事業場外労働みなし制適用の可否が争われた事例を解説―セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件―

業職種によっては労働者の勤務時間を把握することが難しい場合がありますが、そのような場合、実際に働いた時間にかかわらず事前に決められた労働時間分働いたとみなす「みなし労働時間制」という制度があります。

今回は「みなし労働時間制」の中でも、会社(事業場)外で行う業務について適用される「事業場外労働みなし制」について、適用する上での留意点を同制度の適用の可否が争われた事例を元に、KKM法律事務所荒川正嗣弁護士に解説してもらいます。(文:荒川正嗣弁護士、編集:日本人材ニュース編集部

位置情報付き勤怠管理システムの導入と事業場外労働みなし制の適用の可否が争われた事例

事業場外労働みなし制は、労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、「労働時間を算定し難いとき」に適用され、原則として所定労働時間労働したとみなされます(労働基準法38条の2第1項本文)。

同制度が適用される典型は、外回りの営業職ですが、クラウド上の勤怠管理システムを利用し、事業場外でも位置情報と共に出退勤を記録することが可能となった場合において、同制度の適用の可否が争われたセルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件があります。原審・東京地判令4.3.30は同制度の適用を認めましたが、控訴審・東京高判令4.11.16は、上記システム導入前は適用を認めるが、導入後は適用を否定しています。

どのような点が結論を分けたのか確認するとともに、同制度を適用する上での留意点を考えてみたいと思います。

事案の概要

Ⅹは、平成29年9月1日~令和2年3月31日まで、Y社でMRとして勤務しており、外回り営業であって、直行直帰(自宅と営業先間)が基本的な勤務形態であったので、事業場外労働みなし制が適用されており、みなし時間は所定労働時間である8時間とされていました。

Y社は、平成30年12月、クラウド上の勤怠管理システム(以下「本件システム」といいます)を導入し、MRに対しても、スマートフォンで同システムにログインし、スマートフォンの位置情報をオンにして、「出勤」及び「退勤」ボタンを押して出退勤時刻を記録させるようにしました。その目的は、MRが所定労働時間勤務していないのに、不正に基本給の支払いを受けるのを防止することにありました。

また、Y社は、令和元年11月15日、正社員就業規則を改定し、MRが月40時間を超えて残業する場合は、上長に対し事前申請させる等して残業代を支払う制度を導入、運用するようになりました。なお、MRには固定残業代が支払われており、これは月40時間分相当とされていました。

Y社は、本件システム導入後も、MRに対し、事業場外労働みなし制を適用していましたが、Xは退職後に、同システム導入前も含めた平成30年3月~令和2年2月までについて、割増賃金請求訴訟を提起し、事業場外労働みなし制の適用を争いました。

原審及び控訴審の判断

判断枠組み及び判断要素

原審及び控訴審ともに、判断枠組み及び考慮した事情自体は共通しており、具体的には以下のとおりです。

<判断枠組み>
事業場外労働みなし制が適用される「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かは、「使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認めるに足りるか」という観点から判断する。
これは、業務の性質、内容、業務の遂行の態様、状況等、使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときは、その方法、内容やその実施の態様、状況等を総合して判断する(最判平26.1.24‐阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件参照)。

<考慮した事情>
①直行直帰、訪問先やスケジュールはXが決定し、裁量に委ねられていたこと
②週報の内容やシステム(「Salesforce」)への入力内容
③本件システムを用いた出退勤記録等の実施(平成30年12月より実施)
④月40時間を超える残業の事前申請制度の実施(令和元年11月15日より実施)

裁判所の判断の概要・ポイント

原審は事業場外労働みなし制の適用を認めましたが、控訴審は、本件システム導入前はその適用を認め、同入後はその適用を否定しました。

結論が分かれた理由は、以下のとおり、<考慮した事情>③及び④に対する評価の違いです。

<事情③についての評価>

原審は、本件システムを用いても、出退勤の打刻時刻とそれがされた際の位置情報が分かるのみで、それらの間の具体的スケジュールが記録されているものではなかったと認定しています。

控訴審も、本件システムの導入によって、具体的な業務スケジュールが把握できるようになったとまでは述べていません。

ただし、控訴審は、実際の運用として、Y社が、本件システム上の承認ボタンを月1回押すことで記録を確定し(MRは確定するまで編集可能)、不適切な打刻事例には注意喚起していたという点を考慮して、MRについても始業及び終業時刻を把握可能になった旨を指摘しています。また、Y社が、MRが所定労働時間勤務していないのに不正に基本給を受給するのを防ぐ目的で、本件システムを用いて、位置情報付きで出退勤打刻をさせるようになったということも認定されていました。

そうすると、控訴審は、本件システムの打刻時刻と位置情報の記録としての客観性と、不正防止目的の下での運用が合わさって、直行直帰の事業場外労働であっても、始業及び終業時刻を正確に把握することは可能になった旨を指摘したものと解されます。

<事情④についての評価>

前提として、残業の事前申請制度の内容ですが、MRが、月40時間超の残業をしようとする場合、(ⅰ)まず上司に対し、事前に残業の必要性と当該業務を遂行するために必要とされる残業時間を明らかにした上で残業申請し、(ⅱ)上司が残業を必要と認めた場合に、MRに対し、訪問先等、当日の業務に関して具体的指示を行い、(ⅲ)MRに行った業務内容について具体的な報告をさせた上で、(ⅳ)後日、当該勤務内容とMRが本件システムに登録した打刻記録等を対照した上で、残業代を支払っていたというものでした。

原審は、MRの事業場外労働は業務内容の性質上、本来的に労働時間の算定が困難であるところ、残業の申請があった場合に例外的に正確な労働時間を算定できる体制を整えた上で、事後的に確認できた労働時間に応じた残業代を支払っていたにすぎないから、同制度の存在から、直ちにMRの事業場外の労働時間を把握することができたとはいえないとしました。

これに対し、控訴審は、同制度の存在を前提に、平成30年12月の本件システム導入後は始業~終業間の業務内容や休憩時間の管理のために、日報を提出させたり、週報の様式を改定しそれらを報告することが可能であった旨、仮に打刻の正確性や労働実態に疑問が生じれば、スマートフォンを用いて、業務の遂行状況について随時報告させたり、上司から確認することも可能であった旨を述べています。

判決文中、MRが月40時間超の残業をする場合、勤務形態や業務内容は、それ以外の場合と異なる旨の認定はされてはいませんが、控訴審は、それらが同じなのであれば、月40時間超の残業をする場合に行っている労働時間の把握方法は、それ以外の場合でも行えるはずだとの前提に立っているものと解されます。

そして、前述のとおり、控訴審は本件システム導入と実際の運用を踏まえ、同システム導入後は事業場外でのMRの始業及び終業時刻を把握可能になったと評価していますが、これに加え、日報や週報を活用したり、業務中での随時の指示や報告をすることをすれば、事業場外での業務の状況を具体的に把握できると評価したのだと解されます。

<結論について>

以上のとおり、控訴審は、本件システムの導入とその運用実態からMRの事業場外での始業及び終業時刻の把握が可能になったとし、これに加えてMRが月40時間超の残業をする場合の事前申請制度の内容、実態を踏まえ、事業場外の業務の状況を具体的に把握可能になったことを総合して、本件システム導入後は、MRの事業場外労働につき、「使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認めるに足りる」とはいえず、「労働時間を算定し難いとき」に当たらないとして、事業場外労働みなし制の適用を否定しました。

なお、控訴審では、事業場外労働みなし制の適用が否定された本件システム導入後におけるXの実労働時間数も問題となり、Xは、本件システム上の出退勤記録に基づき、時間外労働等をしたと主張しましたが、この主張は認められず、割増賃金請求自体は棄却されています(結果的に、結論自体は原審と同様)。

本判決を踏まえた事業場外労働みなし制適用上の留意点

控訴審は、不正防止目的で本件システムが導入され、また、実際の運用として、Y社は同システム上の承認ボタンを押して出退勤打刻の記録を確定していたことや不適切な打刻事例については注意喚起をしていたことも考慮して、直行直帰で事業場外労働をするMRについても、出勤及び退勤打刻を把握することが可能となった旨を述べています。本件システムが導入されたというだけでそれら時刻の把握が可能となったと認定していないことに留意が必要です。

まして、控訴審は、本件システムが導入され、上記のとおりに運用されているということのみから、直ちに事業場外労働の状況を具体的に把握可能となった旨も述べてはいません。いかに機械的で客観的な出勤及び退勤打刻の記録があったとしても、そのことから直接分かることは、原審も述べるとおり、それら打刻をした時刻及び位置情報のみであって、出勤打刻から退勤打刻までの間の具体的な勤務の状況までは把握はできません(ただし、本件のような記録としての正確性を担保できるように運用していると、打刻の記録は労働時間を算定する起点にはなり得ます。)。

そこで、本件システムのような事業場外でも記録のできる勤怠管理システムを導入したとしても、具体的な勤務の状況を把握することが困難と認められるかどうかという点は依然問題になります(あくまで労働時間把握が困難かが問われ、把握が可能かどうかの問題ではありません)。

この点に関して、控訴審が着目したのが、月40時間超の残業をする場合の事前申請制度が運用されていたということです。制度内容や運用実態については、前記<事情④についての評価>で述べたとおりですが、Y社は、MRが月40時間超の残業をするという途端に、残業代支払のために正確に残業時間を把握しようとしていたのです(Y社も、本件システム上の打刻記録は、事前申請の上での残業時間を正確に算定するための補助資料としていた旨を主張していました)。

Y社はこうした残業時間の把握は事前申請があった場合に限っての例外的なものと位置付けて、実施していたようです。しかしながら、事業場外労働を現実に管理する仕組みを設け、運用しているという客観的事実があれば、使用者の主観や、特定の場合に限ってのことかに関係なく、勤怠管理システム上の記録や日報や週報を活用すれば、勤務の状況を把握することに困難とはいえず、「労働時間を算定し難い場合」に当たらないとの評価を裁判所にされるリスクがあることを、控訴審は示しています。

ただし、事業場外労働の労働時間を具体的に把握していた特段の理由、例えば、月40時間超の残業をする場合は、それ以外の場合とは勤務形態や業務内容が異なっていて、本来的に労働時間の把握は可能だから把握をしたというような事情があれば、例外的なものに過ぎないから、通常の場合は勤務の状況の把握が困難だとの評価を受けたかもしれません。もっとも本件ではこのような事情はありませんでした(少なくとも判決では認定されていない)

このような特段の理由がなく、勤務形態や業務内容が同じならば、ある場面では事業場外労働みなし制を適用し、他の場面では適用せず実労働時間を把握することは控え、どちらかに統一すべきです。

また、事業場外労働みなし制を適用するというならば、「勤務の状況を具体的に把握することが困難と認められ」、したがって「労働時間を算定し難いとき」に当たるように、①業務の事前に具体的な業務スケジュールについての指示を受けない、報告を受けない、②業務中も随時の報告を受けたり、指示をしない、③事後も具体的な報告は受けない等、労働者側に業務に関する裁量を持たせることを基本に、事業場外での活動をどの程度把握するか、業務上の管理や情報共有の必要性等とのバランスも考慮しながら検討する必要があります。具体的に把握しようとすればする程に「労働時間を算定し難い」に当たらないことになりますから、「匙加減」が重要です。

加えて、本件システムのように、位置情報とともに打刻記録を客観的にするもののほか、事業場外での活動内容の一端とともに、その際の時刻を記録するシステムを用いている場合、それら一つ一つの情報は「点」でしかありませんが、事業場外での勤務状況を把握する手がかりにはなります。

勤務1日あたり、客観的記録である「点」が複数あり、それをつないでいくと事業場外での勤務状況がある程度浮かび上がってくるという場合、事前、業務中、事後の指示や報告の中身次第では、相互に補完しあって(特に「点」としての記録が労働者からの報告内容の正確性を担保して)、勤務の状況を具体的に把握可能という場合もあり得ます。この場合は、使用者が当該記録を労働時間の把握、管理に用いていなかったとしても、そのような評価は受けてしまいます。

逆にそうした客観的な「点」があってもごくわずかだったり、本件システムのように単に出勤及び退勤打刻と打刻次点の位置情報程度しかないという場合は、かなり具体的な指示をしたり、報告を受けている、具体的本件のように場面を限定していたとはいえ事業場外での労働時間を把握する制度の存在や実施をしているといった事情がないと、勤務の状況を具体的に把握することの困難性が否定されることにはならないと考えられます。

いずれにせよ、事業場外での業務、活動に付随して、客観的な記録がされるシステムを利用している場合、その記録から何が把握できるのか、日報等の他の資料や、会社からの指示の内容、労働者からの報告内容等からの組み合わせによって、業務の状況を具体的に把握することが困難といえるかどうかは検討し、事業場外労働みなし制の適用が否定されるという予想外の事態が生じないよう、備えておくのが重要でしょう。

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荒川正嗣(弁護士)

KKM法律事務所 弁護士/第一東京弁護士会 労働法制委員会 時間法部会副部会長 経営法曹会議会員/経営者側労働法を得意とし、民事訴訟、労働審判等の各種手続での係争案件、組合問題への対応のほか、労働基準監督署等による行政指導、人事・労務管理全般について助言指導を多数行なっている。

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