組織・人事

景気は回復しているのに、ナゼ給与は上がらないのか

日本経済は景気拡大が57カ月続いた「いざなぎ景気」を超えたと政府が発表するほどの好景気が続き、企業の業績が急拡大している。上場企業の上期(4~9月)決算では軒並み最高益を更新する企業が続出し、2018年3月期決算では過去最高水準の収益を達成する見込みだ。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

人事

比例しない景気回復と給与増

景気がよくなると給与も上がりそうなものだが、なぜか上がっていないのだ。厚労省の調査(賃金構造基本統計調査)では一般労働者の賃金はアベノミクスが始まった2014年は前年比1.3%増の29万9600円、15年は1.5%増の30万4000円と微増傾向であったが、2016年は30万4000円と前年と同じだった。国税庁調査の2016年の給与所得者の平均給与は約422万円と前年比0.3%増の微々たるもの。15年の1.3%増を下回っている。

うち正規労働者は前年比0.4%増の約487万円。非正規労働者は0.9%と伸び率は大きいが、正規の半分以下の約172万円にすぎない。17年3月期決算では上場企業の純利益が前の期に比べて21%増の20兆9005億円に達した。だが、2017年春闘の賃上げ結果は定期昇給込みの5712円。賃上げ率は前年よりも低い1.98%と低迷している。

企業は利益を上げているのに給与が上がらないのは労働分配率の低下にも示されている。労働分配率とは企業が稼いだお金から労働者に支払った報酬の割合であるが、アベノミクスによる景気回復期も下がり続け、2015年は62%と2000年以降最低になっている(厚労省調査)。

企業の儲けはどこへ?

では企業の儲けはどこに消えているのだろうか。一つは企業利益の蓄積である「内部留保」、もう一つは株主配当などの「株主等への分配」である。

内部留保は毎年積み上がり、2016年度は406兆2348億円と過去最高を更新した。一方、株主等分配率は2004年以降上昇し続けている。2016年の株主への配当金の総額は20兆円を超え、純利益に占める割合は40%を超えている。つまり給与を抑えて内部留保と株主への分配に回しているという構図である。

給与を上げるには内部留保を取り崩して給与に回すか、株主への分配率を引き下げるしかないということになる。政府もため込んだ内部留保を賃金に回すように要請しているが、経済界の抵抗は根強い。また、株主への配当も経営に対する株主の力が強くなり、利益の株主への還元圧力も高まっている傾向もある。

企業の今後の判断は

給与が上がるか、上がらないかは企業の行動しだいということになるが、今後どうなっていくのか。みずほ総合研究所の徳田秀信経済調査部主任エコノミストは「株主から配当を増やせという圧力が高まり、株主への分配比率が上昇している。だがそれでも今の日本企業の株主分配比率はドイツやアメリカに比べても低く、今後も上昇は避けられないだろう」と指摘する。

残された手段は内部留保を賃金に回すことだ。徳田氏は「確かに新たにキャッシュフローとして内部留保が蓄積しているので下げていく余地はあるだろう。だが、ストックで見ると日本企業のエクイティ(株式資産等)比率は欧米企業より低く、欧米並みにエクイティを増やしていくとなると、まだしばらくは内部留保比率を下げにくい」と指摘する。

人手不足が賃上げに影響するか

つまり、企業は儲かった利益を賃上げに回す気がないということだ。とはいっても今は空前の人手不足状態にある。9月の有効求人倍率は1.52倍と1974年以来の高水準で推移し、正社員も1.02倍に達している。求人数の拡大は働く人の選択肢が増えることで離職・転職を促進する。総務省の調査(労働力調査)では2016年の転職者数は前年より8万人増えて306万人。09年の320万人以来の高い水準にある。今年9月の日銀短観では大企業はリーマンショック前の人手不足のピークを超え、中小企業はバブル期の1992年以来の水準に達している。

人手不足は転職年齢も押し上げている。日本人材紹介事業協会が調査した「人材紹介大手3社転職紹介実績の集計結果」によると、転職した36歳以上の伸び率は05年上期を100とすると16年下期は296%と増加している。また、25歳以下の第二新卒もリーマンショック前の08年上期を上回る342%に達している。

業種・職種未経験者を歓迎する企業が増加

転職市場のもう1つの変化として同業種・同職種の経験にこだわらない未経験者歓迎企業も増えている。エン・ジャパンの岡田康豊「エン転職」編集長は「今まで経験が必要とされていた技術系でもだいぶ条件緩和が進み異業種への転職も増えている。建築・土木系は本来であれば資格や経験を必要とするが、自社の教育機能を持つ企業が未経験歓迎を打ち出している。職種でもたとえば営業経験者でないと採用しない企業も多かったが、条件緩和が進み、飲食や販売の経験者でも接客で共通しているということで採用している」と指摘する。

全体の求人数に占める未経験歓迎案件比率(エン転職)は2014年9月の52%から17年9月は75%を占めている。職種別の未経験歓迎案件比率も77%を占め、具体的職種では営業系80%、技術系でも電気・電子・機械が66%、建築・土木が57%を占める。業種や職種を超えた転職者も当然若年層に限定されると思いがちだが「36歳以上のミドルでも5割ぐらいが異業種に転職し、職種ではやや厳しいが2~3割ぐらいが別の職種に転職している」(岡田編集長)と言う。

転職市場では賃金が下降傾向

今の人手不足状態が続けば労働者の選択肢が広がることで離職・転職が増え、人材の定着と確保を狙う企業は賃金を上げざるをえなくなると誰もが思うだろう。ところが転職市場では賃金が上がらないどころか、逆に下がっているのだ。

会員登録数600万人(累積)のエン・ジャパンの転職サイト「エン転職」の求人企業が提示する年収の増減率は、2017年9月は前年同月比97%と下がっている(中央値)。業種別でもほとんどの業種で低下し、流通・小売は84%、運輸・交通、物流・倉庫87%と人手不足感が高い業種ほど下がっている。前年同月の年収を上回っているのは好調の不動産、建設、設備のみとなっている。

その理由の一つは前述した全体の求人数に占める未経験歓迎案件比率の増加だ。岡田編集長は「未経験者の採用比率が高まっていることに加えて、下限年収を下げるケースが多い。35歳以上のミドルでも平均で前年収の100万円程度下がるのが一般的」と指摘する。全体の賃金が上がらないとすれば、自助努力で上げるしかない。社内評価を高めてキャリアアップするか、自分のスキルを磨き、市場価値をアップして転職する道の2つである。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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