新型コロナウイルスの感染拡大は企業活動に大きな影響を与え、今期の業績予想を未定としている企業も少なくない。多くの企業が事業再構築に向けた変革に迫られている中、コロナに打ち勝つ人材の条件と人事課題を探った。
DXなどを推進できる即戦力人材の需要が拡大
新型コロナウイルスの感染拡大の収束が見通せない中、多くの企業経営者が事業戦略の見直しに迫られている。
日本生産性本部が米コンファレンスボードと実施した「世界経営幹部意識調査」によると、コロナ危機が企業経営に与える長期的影響について、日本のCEOの約8割が「消費者の製品やサービスに対する評価の視点が変わるため、新しい購買行動が現れる」と予測し、「ビジネスモデルの再考」(58.7%)、「組織のデジタル変革加速」(54.4%)につながると回答している。
これまでのビジネスの進め方では企業の存続が難しくなるという経営者の危機感の高まりは、コロナ禍における人材需要にも表れ、人手不足を理由とする未経験者採用や大量一括採用が落ち込む一方で、デジタルを活用して事業や組織を変革する「デジタルトランスフォーメーション(DX)」のための即戦力人材などのニーズが拡大している。
デジタル人材特化の紹介会社ウィンスリーでは、コロナ前後で企業からの求人依頼が約20%増加している。IT関連企業、広告代理店、コンサルティング会社などからの求人はこれまでも多かったが、特に目立つのが大手事業会社からの新規問い合わせだという。DXの推進に現実味が増したことで早急にデジタル人材を獲得する必要が生じているためだ。
企業が即戦力となる人材の確保を強化する動きは、正社員採用に限らず、外部人材を柔軟に活用する手法の広がりからも見てとれる。人材サービス大手パーソルグループの顧問紹介サービス「i-common」の利用企業は2500社を超え、大手からスタートアップまでの幅広い業種の企業が経営課題をスピーディーに解決するために必要な経験やスキルを持つ人材を受け入れている。
また、プロ人材のマッチングサービスを行うみらいワークスは、地銀などとの連携を強化して、専門人材の確保に苦労している地方企業などの人材ニーズに応えている。
経営者が幹部人材に求める2つの条件
企業の幹部人材採用を支援する経営者JPの井上和幸社長は「DX、事業部門の強化、管理部門のてこ入れなどを理由とする幹部人材ニーズは、コロナ禍でも全く衰えていません。本当に手を付けないといけない課題を解決し、事業戦略を実現するための幹部の獲得が最優先となっているからです」と話す。
求人企業の経営者へのヒアリングから、ウィズコロナ時代に求められる幹部人材の条件について、井上氏は次の2つを挙げる。
1つ目は、明確な成果に向けた職務遂行力。「リモートワークの広がりは『時間ではなく成果での評価』の浸透を後押しし、明確な任務や成果物を会社や上司と握って期日までにアウトプットできる/させる職務遂行力を備えたリーダー人材が求められています」(井上氏)
2つ目は、コロナのような危機に直面しても逃げずにコミットする気概。場合によっては業態転換や人員整理のような厳しい経営判断が求められる中、信念を持って率先垂範で変革をけん引できる人材の価値が一層高まっており、社内にそのような幹部人材をどれぐらい確保できているかが企業の存続に直結する。そのため、「企業ビジョン・ミッションの実現をライフワークとできるようなマインドを持つ人材に絞って採用したいという経営者の意向が強くなっています」(井上氏)
人事のデジタル化で人材づくりを強化
ウィズコロナ時代の事業戦略に合わせて、社員の能力開発手法やマネジメントの見直しも急務だ。
大手飲料メーカーのグループ会社では、コロナ禍で飲食店向けの販売が急減する一方、個人向けの健康関連製品の売り上げが大きく伸びている。こうした消費者行動の変化や販売チャネルのデジタル化などに対応し、今後の成長事業を担える人材づくりを強化するように人事部門は経営トップから指示されている。
人事部門では、リモートワークが恒常化していくことを前提とした納得感のある人事評価の実現、オンライン化による業務品質の向上や省力化を目指して、人事のデジタル化を急いでいる。
クラウド人材マネジメントシステム「SMP(Strategic Membership Program)」を同社に提供している経営人事パートナーズの山極毅社長は「人事のデジタル化は、データに基づくマネジメントの浸透、人事スタッフや管理職が社員に向き合う時間の増加といったメリットをもたらしています」と説明する。
「SMP」の導入企業では、一人一人の個性分析に基づいた配置や研修によって業績を上げる社員が増えたり、ストレスデータを自動収集して危険な兆候のある社員を重点的にケアすることで離職率を低減させるといった成果が出てきている。
オンライン研修の導入も多くの企業で進んでいる。大手研修会社インソースでは、全国で実施している対面型の講師派遣型研修、公開講座が6月以降は回復してきているが、オンライン研修を階層別研修、OJT指導者・メンター向け研修、ビジネススキル向上研修などで利用する企業も増え、9月時点で講師派遣型研修の4割近く、公開講座の6割以上がオンライン研修となっている。また、オンライン化によって多様化している研修を一元管理するための教育管理システム「Leaf」を新たに導入する企業も増加しているという。
人事のデジタル化に本格的に取り組む企業が増えてきたことで、新たな機能やコンテンツなどのニーズに応えようとする人材コンサルティング会社のサービス提案も活発になっている。
労働生産性向上へHRテックの活用は欠かせない
●主なHRテックサービスの内容
“不活性人材”への対応がマネジャーの負担に
リモートワークを続ける企業で問題になっているのが、“不活性人材”の存在だという。
人事コンサルティングのオーセンティックワークスには、人事担当者から「不活性人材向けのプログラムはありますか」という相談が増えている。同社の中土井僚代表は「不活性人材とは、言われたことしかやらない社員を指しているのですが、リモートワークになってからアウトプットを出せないことが浮き彫りになりやすくなり、それをカバーするマネジャーの負担が問題になっているのです」と説明する。
リモートワークでは様子を見ながら声を掛けたり介入することが難しいため、言われたことしかやらない社員にはマネジャーが個別にメッセージを送信したり、オンラインミーティングを行うといった手間が掛かる。そうした実情を人事部門も把握し、課題解決に動き始めている。
中土井氏は「人材の流動化や少子化などを背景に働くことに対する価値観が多様化していますので、上司の指示に従わせるマネジメントでは持続的な成長を実現していくことが難しくなっています」と指摘した上で、「社員の行動変容を促すには、組織の目的やビジョンを磨き明確に示すとともに、社員が限られた人生の時間をどう生きたいか、内省を促すような本質的な関わりが欠かせません」と助言する。
経営者の人材採用・リテンションへの危機感が高まる
●今後3年間における企業の成長にとっての最大のリスク
次世代リーダーの養成、カウンセリング機能を強化
KPMGが7月に実施した「グローバルCEO調査2020」によると、今後3年間で企業の成長にとって最大のリスクとして「人材(採用、人材の維持、従業員の衛生・健康などを含む)」を挙げるCEOが最多となった。ウィズコロナ時代の事業戦略を推進するための人材を確保するために、人事部門が力を入れるべきことは何だろうか。
企業のリーダー養成を支援しているlNSPIRE LEADERSHIP取締役の末永陽一氏は「人生やキャリアの目的地を定めて主体的に行動し、周囲に良い影響を与える“インサイド・リーダーシップ”を持つ次世代リーダーの存在が、組織変革の実現には欠かせません」と強調する。
経営人事パートナーズの山極氏は「激変する事業環境を乗り越えるためには、会社と社員が成長に向けた将来像をすり合わせることが必要です。今後の人事部門の大事な仕事の一つとして、社員のキャリア設計の相談に専門職が応じるカウンセリング機能の強化があるのではないでしょうか」と提案する。
コロナによって、事業継続が難しくなる企業がある一方で、新たな成長のチャンスをつかむ企業も出てきている。今、何をすべきかを真剣に考えている人事部門は、コロナに打ち勝つ人材の条件を明確にし、そうした人材の活躍を引き出すための施策に取り組んでいる。
専門家に聞く「コロナに打ち勝つ人材の条件と人事課題」
「明確な成果に向けた職務遂行力」と「逃げずにコミットする気概」
経営者JP 井上 和幸 代表取締役社長・CEO
DX、事業部門の強化、管理部門のてこ入れなどを理由とする幹部人材ニーズは、コロナ禍でも全く衰えていません。本当に手を付けないといけない課題を解決し、事業戦略を実現するための幹部の獲得が最優先となっているからです。
リモートワークの広がりは「時間ではなく成果での評価」の浸透を後押しし、明確な任務や成果物を会社や上司と握って期日までにアウトプットできる/させる職務遂行力を備えたリーダー人材が求められています。
また、中核を担う幹部人材には、コロナのような危機に直面しても逃げずにコミットする気概が欠かせません。そのため、企業ビジョン・ミッションの実現をライフワークとできるようなマインドを持つ人材に絞って採用したいという経営者の意向が強くなっています。
会社と社員が将来像をすり合わせるカウンセリング機能の強化
経営人事パートナーズ 山極 毅 代表取締役社長
クラウドサービスの活用による人事のデジタル化は、データに基づくマネジメントの浸透、人事スタッフや管理職が社員に向き合う時間の増加といったメリットをもたらしています。
当社が支援している企業では、一人一人の個性分析に基づいた配置やトレーニングによって業績を上げる社員が増えたり、ストレスデータを自動収集して危険な兆候のある社員を重点的にケアすることで離職率を低減させるなどの成果が出てきています。
激変する事業環境を乗り越えるためには、会社と社員が成長に向けた将来像をすり合わせることが必要です。今後の人事部門の大事な仕事の一つとして、社員のキャリア設計の相談に専門職が応じるカウンセリング機能の強化があるのではないでしょうか。
働きがい・生きがいを感じられるかが社員の不活性化対策の鍵
オーセンティックワークス 中土井 僚 代表取締役
リモートワークを続けている企業の人事担当者から「“不活性人材”向けのプログラムはありますか」という相談が増えています。不活性人材とは、言われたことしかやらない社員を指しているのですが、リモートワークになってからアウトプットを出せないことが浮き彫りになりやすくなり、それをカバーするマネジャーの負担が問題になっているのです。
人材の流動化や少子化などを背景に働くことに対する価値観が多様化していますので、上司の指示に従わせるマネジメントでは持続的な成長を実現していくことが難しくなっています。
社員の行動変容を促すには、組織の目的やビジョンを磨き明確に示すとともに、社員が限られた人生の時間をどう生きたいか、内省を促すような本質的な関わりが欠かせません。
“インサイド・リーダーシップ”を持つ次世代リーダーの養成
INSPIRE LEADERSHIP 末永 陽一 取締役
人生やキャリアの目的地を定めて主体的に行動し、周囲に良い影響を与える“インサイド・リーダーシップ”を持つ次世代リーダーの存在が、組織変革の実現には欠かせません。
私たちはそのようなロールモデルとなれるリーダーを社会に増やす取り組みを行っていますが、組織変革が上手くいかないのは、インサイド・リーダーシップを持たないリーダーが組織や他者に対して一方的な働きかけを行っているため、変革に対する社員の当事者意識が高まらないからです。
大企業になるほど組織変革は簡単ではありませんが、コロナをきっかけに経営者の危機感が高まることによって、インサイド・リーダーシップに対する理解が進み、リーダー養成に取り組む企業が増えることを期待しています。
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