派遣法改正の“ウラ”で進む有期雇用の規制強化

民主、社民、国民新の三党連立の下で進められてきた労働者派遣法改正案も、先の参議院選挙での民主党の大敗によって成立は混沌としている状況だ。これまでは派遣法改正が世論の関心事となっていたが、その裏で有期雇用労働者、いわゆる契約社員といわれる身分の労働者の雇用規制強化が進められようとしている。派遣法改正案では派遣社員の常用雇用化が盛り込まれるが、常用雇用といっても多くの派遣社員は正社員ではなく、契約社員になると考えられる。新たな労働のあり方を巡って、労使の議論が始まっている。(文・溝上憲文編集委員)

日本人材ニュース

厚労省の最終報告書の提出で、秋にも労政審で議論開始か

雇止めなど正社員に比べて雇用が不安定な有期契約労働者の雇用規制を強化する検討が政府内で始まろうとしている。厚労省の「有期労働契約研究会」(以下、研究会)は今年夏にも最終報告書を出す予定であり、それを踏まえ、秋以降に労使で構成する労働政策審議会で労基法等の法改正を含めた議論が行われる見通しだ。

有期契約労働者の保護に関しては、労基法では期間の定めのある契約(有期雇用契約)は1回の契約期間の上限が3年、例外を5年と規定している。ただし、何回更新してもよく、実際に反復更新を続けて長期に雇っている企業も多い。

また、労働契約法17条に「やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することはできない」という規定があるが、あくまで契約期間内であって契約期間が終了した労働者を保護するものではない。リーマン・ショック以降の契約期間満了による雇止めの増加など身分が極めて不安定であることが浮き彫りになった。

入口規制(事由の規制)か、出口規制(更新回数・期間)か

厚労省の研究会は、こうした現状を踏まえ、雇用の安定と公正な待遇を確保することを目的に今後の有期労働契約法制やルール作りの方向性を示すことにしている。すでに、今年3月17日には「中間とりまとめ」(以下、報告書)を公表しているが、雇用安定策として以下の3つの選択肢を論点として提示している。

 (1)締結事由の規制(入口規制)
 (2) 更新回数・利用可能期間に係わるルール(出口規制)
 (3)解雇権濫用法理の類推適用

締結事由の規制とは、安易な雇止めを防止するために入口の契約段階で縛りをかける方法だ。具体的には、有期労働の範囲を季節的・一時的業務など合理的な理由がある場合に限定するやり方である。例えばフランスでは締結事由を一時的な事業活動の増加や季節的・一時的な業務の場合に限定している。

2番目の選択肢は更新回数や利用可能期間の上限を設定する出口規制である。現行法では何回でも更新が可能だが、たとえば更新回数を3回に制限するというもの。仮に1年契約であれば4年までの就労が可能となり、それを超えた場合は「無期雇用」とする案である。

ただし、更新回数の制限だけでは、1回の契約期間をできる限り長くするというインセンティブが企業側に働く可能性もある。逆に利用可能期間の上限だけを設定すると、利用可能期間内に短期の契約を何度も更新する可能性もある。 そのため、例えば利用可能期間の上限を5年とし、更新は3回までといった更新回数と利用可能期間の2つの組み合わせも提示している。

選択肢としては、(1)入口規制と出口規制をセットで実施、(2)入口規制のみ、(3)出口規制のみ(更新と利用期間セット)という3つが想定されるが、実施の是非と実質的効果を巡っては意見が分かれている。

法改正による新規雇用の抑制、海外移転の加速が懸念材料

入口規制案については、連合や日本労働弁護団が早くから提起している。連合の「有期労働契約法案要綱骨子(案)」(01年10月)では有期労働は臨時的・合理的理由がある場合に限定すべきという立場である。

また、日本弁護士連合会も基本政策集(09年12月11日作成、10年6月16日改定)で「正規雇用が原則であり、有期雇用を含む非正規雇用は合理的理由がある例外的場合に限定されるべきであるとの観点に立って、労働法制と労働政策を抜本的に見直すべき」と主張している。

ただし、研究会報告書では日本に導入する場合、2つの観点から議論が必要だと指摘している。1つはフランスでは、労働法典において、労働契約は無期雇用を原則とし、有期雇用を例外的扱いとしているのに対し、日本では無期雇用原則の法的規定はない。入口規制を行うには「法制の根底にある原則的な考え方の転換の是非についての議論が必要」(報告書)としている。

研究会のもう1つの指摘は雇用抑制への懸念である。仮に無期雇用を原則とする入口規制を行うことにより「現下の雇用・失業情勢において、新規の雇用が抑制される、企業の海外移転が加速する等の影響が生じないか」(報告書)と述べている。

出口規制は労働者の不安解消、意欲向上、紛争防止に効果

それに対して出口規制案については一定の意義を認めている。更新回数や利用可能期間を規制すれば、いつ雇止めにされるかもしれないという労働者の不安を解消することにつながる。

報告書でも「労使双方にとって予測可能性は非常に高いものとなるため、紛争の未然防止につながることや組み合わせる法的効果によってステップアップの道筋が見え、労働者の意欲の向上にもつながり得る」(報告書)と述べる。

また、更新回数や利用可能期間の上限を超えた場合の「無期労働契約とみなす」仕組みは諸外国にもある。イギリスは4年、韓国は2年の利用期間を超えた場合は無期労働契約を締結したものとみなすことになっている。

ちなみに韓国は、法施行の07年7月から2年経過した09年7月の契約期間満了者のうち、正規職転換は36.8%、契約終了は37.0%、その他26.1%となっている(韓国労働部発表、09年9月4日)。その他は脱法的行為で契約期間を延長していると見られるが、3割以上が正規職に転換しており、それなりの効果があると見ることもできる。

3番目の解雇権濫用法理の類推適用は、有期契約労働者であっても、判例では契約更新を繰り返し、5年、10年と長期に就労し、実質的に無期雇用と変わらない状態にある場合、判例では「解雇権濫用法理」が類推適用されている。これを法律に明記しようというものだ。

もちろん法的に位置づけるにしても有期の場合は「いつの時点で無期雇用と同視できるのか。更新回数が3回、あるいは利用期間が5年なのか、雇止めに濫用法理を適用できる期間を明確に位置づけることが可能なのか」(厚労省担当官)という問題は残る。

また、労働法に詳しい弁護士は「入口規制や出口規制は何の理由もなく更新を繰り返して雇用することを禁止するもの。利用期間の上限を超えれば無期雇用となり、理屈としては解雇権濫用法理の類推適用という場面はなくなる。入口、出口規制もないのであれば、立法化する必要があるかもしれない」と指摘する。

報告書ではそのほかに正社員との均衡待遇の実現や正社員への転換という重要な論点も提示されている。正社員との均衡待遇や差別禁止については、すでにパートタイム労働法に盛り込まれているが、同じ有期契約労働者でもフルタイムの労働者は除外されていた。パート労働者と同様に均衡待遇や正社員転換などの措置を法的に位置づけようというものだ。

入口規制に経済界は反発、出口規制には一定の理解

今後のスケジュールとしては研究会の最終報告書を経て、秋以降に労働政策審議会の労働条件分科会での労使の議論に付されることになろう。いうまでもなくその際の労使の最大の争点は、入口の締結事由の規制と更新回数および利用可能期間の設定という雇用規制の強化だろう。

しかし、現段階では入口規制については経済界の反発が強い。日本経団連は締結事由の規制について「入口の採用事由まで制限する、つまり無期労働契約原則を入れると労働法全体のあり方に影響を及ぼし、これについては明確に反対しておきたい。

また、多様な雇用機会の創出を制限することになり、過剰な規制ではないかと思っている」(研究会のヒアリング)と批判している。ただし、利用可能期間の設定については、上限を超えた場合の「無期雇用」への転化は行き過ぎとしながらも「実態を見て、適切なレンジで利用可能期間を設定していただくことが必要」と一定の理解を示している。

実は労働界も必ずしも入口規制に固執しているわけではない。連合の幹部も「有期の最大の問題は反復更新を繰り返し、いつ切られるのか分からないという不安だ。仮に3年と約束し、それで終わるのであれば納得もできる。上限を超えた場合の無期雇用のみなし規定を入れるのであれば評価できる」と指摘する。

同様に日本労働弁護団の弁護士も「基本的には入口規制がよいと考えているが、出口規制を導入するにしても、無期雇用のみなし規定を入れるのであれば、それなりに評価できるし、選択肢としてはあってもいい」と指摘する。

上限超えの無期雇用みなし規定の是非で意見が分かれるが、議論の落としどころとしては「出口規制」ということになろうか。仮に入口、出口規制案が成立しなくても、3番目の解雇権濫用法理の類推適用を法律に盛り込む可能性が残されている。

有期労働契約の規制強化は、人材派遣業界にも大きな影響

どういう形で研究会の方向性が示され、審議会で決着するかは未知数であるが、政権与党である民主党のスタンスも大きく影響する。実は研究会は自民党政権時代に発足している。審議会の議論の前に、最終報告書および政府の方針に民主党の意向が反映されるのか、されないのかも注目される。有期労働契約法制の帰すうについては派遣業界の関心も高い。

改正労働者派遣法案では製造業派遣および登録型派遣は常用雇用に移行することになる。実態としてはほとんどが正社員ではなく有期雇用契約になると見られているが、有期労働の規制強化は業界にとっても大きな足枷となる。

民主党は参院選で敗北し「ねじれ国会」となり、政策実現も思うようにできない自体に直面している。改正労働者派遣法の成立も微妙な状況にある。実は派遣法は自民党政権時代のねじれにより引き延ばされてきた経緯がある。有期契約労働法制の議論を同じ二の舞にしてはならない。決して政争の具にすることなく真摯な議論を期待したい。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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