限が設けられる予定です。
「日本版DBS」運用にあたり、実務上で事業者が対応すべきことや問題点
ここまでの解説の通り、「日本版DBS」の枠組みが少しずつ明らかになってきました。詳細に関してはガイドラインの公表が待たれるところですが、現段階において、DBS導入に際し対象事業者に必要な対応や問題点を考えてみましょう。
従業員の性犯罪歴が判明した時の対応
就職希望者や従業員の性犯罪歴を把握したとき、事業者はどのように対応すべきでしょうか。採用以前であれば「採用の自由」に則った対応が可能ですが、すでに雇用している労働者を即時に解雇にできるかというと、なかなか難しいかもしれません。
性犯罪とは異なりますが、例えば強盗・窃盗の前科を隠して採用されたタクシー運転手の懲戒解雇を巡る判例では、強盗・窃盗と運転業務との関連性に鑑み、懲戒解雇を無効とされています(マルヤタクシー事件 仙台地判昭60・9・19)。
よって、従業員に性犯罪歴が判明したとはいえ、安易な解雇は不当と判断される可能性があるので、事業者は慎重に対応する必要があります。
ここで事業者に求められるのは、子どもに接触しない業務への「配置転換」、対象者で子どもと関わらないようにすること等、安全のために必要な措置を講じることです。これらの措置が不可能な場合、または従業員が措置に応じない場合に初めて、解雇を検討することになります。
採用選考時の性犯罪歴の確認・就業規則の整備を
「日本版DBS」の導入に伴い、子ども関連業務に従事させることを予定する者に対し、履歴書の記載や採用面接において対象前科の有無を確認することが可能となります。もっとも、採用時に本人の個人情報を尋ねることについては、その必要性が認められる場合に合理的な範囲でのみ許されると考えられます。
この点、DBSの仕組みを利用することを前提として、子どもの安全を確保する責務を負う対象事業者がその責務を果たすために、対象業務に従事させようとする者に対して、その性犯罪歴の有無を尋ねることには必要性と合理性が認められると判断することができます。
万が一、採用時にその性犯罪歴を尋ねられたにもかかわらずこれを隠して採用されていた場合、重大な経歴詐称として解雇のための客観的合理的な理由と社会通念上の相当性が認められ、懲戒解雇の対象となり得ます。ただし、懲戒解雇は就業規則に規定された懲戒事由に則って行われるべきものですから、あらかじめ就業規則の整備を行っておく必要があります。
実務上で重視すべきは「情報管理体制の確保」
日本版DBSの制度運用においては、事業者が高度のプライバシー情報である前科に関する情報に接することとなるため、情報の安全管理のために必要かつ適切な管理体制の構築が不可欠となります。
この点については、今後公開されるガイドラインにおいて、事業者に対して具体的な取り扱いが周知される予定となっています。なお、前科に関する情報が漏えいした場合の罰則規定が設けられる予定です。
参考:こども家庭庁「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議報告書」
https://www.cfa.go.jp/councils/kodomokanren-jujisha/houkokusho/
今回は2026年度中にも施行予定の「日本版DBS」を解説しました。実務上の具体的な取り扱いに関してはガイドラインの公開が待たれるところですが、現段階では制度導入の背景や目的、大まかな制度概要を正しく把握しておきましょう。
丸山博美(社会保険労務士)
社会保険労務士、東京新宿の社労士事務所 HM人事労務コンサルティング代表/小さな会社のパートナーとして、労働・社会保険関係手続きや就業規則作成、労務相談、トラブル対応等に日々尽力。女性社労士ならではのきめ細やかかつ丁寧な対応で、現場の「困った!」へのスムーズな解決を実現する。
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