2026年度の最低賃金の目安は全国平均55円増と、6年ぶりに前年の伸びを下回った。背景には「1500円」目標を事実上先送りした政権の方針転換がある。前年割れの理由と、不透明さの残る目安の決め方を読み解く。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部)

最低賃金全国平均55円増、6年ぶりに前年の伸びを下回る
7月28日に中央最低賃金審議会が示した2026年度の地域別最低賃金の引き上げ額の目安は、Aランクの東京、神奈川、大阪などの6都府県が54円、Bランクの北海道、宮城などの28道県およびCランクの12県が56円。全国加重平均で55円(4.9%)増の1176円となった。
25年度の目安の平均の63円(6.0%)よりも引上げ額・率がともに下回り、前年割れとなるのがコロナ禍の2020年度以来6年ぶり、コロナ禍を除けば東日本大震災があった2011年度以来15年ぶりとなる。 引き上げ額に大きな影響を与えたのは7月21日に閣議決定された高市早苗政権の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)と「日本成長戦略」だった。
「20年代に1500円」の旗を事実上降ろした高市政権
石破茂政権の骨太の方針では「2020年代に全国平均1500円のという高い目標の達成に向け、たゆまぬ努力を継続することとし、官民で最大限の取組を5年間で集中的に実施する」と謳っていた。
1500円を達成するには年平均7.3%の引き上げが必要になるが、目安は6.0%、その後の地域別最低賃金(地賃)は目安額を超える自治体が相次ぎ、最終的に6.3%の引き上げとなった経緯がある。
ところが高市政権の骨太方針では、2020年代に1500円の達成は掲げながらも「遅くとも2030年代前半のできる限り早期に全国平均1500円を達成する」との文言を加えた。つまり5年間先延ばしにしたともとれる。
2030年度に達成するには年平均6.0%、34年度であれば3.3%になり、今年度の4.9%は政権の方針に則ったものであり、「20年代に1500円」の旗を事実上降ろしたことを意味する。
昨年との違いは政府方針の1500円の実現の目標時期が延長されたことだけではない。昨年は都市部との格差や人手不足下で隣県への人材流出を恐れから目安を超える地賃の引き上げが相次いだが、今年はすっかりなりを潜めている。
例えば25年度に目安額に15円上乗せし、78円引き上げた群馬は1円増の57円、同じく15円上乗せし、78円引き上げた福島は5円増の61円、16円上乗せし、80円引き上げた秋田は3円増の59円と小幅な伸びとなっている。他の2桁台に上乗せした県も1桁台の上乗せにとどまっている。
大幅上乗せの抑制と「発効日遅れ」の是正
もう1つの昨年との違いは最賃実施の「発効日遅れ」が是正されたことだ。
昨年は例年の10月発効から27府県の発行日が11月~来年3月にずれ込む異例の事態となった。秋田が今年3月末と半年も発行時期を遅らせたほか、他府県も11月以降となり、福島、徳島、熊本、大分が今年1月、群馬も3月1日となった。
発行日の遅れは使用者側への配慮だが、実は昨年の中央最低賃金審議会の公益委員見解でも容認していた。使用者側の準備期間の必要性や「年収の壁」を意識した年末の就業調整による人手不足が深刻化するとの意見を踏まえ、「最低賃金法第14条第2項において、発効日は各地方最低賃金審議会の公労使の委員間で議論して決定できるとされていることを踏まえ、引上げ額とともに発効日については十分に議論を行うよう要望する」と述べていた。
しかし、発効日の遅れは賃上げの恩恵を受けられないだけではなく、10月発行の県との地域間格差も大きくなる。発効日の先送り・分散化は、例えば秋田の最賃は80円に引き上げられたが半年も遅れたことで実質40円の引き上げにしかならないことになる。 ところが今年は一転し、多くの県が10月中に発効することになった。
契機となったのは今年6月23日に厚労省の中央最低賃金審議会全員協議会が出した「令和7年度地方最低賃金審議会の審議結果を踏まえた論点と考え方の整理」だ。その中で「発効日については、大幅な引上げ額を確保するための過度な交渉材料とするべきではない」「指定日発効(公示の日から30日経過後の発効)とする場合には、その判断理由を地方最低賃金審議会の公益委員見解等で、できる限り明らかに示した上で決定すべきこと」などを地方最低賃金審議会に要望したことの影響も大きいだろう。
あいまいな3要素の測り方と不透明な決定プロセス
地方最低賃金の大幅な上乗せの抑制、発効日先送りの是正、そしてコロナ禍以降の6年ぶりの前年割れが今年の特徴であるが、見過ごせないのが目安額の決め方の不透明性だ。
最低賃金法第9条2項では、地域別最賃は、①労働者の生計費、②世間一般の賃金水準、③企業の支払い能力の3要素を考慮して定めることになっている。
しかし、昨年は「2020年代に全国平均1500円」の政府方針に近づけるための苦心も見られた。
昨年は「食料」の物価上昇率に着目し、「最低賃金に近い賃金水準の労働者の生活に密接に関連する『食料』について見ると、令和6年10月から令和7年6月までの期間は平均6.4%で、前年同期の令和5年10月から令和6年6月までの平均5.5%に続き、高い水準となっている」と述べ、最終的に「これらを総合的に勘案し、昨年度に引き続き、消費者物価の上昇が続いていることから労働者の生計費を重視することに加えて、中小企業を含めた賃上げの流れが続いていることに着目した」(公益委員見解)と述べ、6.0%増の目安額決定に至った。
今年も各種の統計資料を使って3要素について検討しているが、公益委員見解では「総合的に勘案し、労働者の生計費については、消費者物価が引き続き上昇局面にある中、食料など生活必需品を含む支出項目に係る消費者物価が継続して高いことに着目するが、その上昇率は、昨年よりも鈍化していることを考慮する必要がある」と述べる。
「食料」が平均4.3%、「基礎的支出項目」が平均2.2%と昨年より下がっていることを重視していることがわかる。その上で「目安について4.9%を基準として検討することが適当」と述べている。
指標なき物価重視に傾く目安決定の行方
最賃の決め方に共通するのは、①昨年と今年は3要素の中でも労働者の生計費、特に物価が重視され、賃金や支払い能力は従属的要素になっていること、②最賃額に対する絶対的基準や指標がなく、対前年度引き上げ率をいくらにするかについて、政府の意向も踏まえ、公労使で議論して決めていることだ。
今後については、当面は政権の意向が弱まったことで、従来通り、労使の意見が一致せず、代わりに目安額を示した公益委員見解を地方最低賃金委員会に提示するという「全会不一致方式」に戻ることになる。労使の委員は各団体の意志を背負って出席しており、おいそれと賛成することはないからだ。
そして②についてはヨーロッパでは相対的貧困率の概念を念頭に一般労働者の賃金の中央値の6割、平均値の5割という指標を参照している。ところが日本ではこうした指標や基準がない以上、最終的には労使の意見を足して2で割ったような数値にならざるをえず、目安額の引き上げは、これまでになく鈍化していく可能性もある。












