人事評価・報酬の改革でシニア社員を戦力化

シニア社員の経験やスキルを活かすために、定年や再雇用の制度を見直す企業が出てきている。こうした企業では、年齢にとらわれず、役割や成果に応じて報酬を支払う人事制度への改革を進めている。持続的に人材を確保していくために、将来を見据えた社員のキャリア形成や学び直しの支援がこれまで以上に必要になっている。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)

岡三証券 「役割・責任・成果」で報酬 雇用年齢の上限撤廃

経営戦略と人材戦略が連動した人的資本経営を標榜する企業が増えている。人的資本経営を一言で言えば、人材の価値を最大限に引き出す経営だ。「人材版伊藤レポート」では「企業は様々な経営上の課題に直面しているが、これらの課題は、人材面での課題と表裏一体であり、スピーディーな対応が不可欠。このため、各社がそれぞれ企業理念や存在意義(パーパス)まで立ち戻り、持続的な企業価値の向上に向け、人材戦略を変革させる必要」があると説いている。

人材戦略の変革において近年顕著なのが、労働力不足を背景にしたシニア社員の戦力化だ。シニア社員の戦力化に向けた人事戦略を展開する事例を紹介したい。

岡三証券は、2023年に創立100周年を迎えたことを契機に5カ年の中期経営計画でパーパスを「金融のプロフェッショナルとして『お客さまの人生』に貢献する」と定義した。中計のゴールを「ビジネスモデルを変革し、次の100年も成長しつづける経営基盤を確立する」とし、ビジネスモデルを変革するための成長戦略として、①対面営業をメインとする「OnetoOneマーケティングの強化」、②地場証券などの外部パートナーと連携した「プラットフォームの高度化」、③「コーポレートブランディングの進化」を掲げた。ブランディングの進化には外部と内部があり、内部については人事制度の刷新もその1つだ。

人事制度改定のコンセプトの1つがコース制の導入だ。金融機関である証券会社は、仕事や勤務地は人事権を持つ会社が決めるのが従来の常識だったが、この人事権を社員に返し、社員一人一人がやりたい仕事を選び、働く場所を自ら決めるというのが大きなポイントだ。

もう1つのポイントが社員との長期的な関係の構築だ。簡単に言えば、長く働いてもらうことだ。そのために年齢や属性にとらわれず、成長機会の提供と併せて、能力・成果に応じた積極的な登用、抜擢を行い、「役割・責任・成果」に応じた報酬を支給するペイフォージョブ、ペイフォーパフォーマンスの考え方を明示した。その施策の一環として2024年から従業員の雇用年齢の上限を撤廃した。

同社の人事担当者はその狙いについて「若いとか高齢だからとかという年齢の概念を取り除きたいという経営者の強い思いがあった。定年になると一律に報酬がカットされ、仕事に対する評価もあまりされないという仕組みを廃止し、現役並みに働き、しっかり評価されることになればお互いに納得でき、公平性につながるものと期待している」と語る。

ただし、60歳定年は変えていない。60歳以降は一旦退職し、再雇用に移行する。従来の再雇用制度を一新し、定年前と同じではないが、「役割・責任・成果」に応じた報酬制度を導入し、運用している。人事担当者は「再雇用者でも役職を継続できるチャンスも設けている。基本的にはやってもらう仕事に応じて60歳前の制度と同じようにジョブとパフォーマンスを基軸にメリハリのある評価と報酬の仕組みにしている」と語る。同社ではすでに70歳超の女性支店長も誕生している。

大同メタル工業 60歳以降も給与維持 成果評価で賞与支給

大同メタル工業は、2026年4月から定年年齢を65歳に延長し、70歳までの再雇用制度を導入した。制度改定に至った背景について、人事担当者は「定年延長の目的の1つとして、人材の採用が非常に厳しい状況にあり、将来にわたって労働力の確保が難しくなるなかで人材確保の方法としてはシニアの活用が最も確実。会社が持続的に発展するにはその人たちの経験やスキルをもっと活かしていくべきだと考えた」と語る。

同社が制度の検討を始めた2021年時点の従業員に占める60歳以上の比率は2%台だったが、10年後には13.9%に増加することも予想されていた。従来の再雇用制度の賃金体系は、59歳時点の55%程度に下がる仕組みだった。制度設計に当たっては、経営から「社員がやりがいを持って積極的に働いてもらうためには賃金を維持することが大事だ」という指示が出され、60歳以降も59歳以前の給与を100%維持することにした。

一般従業員の賃金制度は事務系と技能系に分かれ、等級の数は違うが、同じ資格等級制度で運用している。賃金は資格等級に紐付いた基本給と成果を反映した賞与で構成し、従来の再雇用制度は前述したように基本給は一律に55%程度に下がり、賞与についても評価差がつかない仕組みだった。定年延長後は60歳以降も等級は維持され、賞与も60歳以前と同じように成果評価に基づいて支給される。基本的に給与は変わらないが、ただ59歳まであった昇給はなくなる。

管理職層については、定年延長後は60歳で役職を降りる。処遇面では管理職手当はなくなるが、管理職の等級はそのまま維持され、大幅に下がることはなく管理職時の7~8割程度の給与になる。他の企業では役職定年で処遇が下がり、再雇用でさらに下がるというのが一般的であるが、それなりに処遇を保証することで管理職を外れても意欲を持って働いてほしいという会社の期待の表れでもある。

65歳から70歳までの再雇用制度については、処遇は従来の再雇用制度と同じように賃金の55%程度の水準を一応設定しているが、今後の検討課題だという。

シニア社員のリスキルやキャリア形成支援が急務

シニア社員の戦力化に不可欠なのがキャリア形成支援だ。「人材版伊藤レポート2.0」でも人的資本経営を実現する取り組みの1つに「リスキル・学び直しのための取組」を挙げ、「経営環境の急速な変化に対応するためには、社員のリスキルを促す必要がある。また、社員が将来を見据えて自律的にキャリア形成できるよう、学び直しを積極的に支援することが重要である」と指摘している。

若手・中堅社員のリスキルやキャリア形成支援には積極的だが、シニア社員に対してはどちらかといえば消極的な企業も目立つ。しかし企業の持続的発展にはシニア社員のリスキルやキャリア形成支援が急務となっている。

法政大学キャリアデザイン学部の坂爪洋美教授は「シニア社員をどのように活用したいのかという明確な方針を会社として打ち出していくことが必要」と指摘する。その上で「55歳、60歳でもキャリアの迷いはある。55歳の先輩を若い上司が面談しても、何を話せばよいかわからない。会社は、上司の面談の前に、自分のキャリアの棚卸しを含めて整理できるキャリア相談室のような場を用意すべきだろう。そして会社や職場でやりたいキャリアプランをしっかりと把握し、そのためのキャリア形成支援をシニア社員に対してもしっかり行っていくべきだと思う」と語る。

シニア社員を戦力化するための仕組みは個々の企業や業種によっても異なる。モチベーション低下の原因とされる定年前賃金の一律減といった処遇の見直しを含めた、自社に最適な人材戦略の再構築が求められている。

人材育成・キャリア支援を強化する企業の取り組み


溝上憲文 人事ジャーナリスト

溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。
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人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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