勤続30年社員の「忠誠コスプレ退職」とは【だから社員は辞めていく】

会社は「絆を深める施策に取り組んできた」と認識している。しかし社員は「ずっと演技をさせられてきた」と感じている。社内旅行もスポーツ大会も忘年会も、よかれと思って続けてきた施策が、なぜ正反対に受け取られるのでしょうか。

今回は、地方の建設関連企業に30年勤め、役員昇格を目前にした部長職のMさん(52歳・男性)と、キャリア相談者・佐野創太氏との相談の様子を通じて、退職を考える社員のリアルな心境と思考プロセスを佐野氏に連載で解説してもらいます。

佐野氏は退職学®︎(resignology)の研究家としてこれまでに1500人以上のキャリア相談を実施し、20〜50代の幅広い社員の本音に触れ続けています。その経験を『脱 会社辞めたいループ』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)、『転職・退職を考えたら知りたいことが全部のってる本』(主婦の友社)、『70%で働く』(日経BP)といった著書にまとめています。

他にもエース社員の退職を防いで「選手層の厚い組織づくり」を支援したり、オウンドメディアや採用広報などの情報発信の生産性と創造力をあげるAI編集長としても活動しています。働く人、組織作り、事業の3つの視点を持っています。

今回取り上げるのは、勤続30年・役員昇格目前という「定着の象徴」のような社員が、静かに退職を決意していくケースです。その背景には、「忠誠コスプレ」とでも呼ぶべき、会社が望む自分を演じ続ける働き方がありました。そして演技が長期化したとき、社員は「素顔忘れ」という、より深刻な状態へと進んでいきます。 会社が「定着策」と信じてきたものが、なぜ社員にとっては「演技の強制」になるのか。その認識のズレを一緒に見ていきましょう。(文:佐野創太、編集:日本人材ニュース編集部

※プライバシー保護のため、相談者の名前・性別・年齢・所属企業名等は編集しています。

日本人材ニュース

「定着策」が「演技の強制」に変わるとき

「うちの会社は社内旅行に200人全員で行くんですよ」

Mさんは相談の中でそう話してくれました。社内旅行だけではありません。忘年会もスポーツ大会も全員参加が当たり前です。会社はこうした行事を重ねることで家族的な雰囲気をつくり上げてきました。

ここで私(佐野)が注目したのは、Mさんが続けて口にした一言です。

「だからこそ辞めるやつが少ないんだと経営陣は思っているんですよね」

会社にとってこれらの行事は紛れもない定着策です。絆を深め、帰属意識を育てる。実際にMさんの会社では30年勤続の社員が珍しくありません。数字の上では施策は成功しています。

しかしMさん自身は同じ行事をこう表現しました。

「それが非常に苦痛で」

ここに会社と社員の決定的な認識のズレがあります。会社は「絆づくり」と捉え、社員は「忠誠の表明を求められる場」と受け取っている。同じ社内旅行が、片方には善意の投資、もう片方には演技の舞台になっているのです。

Mさんはこの演技する働き方をこう言語化しました。

「上に立っていくと会社ラブみたいなのを強くしていかないと苦しいんですよね。会社イコール自分にしていかないといけない」

私はこの状態を「忠誠コスプレ」と呼んでいます。会社が望む「会社を愛する自分」という衣装を着て出社する。行事では笑顔という衣装を身につける。本心がどうであれ求められた役を演じる。

経営側にとって見落としやすいのは、この演技が「悪意」から生まれていない点です。Mさんは会社を憎んでいるわけではありません。むしろ30年を捧げ、新規事業を立ち上げ、部長まで務めた人です。それでも、いやだからこそ、役職が上がるほど「会社ラブ」の演技は強く求められ、降りることが許されなくなっていきました。 定着策はそれ自体が悪いわけではありません。問題はその施策が「参加しない自由」「演じない自由」を社員に残しているかどうかです。全員参加が暗黙の前提になった瞬間、定着策は静かに「演技の強制」へと変わります。そして会社はその変質に気づきません。社員はちゃんと笑って参加しているからです。

「あと15年、演じきれますかね」

「あと15年ですよ」

相談の途中でMさんがふとこぼした言葉です。52歳のMさんが、これからこの会社に残り続けるとしたら見えてくる年数です。何気ない数字に聞こえるかもしれません。しかし私には、この「15年」という数字がある覚悟の重さを背負っているように感じられました。

30年間も会社ラブを演じ続けてきた人が、これからさらに15年も同じ演技を続ける。しかも役職が上がれば求められる演技の強度は増していきます。Mさんはこうも語りました。

「これからはもっと強く、運動会を盛り上げる側に回っていくわけです」

Mさんはもともと、部下を持つ立場として行事を支える側にいました。役員昇格が近づくいま、その役回りはさらに重くなろうとしています。会社にとっては順調な出世コースです。しかしMさんにとって、それは演技からの卒業ではありませんでした。むしろ演技の無期延長の通知であり、これまで演じてきた「会社ラブ」を今度は組織全体に広げていく総仕上げの役回りだったのです。

私はこれまで1500人以上のキャリア相談に向き合ってきました。その経験から申し上げると、「忠誠コスプレ」が本当に怖いのは衣装を着ている段階ではありません。着続けているうちに、衣装を脱いだ「素顔」がどんなだったか本人すら思い出せなくなる段階です。私はこれを「素顔忘れ」と呼んでいます。

Mさんの言葉にはその兆候がはっきりと表れていました。

「自分に嘘をつきながらやっていかなきゃならない。その辛さが増してきている」

そして最も注意すべき一言がこれです。

「麻痺っちゃいますからね、感情が」

演技が常態になると、どこからが本心でどこからが役柄か自分でも判別できなくなります。感情が麻痺するとはそういうことです。会社ラブを演じているうちに、自分が本当は何を感じていたのかが分からなくなる。これが「素顔忘れ」の正体です。

人事担当者の方が「本音を聞かせてほしい」と退職面談で問いかけても表面的な答えしか返ってこない。その理由の一つがここにあります。社員は本音を隠しているのではなく、長い演技の果てに本音そのものを見失っていることがあるのです。 「あと15年、この社員は演じきれるか」。これは社員一人ひとりに向けるべき問いです。演じきれずにどこかで壊れるくらいなら、社員は壊れる前に静かに辞表を出します。Mさんが転職活動を始めたのは、まさに「演じきれない」と気づいたからでした。

「忠誠コスプレ」と本物の忠誠を見分ける

ここまで読んで「では自社の社員はどうなのか」と気になった方もいるかもしれません。ただ「忠誠コスプレ」と本物の忠誠は、まったく見分けがつかないわけではありません。私自身が相談の現場で手がかりにしている観点を3つ共有させてください。

一つ目は「降りる自由」があるかどうかです。本物の忠誠は、参加しない選択肢があったうえでそれでも参加するときに生まれるものだと私は考えています。社内行事に「出ません」と言える社員がそれでも来てくれる。これは忠誠でしょう。一方で、欠席が事実上許されない空気の中での全員参加は、忠誠の証拠とは言い切れません。出席率100%という数字は、忠誠の高さを表しているのか演技を強いる空気の強さを表しているのか。同じ数字でも両方の読み方ができてしまいます。

二つ目は社員が「会社への不満」を口にできているかどうかです。不満が出てくることを、ネガティブに捉えすぎる必要はありません。Mさんは30年間、会社への違和感を一度も会社に伝えませんでした。表向きはずっと「会社ラブ」だったのです。不満がまったく聞こえてこない部署や優等生的な発言ばかりが続く会議は、忠誠が高い状態なのか演技が行き届いた状態なのか。一度立ち止まって考えてみる価値はありそうです。

三つ目は昇格や役割を伝えたときの反応です。Mさんにとって役員昇格を目前にした立場は「演技の無期延長」でした。期待を込めたつもりの言葉が、社員には負担の通知として届いてしまうことがあります。昇格を打診したとき社員の表情が一瞬曇らなかったか。「ありがとうございます」という言葉に温度があったか。そうした小さな反応にこそ、本音は表れます。 これらは特別な調査をしなくても、日々のやりとりの中で感じ取れるものばかりです。Mさんのような社員の退職を防ぎたいとき、定着率や出席率といった数字だけを見ていると判断を誤ることがあります。数字は本物の忠誠も「忠誠コスプレ」も同じ顔で表示してしまうからです。

数字に表れない退職をどう見つけるか

今回のMさんのケースから見えてきたのは、「家族的な社風」という多くの会社が大切にしてきたものの、もう一つの側面でした。

家族的な社風が悪いわけではありません。Mさん自身、会社を憎んでいるわけではなく、30年を捧げ、新規事業を立ち上げ、役員昇格を目前にするまで務め上げた人です。鍵になるのは、その社風が社員に「降りる自由」を残せているかどうかなのだと思います。降りる自由のないまま家族的であろうとすると、忠誠ではなく「忠誠コスプレ」が積み上がっていきます。そして演技が30年続けば、社員は自分の「素顔」を見失い、ある日静かに会社を去っていきます。

難しいのは、こうした退職が数字の上では予兆として表れないことです。Mさんは勤続30年、役員昇格目前、行事には毎回参加。どの指標を見ても「定着している社員」でした。定着率の高さは、絆の強さを意味することもあれば演技の上手さを意味することもあります。その2つは数字だけでは区別がつきません。

ここに経営者や人事の方が果たせる役割があると私は考えています。現場のマネジャーは、自部署の人員や目標といった「部分」に責任を負う立場です。その視点からは、出席率や定着率といった数字が良好であれば問題なしと判断するのが自然です。「忠誠コスプレ」は部分最適の視野には入ってきません。

一方で経営者や人事は、組織全体を見渡し、数字と数字のあいだ、指標と現場の肌感覚のあいだを統合して意思決定できる立場にあります。「定着率は高いのに、なぜか優秀な社員が静かに抜けていく」。この矛盾に気づき解きほぐせるのは、全体最適の視点を持つ人だけです。数字に表れない退職に対処できるかどうかは、組織の中で誰よりも引いた視点を持てる人がその視点をどう使うかにかかっているのだと思います。 だからこそ数字の隣に、もう一つの問いを置いておきたいのです。「うちの社員は素顔のままで働けているだろうか」。この問いを手元に持っておくことが、見せかけの定着に安心せず本物の定着に近づいていくための一歩になるのではないかと考えています。


佐野創太

佐野創太

1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1400人以上のキャリア相談を実施すると同時に、選手層の厚い組織になる”リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ゼロストレスAI術」を提供する他、言葉を大切にするミュージシャン専門のインタビュアーAIを開発している。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。


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佐野創太

1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。 介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。 1400人以上のキャリア相談を実施すると同時に、選手層の厚い組織になる"リザイン・マネジメント(Resign Management)”を50社以上に提供。 経営者・リーダー向けの”生成AI家庭教師”として、全社員と進める「ゼロストレスAI術」を提供する他、言葉を大切にするミュージシャン専門のインタビュアーAIを開発している。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。

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